03話 『新生活』
「あっははは!結晶ちょーだい!」
暗い森の中でセレストが笑う。
周囲にはばらばらに引き裂かれた熊のような魔物の死体が散乱している。
ローブの裾からは黒い影のような魔力体が伸び、死体の胸部や頭部に食い込んで残存魔力と魂を食い荒らす。
それと向かい合い唸り声を上げるのは、一際巨大な赤い熊。
巨大な口や鋭い爪からは時折炎と煙が噴き出る。
サーディアン王国で魔物狩りとして登録した悪魔スナッチが請けてきた討伐依頼の対象、岩漿熊だ。
魔物狩りは、基本的に猟期に応じて対象となる魔物を変えつつ、死体より剥ぎ取った様々な用途のある“結晶”を納品する出来高制の仕事だ。
他にも地下洞窟や廃坑のような霊気の溜まる場所に自然発生する魔物を狩りに行く事もある。
いずれにしろ、対象が持つ結晶の大きさと狩り易さが獲物としての価値を決めるわけだ。
しかし、それは通常の仕事に限ってのこと。
“依頼”は結晶や各種有用部位を取る普段の狩りとは違う。
獲物ではなく敵なのだ。
凶悪だったり町に近づきすぎた魔物、あるいは結晶を出さないために通常の魔物狩りが倒さないアンデッドの類などが対象となる。
今セレストが狙っている岩漿熊は前者であり、そう極端に強くはないが放置すると不思議なカリスマで周囲の魔物を支配するため危険度が大きい。
“依頼”は決して美味しいわけではないが、定期的にこなしておけば組織での印象が良いため、色々と後ろ暗いセレスト一味には重要な仕事なのだ。
人間関係の構築にスナッチの魅了は重要だが、使わずに済むようになるならそれに越した事はない。
「ROAR!」
追い詰められた岩漿熊が吼え、炎を吐く!
しかしセレストは微動だにしない。
魔法の炎により死に、甦る際に魂の記録からそれを克服した彼女は熱に対し強力な耐性を持つのだ。
炎を無視して立つ彼女の足元から伸びた、一際大きな影が岩漿熊の影に絡みついた。
その途端、岩漿熊が動かなくなる。
彼女が高祖父リッチモンドより教わった彼独自の魔法の一つだ。
相手の影を通して魂に干渉し、霊的に行動を束縛してしまう。
停止した岩漿熊の首を風の魔力で振動させた氷の刃で切断し、魂を砕いて食べた彼女が上空に向かって声を発した。
「ねー、どこが討伐証になるんだっけ?」
銀色の皮翼をはためかせ、大柄な青年が降下してくる。
黒髪に象牙色の肌を持つ気のよさそうな彼こそが、セレストの契約悪魔にして人間生活を送るための隠れ蓑であるスナッチだ。
なお、彼は身体能力こそ高いが自力では飛行できない。
翼はもう一匹の彼女の使い魔である流体魔法銀製の魔法生命体、リンガーリングが変化したもの。
なんにしろ、実際に金を稼ぐのは自分でやるという彼女の拘りにより、一人と一匹は今まで退避させられていた。
「えっと……前足の掌か、牙だってよマスター」
魔物狩り用の小冊子をめくりつつスナッチが呟いた。
彼の翼代わりになっていたリンガーリングは、いつの間にかセレストの腕輪に戻っている。
リンガーリングは本来非常に多弁なのだが、魔法銀の身体が目立つ上に喋る使い魔は少ないという事もあって、外では非常時かセレストから話しかけた時以外発言禁止となったのだ。
初回登録の際に魔物狩り詰所で大声で喋り注目を集め、スナッチの魔力が空になりかけるまで魅了を使わせる破目になった件をセレストは忘れていない。
偶然にも魅了に抵抗するような強者がその場に居なかったから良かったようなものの、かなりの危機であった。
「素材は?」
「心臓。爪と皮はふつうの爪熊と同じっぽい。
心臓が火の魔力を送る事でこの能力になるとかなんとかって書いてあるぜ」
「わかったー」
程なくして切り刻まれた岩漿熊の死体からいまだ高温を発し脈動する心臓と、それなりの大きさの結晶が取り出された。
散乱した爪熊の死体からも小さな結晶を引き剥がすと、そちらはスナッチの持つ袋ではなくセレストの影の中へと投入する。
これもリッチモンドの技術の一つで、影の中に亜空間を生成する利便系の魔法だ。
いくらか制限はあるがかなりの質量を新鮮なまま収納する事ができる。
ただし、投入や取り出しの際に影が泡立ち目立つため、街中で使うものや他人に見せる必要があるようなものを入れるのには向かない。
「ところでさマスター、俺もたまには戦いたいんだけど」
「わたしとリンちゃんがトレーニングしてあげてるでしょ」
「マスター達に俺が勝てるわけないだろ!
