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魔法死幼女セレスト  作者: 岡本
第一章 おばけはしなない
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02話 『高祖父』

「ねえ、この車ってどこに向かってるの?」


「サーディアン王国よ」


 闇夜を走る魔動車を運転しているのは、エイブラム隊副長、ローラ。

いまやエイブラム隊最後の生き残りだ。

助手席に座り、彼女と言葉を交わしているのは、恐ろしい復讐者にして無邪気な少女セレスト。

ローラを怖がらせてから殺そうと思ったセレストは移動中の魔動車の天井をすり抜けて侵入し、助手席に座った。

だが、なかなかの速度で走る魔動車を面白がったセレストはそのままドライブを楽しんでいる。


「ふーん、困るからさ、フレンドリアに戻ってよ」


「それは無理ね」


「じゃ、わたしが運転するー」


「足が床につかないから運転できないでしょうに」


「じゃあフレンドリアに戻るかわたしに刻まれるか選んで」


「……わかったわよ!」


 助手席に乗り込んで以降、莫大な魔力を隠しもしなくなっているセレストが楽しそうに笑う。

ローラにはそれをどうすることもできず、諦めて魔動車をUターンさせた。

短時間のうちに仲間を全員失ったローラはなかば放心状態にある。

圧倒的に強大な敵を前にして、少しでも長く生きていれば何かチャンスがあるかもしれないと考えるのが精一杯だ。


「何でわたしとかをおそったの」


「お金に困ってるからね」


「あやしい」


「怪しくないわよ」


 その時、魔動車の結晶炉から嫌な音が聞こえてきた。

ローラが慌てて停止させる。

破損は免れたようだが、半日以上は休ませないと走らないだろう。


「どしたの」


「炉が限界なのよ、休ませないと動かないわ」


「そっか、じゃあさよならだね、ローラさん」


「え」


 それがローラの最後の言葉。

セレストに喉を掴まれ全身を凍結させられたローラは、そのまま床をすり抜けて沈んでゆき、地下深くに埋められた。

フレンドリアを荒らし、セレストの家族をも焼き殺したサーディアンの尖兵であるエイブラム隊はこの瞬間全滅したのである。


「ねー、どれ持ってけばいいと思う?」


「俺に言われても困るぜ」


 魔動車の荷台を眺めるセレストがうんうんと唸っている。

地図とリッチモンドの著書のうち読みたいもの、そしていくらかの結晶と貨幣の詰まった袋だけは持ったが、いかんせん七歳児の彼女にはその他の物の値打ちがわからない。

ではリンガーリングはと言えば、自身が製造された当時の知識しか持っておらずセレスト以上にダメであった。

非物質化(ディマテリアライズ)すれば重さは感じなくなるため、それなりの量は持てるのだが流石に全て持っていくわけにもいかぬ。

大きさを縮ませられるわけではないため目立つし、邪魔なのだ。


「セレスト様、地下に空間作ってこの箱ごと保管しとけばいいんじゃないか」


「んー……わたしまだ地はうまくないいよ。

あとさリンちゃん、これは魔動車っていうんだ。

わたしも今はじめて乗ったんだけどね」


「ほお、面白い名前だ。

あと地下に部屋作るのは、潜ってくれれば俺がやってやるぜ」


「じゃ、それでー」


 地中に潜ると、リンガーリングが何やらぶつぶつ呟き始めた。

しばらく待っていると周囲の空間が押し開かれ、彼女が目覚めたのと同じような石室が完成する。

どうやら地下室を作る能力は、腕輪本来の機能を失ったリンガーリングにも残されていたらしい。

セレストは様々な略奪品や資料が積まれている、主の居ない魔動車をそこに納めた。

それを終えると、車内にあるやや硬いが肌触りのいい長椅子に浄化の魔法をかけた毛布を敷き、灰色のローブを脱ぎ捨て横になった。

石室で甦った時の姿のまま敵を追跡したため、彼女は復活時に生成されたローブ以外のものを身に着けていない。

真の闇であるため他人に見られることはないが、華奢な白い裸身が晒された。

目を閉じた彼女がすぐに寝息を立て始める。


「おい、寝るなセレスト様!っていうか寝る必要無いだろ!」


「ふにゃ?」


「リッチモンド様のところに行くんじゃなかったのか」


「あとで行くから……むにゃ……」


 リンガーリングの言葉は嘘ではなく、セレストの体に睡眠の必要はない。

だが必要性の有無と、体に染み付いた習慣や睡眠自体の楽しみはまた別問題である。

リッチの精神攻撃耐性を持ってしても、家族と家を全て失ったショックと一晩で八人の敵を殺した疲れは七歳の頭脳にとってそれなりの負荷となった。

今の彼女は、体質変化した直後である事もあり多少の休息を必要としていたのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「は?!これが、この子がわしの秘術を発動した魔道士だと?!」


「だからそうだって、子孫のセレスト・カロルだって言ってるでしょ高祖父さまー」


 古めかしい服を着た老人の幻影が再び素っ頓狂な叫び声を上げた。

彼こそがセレストの偉大なる祖先リッチモンド……の分霊だ。

ここはカロル家焼け跡から少々離れた丘の地下にある石室である。

リンガーリングが生成する部屋と異なるのは、様々な書物と多少の家具や宝物があることと、灯りに照らされていること。

肝心のセレストは部屋の中にあった椅子に座り脚をぱたぱたさせている。


「リッチモンド様、事実だ諦めろ」


 小蛇の姿で浮遊するリンガーリングが呟く。


「うむむ困った……新しい魔法と、魂魄格納型強化精神不滅体としての戦い方は教えられても、子供の教育などわしにはできんぞ。

いや、できんわけではないが百年前の事しかわからんのが問題すぎる」


 リッチモンドが腕を組んで部屋の中を漂いながらぶつぶつ呟く。

下半身は薄く透けて伸び、部屋の中心にある黒い本につながっている。

彼の依り代となっているそれは、オリジナルかつ研究中の魔法体系を記した秘密の魔道書だ。

数十年の間、幻の身体で受け継ぐべき相手を待っていたのだ。


「ねー」


「む、うむ?何かなセレストや」


 やや挙動不審になりつつ返答するリッチモンド。

自分の秘術により甦った子孫、しかも自分を上回る天才的な魔法の素質とくれば可愛くないわけがないのだが、研究の引継ぎとなると別問題だ。


「魔法とかは覚えるよ、強くなりたいし高祖父様のことも知りたいし。

……その後わたしどうすればいいのかな。

家は燃えちゃったし、わたしも死んだことになってるし、学校とかは諦めてもいいよ。

でもずっと地中に住むとかは絶対嫌、遊びたいしお菓子も食べたい!」


「おお、おお、そうか、うむ……むむむ……」


 セレストが顔をしかめつつ叫ぶ。

精神耐性のせいで感情が爆発して暴れたり泣いたりする事はないが、心からの願い。

リッチモンドはそれに答えることができない。

全てが想定外だ。


「なあ、リッチモンド様」


「うるさいぞリンガーリング、わしはちょっとこの事態をどうにかしようとだな……」


「悪魔を召喚してみたらどうだ、望みを叶えるとかじゃなく弱いやつをよ。

んでセレスト様の保護者代わりにして、魔物狩りとして登録してやりゃあ日常生活送れるんじゃねえ?

身元なんかも魅了(チャーム)でどうにでもなるし、セレスト様は精神攻撃に免疫があるから裏切りも安心だ」


「悪くはないが、ヒト型でない奴が出てきたら困ろうが」


「その時は、セレスト様が食っちまえばいいんだよ」


「むむむ」


 悪魔。

通常、こちらの世界と薄い帳で隔たった別の空間に住んでいる知性ある存在で、契約を経ないと実体化できないが能力は高い。

殆どは魔道士に、稀に別の魔物に使役されている。

基本的に忠実で優秀だが、稀に精神干渉により逆に使役者を乗っ取ることがあり、気軽に呼び出すものではない。


「それ、わたしが呼ぶんだよね?」


「そうなるな」


「この年で悪魔契約はなんか……。

っていうか高祖父様が誰かその辺の人に憑いて操ってくれればいいのに」


「依り代はこの影の魔道書だ、動かせん。

それに、わしが表出しとったらすぐにばれるぞ。

わしの魔力紋はおそらくフレンドリアで一番有名だからな、自慢ではないが」


「そっかー」


 セレストとリッチモンドが肩を落とした。


「んなら、今後の事は後回しにして、とりあえず魔法の引き継ぎと知識のインプットやったらいいんじゃね。

どうせ二年ぐらいかかるだろうし、その間に名案が浮かぶかもだぞ」


「そっかなー?」


「う、む……」


 リンガーリングの言葉により正気に戻った二人は、ぱらぱらと本をめくり始めた。

最初は読んでいたのだが、リッチの能力で直接取り込めばずっと早くなる事に気付き、セレストが切ってきた木をリッチモンドが紙に加工して複写したものを食べる方針に移行。

ただし肝心のリッチモンドの憑依している魔道書がいじれなかったため、それだけは読んで覚えねばならず結局一年がかりだったのだが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「やっと終わった……ねえ高祖父さまー、わたしがここに来てからほんとに一年しか経ってないのかなあ?