それは別にしても、せっかく召喚されたのに雑用と魅了だけが仕事とかおかしくね?」
ややしょぼくれたスナッチが岩漿熊の牙を弄り回している。
彼の外見は成人だが、中身はもっとずっと若いのだ。
「別に戦ってほしくてスナッチを呼んだわけじゃないし。
それよりさ、わたしを殺したサーディアン人の情報はまだあつまらないの?」
セレスト達がサーディアン王国に来ている理由は、変化魔法を操るというリッチモンドの知人を探すのが第一、そして日々楽しく暮らすのが第二だ。
しかし、それとは別にセレストと両親の仇であるサーディアン人の身元を確かめる第三の目的がある。
魔道車に残された断片的な資料と運転していたローラの態度から、殺すべき黒幕が存在する事はほぼ確定していた。
殺した八人の名前は記憶しているが、その上に関しては魔力紋も名前もわからないため、スナッチがその精神干渉能力を活かし調査中だ。
今のところ進展はなく、芳しくない。
「無理無理」
「そっか……じゃあ帰って結果報告しようスナッチ。
命令、掴まって」
「ハイ」
差し出された手をスナッチが掴む。
途端、彼の全身に凄まじい負荷がかかった。
高速で低空を飛ぶセレストに引っ張られた先は、サーディアン城下町の手前にある魔物狩り詰所……の近くにある林だ。
「ちゃんと全部お金にしてくるのよ。
余計な事したりしたらだめだし、他の魔物狩りの人に何か誘われても断るの。わかったスナッチ?
あと帰る途中にお菓子買ってきてね!」
「わかってる、わかってるってマスター。
めんどくさいなー、なんで自分で行かないのさ」
「何度も言うけどね、詰所にわたしが行ったら怪しいの。
普通ああいうとこには子供は入らないわけ。
だいたい登録してるのはスナッチなんだから、ほらさっさと行く」
「何でいちいちそういうの気にすんだよ、帳の向こうじゃ見た目なんて関係ないぜ」
「……いいから、命令」
「ハイ」
荷物を抱えたスナッチが詰所へと向かうのを確認したセレストは、非物質化で地中に潜り、検問なども全てすり抜けて先に帰宅した。
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「ただいまマスター!おーい、マスター、マスターどこ?!ケーキ!ケーキだぞ!甘いラムケーキ!」
小さな家の玄関を勢いよく開いたスナッチが叫ぶ。
面積こそ狭いが二階建てであるその建物は、元は何らかの商店だったものらしい。
ボロボロの状態で売りに出されていたそれを、セレストとスナッチが“説得”して優先的に購入し、魔法で改修したのだ。
なお身元はごまかしたが代金はリッチモンドの地下室から持ち出した金できっちり払っているし、税金も魔物狩りとして登録してある以上報酬を受け取る際に天引きされるため問題無い。
強力な防音がなされている事を知っているためか、しつこく大声を出すスナッチに辟易したセレストが念話で彼を黙らせた。
((うるさい、気が散るから静かにしてて。命令ね。あと二階にいるから))
スナッチのしゅんとした感情を受け取って溜め息をつきつつ、セレストは作業を再開した。
作業机の上に並べられているのは様々な形や大きさ、純度の結晶だ。
魔物狩りとしての仕事をする際、取れた結晶の半分は金に換えるが残りの半分は毎回取り置いている。
普通は様々な機械類の燃料や魔法の触媒として使用される結晶。
だがセレストとスナッチにとっては周囲や食品から取り込むより効率よくエネルギーを供給し、ただ休憩するよりも早く消費魔力を回復させてくれる物質でもある。
今、彼女は雑多な結晶から不純物を取り除いては滑らかな形に成型することを繰り返していた。
……つまり調理だ。
「セレスト様、売るわけでもなしそこまで丁寧に処理する必要ないだろうが」
肩に乗ったリンガーリングが呟く。
「何も食べない奴にはわかんないのよ」
「そんなもんかね」
溜まっていた結晶全ての処理を終え、清潔な笊に移した時には夜が更けようとしていた。
まだ固まりきってないものもあるが、それには時間経過が必要なためセレストにできることは残っていない。
部屋の隅の大きなソファーに上着を脱いで転がったスナッチが寝息を立てている。
悪魔に睡眠の必要があるという話はセレストやリンガーリングどころか、亜空間に収納された魔道書の中で休眠しているリッチモンドも聞いた事がない。
しかし、事実としてこの見た目だけは大人な悪魔の少年はよく寝るのだ。
食事をしたり疲れたりはするが、セレスト同様に生物的な意味での代謝は無いため“寝る子は育つ”というわけでもなさそうなのだが。
ただ、必要は無くても寝る事自体は娯楽であり、そこはセレストもわかっている。
「……わたしも寝よっかな」
風を起こし部屋を掃除しても起きる気配が無いスナッチを見て溜め息をついたセレストが、灰色のローブと中に着ていた厚手の服を脱いで椅子の上に投げた。
汗もかかなければ垢も出ない不死不滅の身体は、どんなに連続で活動しても付着した汚れを軽く拭うだけで元の白さと柔らかさを取り戻す。
性能面では戦闘力も耐久性も文句のつけようがない高次元にあるが、七歳で死んだセレストがリッチとして甦って三年近く経つにもかかわらず、爪の先ほども成長してくれない。
あまりにも術式の完成度が高すぎて外部干渉を受け付けないため、セレスト自身が変化の魔法を使いでもしない限り同じ姿なのだ。
変化の魔法のノウハウを持つらしいリッチモンドの知人が見つかる気配は無い。
高い能力とスナッチの献身のおかげで今の生活も楽しくはあるが、やはり七歳児の姿は不便だ。
「じゃ、リンちゃん家の警備お願いね」
「へいへい」
セレストに見張りを命じられたリンガーリングが窓から屋根へと登っていく。
それを確認すると影の中から大きな毛布を引っ張り出して、風の精密なコントロールによりふわりとソファーにかけた。
続いてシルクの寝間着も取り出して素肌の上に着る。
お土産のラムケーキが机の上に置きっぱなしだが、日持ちするものであるし明日以降に食べればいいだろう。
大きく欠伸をして脳を睡眠モードに切り替えた彼女はスナッチの隣に滑り込んだ。
次からは大体一週間に一回ほどの更新になる予定です。