なんか五年ぐらいかかった気がするんだけど」


 魔道書の最後のページを諳んじたセレストが大きく伸びをする。

その姿は一年前と全く変わっていない。

もしかしたら育つのでは……などという希望は最初の数ヶ月で打ち砕かれた。

セレストの身体は横になれば眠れるし、食事を見れば腹が減った気分になり実際に食べることもできる。

しかし、それらには娯楽としての意味しかない。


「いや、一年と二十一日しか経っておらぬ。

わしが思うにだ、時間の感覚が七歳のままなのではないか」


「えー、せめてこうもうちょっと身体にあわせられないのそういうの」


「十年ぐらい経てば精神が体質に適応する、と思うんだが」


「思うってなによー、まあいいわ、それよりリンちゃんはどこに消えたのかな」


 セレストは半年以上リンガーリングを見ていない。

知識吸収しかやることがない間はいても邪魔なだけであったが、そろそろ地下から出ようという今はリンガーリングの案内がなければ困る。


「フレンドリアの繁華街で現代知識を吸収させておる。

なんせ、ここにあるものは全て百年以上前の情報だ。

もう出発するというのなら、わしが教えた方法で呼べばよかろう。」


 リンガーリングは仮想魂を通し、セレストの下として関連付けられている。

本来の意味での使い魔などのように、完全に言う事を聞いたり感覚を共有したりはできないが、それでも思考を送ったり自分の前に引き戻したりは可能だ。


「はーい……従者召集(コールスレイブ)


 周囲に魔力が渦巻き、空間が歪む。

遠ければ遠いほど余分な魔力がかかる従者召集(コールスレイブ)だが、セレストの魔力容量を持ってすれば大した問題ではない。

すぐにスポンと軽い音を立て、白銀の小蛇が空中に現れた。


「うわぁ?!おいいきなり呼ぶんじゃ……あ、どうもセレスト様、リッチモンド様」


「ひさしぶりねー」


「リンガーリング、必要そうな情報はちゃんと記録したか」


「俺を何だと思ってやがる、余裕だぜ。

ところでセレスト様、保護者つか隠れ蓑が必要な問題はどうなったんだ」


「まだ」


 家もなければ身寄りもないセレストが町で生活を送るには、何らかの方法で身元を騙すか保証してもらわなければならない。

リッチモンドの直弟子であるポモドーロがまだフレンドリア城で働いているならばどうにかなったろうが、リンガーリングの報告によると既に代替わりしているらしい。

ポモドーロ以外の宮廷魔道士に保護を頼んだなら、魔道書ともども当分城から出ることはできなくなるであろう。

それはセレストだけでなく、リッチモンドにとっても困るのだ。

幸いにしてセレストは生前と比べて髪や目の色、そして魔力紋が全く変わっているし、学校にもまだ行っていなかったので顔や魔力を見てセレスト・カロルとわかる人物は世界に居ない。


「悪魔を召喚するのが俺はいいと思うんだがなあ」


「……えと、今考えてるのはね、行き倒れか魔物に襲われたのを装ってさ、魔物狩りに保護されちゃおうかって作戦」


「セレスト様を普通の七歳児と誤認するような魔物狩りじゃ役に立ちそうにねえし、逆にあんまり強いと今度は嘘を信じてくれんと思うんだが」


「じゃあ、奴隷として拾われてから誰かに買ってもらうとかー。

ほら、わたしってスレイブリングとかそういうの全部効かないし」


「効かない事で色々バレるだろうがよ」


「うー……ん……エルフか小人族になりすまして……」


 セレストが件の魔道車に積んであった結晶をクッキーか何かのように齧って魔力を吸収しながら呟く。

かなりの量があったが、ここのところ暇があれば取ってきて食べているのでもうだいぶ残り少ない。

今の彼女の数少ない楽しみの一つだ。


「さすがに他種族に擬態は厳しい気がするぞわしは」


「あーもう!否定ばっかじゃなく高祖父様もリンちゃんも何か考えてよ!」


「だから悪魔」


「セレスト、今のところは諦めて悪魔を呼んだ方がいいと思うぞ。

でだ、そうして出歩けるようになったならば次のステップに進める。

わしの知り合いに外見を変化させる研究をしていたセヴァンという男がおるのだ。

研究の副産物として不老になり、フレンドリアからは出て行ったが、恐らくまだ生きている。

そいつを探せ、きっと今ごろは自在な変化魔法を完成させておろう」


 難しい顔をするセレストだが、今のところ他に方法が無いというのはわかる。

何せ一年近く似たような問答をしてきたのだ。

仕方無しにリッチモンドに教わったとおりの手順で魔法を操作し、ここではないどこかをイメージして世界の帳の先へと魔力を送り込む。

悪魔の召喚は釣りの要領だ。

大きな魔力ほど強い悪魔がかかりやすく、また魔力が太いために引き上げもしやすいが、その後の契約に危険を伴う。

逆に小さい魔力だと弱い悪魔がかかりやすく、引き上げは失敗しがちである。

今回の場合、知性があって人型になれれば良いので消費は控えめだ。

莫大な備蓄量を持つセレストの基準ならばほぼ無消費といったところか。


「むー、仕方ないわね。……従者召喚(サモンスレイブ)!」


 程なくして手ごたえを感じたセレストが、慎重に魔力を手繰り寄せる。

手ごたえは支払った魔力にしては大きく、なかなかの能力を持っていそうだ。

空間が少し歪んで帳が破れ、ふわふわとした魔力体が二人と一匹の前に出現。

引き上げは成功だ。


「えーと、お前を支配する(ドミネイト)


「――?!――!!――!――!!!」


 セレストの強力な波動を受け、魔力体が身悶え、魂を束縛されつつ受肉してゆく。

しばらく後、そこにはヒト型の仮想生物が出現していた。

それが軽快に喋り出す。


「や、あんたがマスター?ちっちゃいけど強そうな。

我が名はスナッチ!よろしく!」


「失敗ねー」


「失敗だな」


「ううむ」


 二人と一匹が心底残念そうに呟いた。

哀れみを込めた視線がスナッチと名乗った悪魔に向けられる。


「おい俺のどこがだめなの、可愛いだろ!それにマスターほどじゃないけど戦えると思う」


 滑らかな黒髪、赤茶色の瞳と整った顔。

象牙色の素肌に簡素なジャケットを羽織り、黒いハーフパンツも似合っている。

それなりに魔力容量もありそうだ。

しかし……。


「小さい」


「なんだよ、マスターだって小さいじゃないか」


「わたしの身長はいいから。

とにかくね、小さいとすっごく困るから、残念だけどさよならね」


 そう、悪魔スナッチは外見が少年というか幼児だったのだ。

これではいくら精神操作系の能力が使えても保護者代わりにならない。 

セレストの恐ろしい手がスナッチに迫る。


「なんだとー!

え、おい、やめろ、待て、話せばわかる、もう少しだけ魔力をくれ、育つから!ほんと、嘘じゃない!」


「ん、何かできるの。

それならまあ、いいけど?」


「ぐ、げぇ……」


 命乞いするスナッチの胸部にセレストの白く小さな手が突き刺さった。

追加の魔力が注ぎ込まれ、スナッチが痙攣する。

セレストと大差ない大きさだった少年の輪郭が崩れ、再び魔力体として肉体の再生成を開始しはじめた。

簡単に姿が変えられるらしいことに悔しさを感じつつも、セレストがそれを見守る。


「おおー……やればできるじゃんスナッチ」


「痛ってえ、超いてえ!マスターひどい!」


 まだ痛むらしい胸を押さえつつ、身体のチェックを行っている強化改善されたスナッチ。

倍近くに成長し、大柄な青年といったところ。

上半身こそ裸にジャケットのままだが、下半身はハーフパンツからパリッとした長いズボンに変化、それなりに見栄えのする靴も履いている。

肌や髪の色が違いすぎるため血縁というのは厳しいが、ヒト型悪魔の特殊能力である魅了(チャーム)を併用すれば保護者代わりとしては十分だろう。


「確かに育ったが、教育は必要なようだぞ」


 数歳の子供のように落ち着かないスナッチを観察し、リッチモンドが眉を顰める。

元来の頭脳にリッチの精神力でブーストがかかっているセレストと比較するのは間違っているのだが、それにしても幼いとしか言いようがない精神だ。


「ええ、そんなわけない!教育とか不要、いらねー!」


「それはないわスナッチ。八歳ちょっとのわたしが言うのもおかしいけど五歳か六歳ぐらいに見える」


「まずは今の法律と現代知識からだな。

わしは教えられんからリンガーリング、お前がやるのだ」


「了解だぜリッチモンド様」


「いーやーだー……ハイ、がんばります」


 叫ぶスナッチがセレストの支配権限により黙らされた。

教育は始まったばかりである。

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