12話 『もたざるもの』
セレストが“セアラ”としてフレンドリア宮廷付属魔法研究所で働き始めてから二年が経った。
研究所はいくつかに分かれていて、セレストが勤めるのは本部研究所である。
各部署から上がってくる報告のまとめと、結晶炉を使った魔法機械類の設計や実験が主な役割だ。
セレストは学校で結晶工学そのものを専攻していたわけではないが、リッチモンドとセヴァンの知識を引き継いでいるため並の技術者よりはずっと詳しい。
異常に繊細な観察力と魔力操作技術もあって、所内では既にそれなりの戦力として認められ、また恐れられてもいた。
そして、仕事で得た最新の実験結果や理論を記憶あるいは複製(もちろん違法だ)し、リッチモンドと彼に憑依しているセヴァンに伝える。
並行してリッチモンドが試したいアイディアを研究所に持ち込む。
この繰り返しが今の“セアラ”の生活だ。
研究自体は楽しいがセキュリティをすり抜けて情報を移動する作業があまりに面倒なため、ある程度の立場になったらリッチモンドを招待して研究員にしようと思っている。
今は引き篭もりの高祖父も元は魔法研究家であった以上、研究所にならば外出するだろうと考えたからだ。
そうして、代わり映えしないながらも充実した暮らしを送っているセレスト達のもとに、厄介な知らせが飛び込んできたのは一昨日のこと。
「誤報……なんてことがあったりせんかの……」
「アホか」
地下研究室の椅子に座ったリッチモンドが口をへの字に曲げて唸っている。
セヴァンの幻影が素早く出現し、ここぞとばかりに罵倒した。
「んなわけないでしょ高祖父様、スナッチはともかくリンガーリングが現地にいるのよ。
研究所に泊り込んでたから報告が遅れただけよ。
ううん、内乱が収束したからどうにかなるかなと思ってたけど、気のせいだったわね」
「セヴァン様と私が消えて九年っすか、ま、長く持ったほうじゃないっすかね」
セレストが肩をすくめた。
天井に座ってどうでもよさそうに欠伸をしているのは大悪魔グレア。
セレスト自体に忠誠を誓っているスナッチと違い、契約のもとリッチモンドやセヴァンに従っているだけの彼女は気楽なものだ。
「今更だけど、何であんたらが消えただけのことがここまで後引くのよ……。
歴史にはあんまり詳しくないけど、サーディアンって三百年前からあるんでしょ?
グレアさんとセヴァンが侵入したのは百年ぐらいの事だよね、一時的におかしくなるならともかく」
「自慢じゃないが、俺はこのアホと違って魔法研究以外も有能であるから俺がいなくなりゃ当然ぬわーっ?!」
「人の家族を殺して、そのせいで破滅しといてよくそんな事が言えるわね。因果応報。
そもそも有能なら後続ぐらい育てるのが、あれ?そっか、寿命ないのか……」
極めて鬱陶しい猫サイズの男の幻影を張り倒したセレストは、まだしも話のわかる女悪魔の方に向き直った。
悪魔に倫理など無関係なのは判っているし、そもそもグレアはセレストの家族に直接手を出していないため特に因縁もないのだ。
「そうっすねー、私らが直接国政に関わってたのはナーベクで三十年、その前に別の奴二人でそれぞれ二十年ずつの計七十年かね。
けんども、七十年って長いっすよ。
特にナーベクになってからは予算関連は全部セヴァン様が処理して、議会、軍、王族間の調整も私が魅了でやってたんで。
かの国の運営方法を把握してる奴なんて一人でも残ってるかね?
そんなわけで、立ち行かなくなるのは判ってたすよ。
ただ、ここまでいっちゃうとは予想しきれなかったけどもねえ、私は混乱は好きだけど戦争は嫌いっす」
「無茶苦茶ね……。
むむ……セヴァンをやったのは確かにわたしだから、サーディアン動乱は……いや、でも、そもそもセヴァンが悪いわけで……。
他国の話なんて知ったこっちゃない……あー……なんでこっち来るの。
何年もぐだぐだやっといて突然団結した理由もよくわからないし、どうすればいいのよ。
高祖父様は外でないから知らないだろうけど、フレンドリアの諜報員も情報拾ったみたいであることないこと流れてる。
研究所は室長クラス以上と運転技士が軍に合流で、わたしも含めた残りは自宅待機になったわ。
やりたい実験がまだ色々残ってるのに、勘弁してほしい」
「結局原因はわからんのかセレスト」
「王族が絶えて議会のメンバーも半分ぐらい粛清されて、新世界秩序がどうのって触れ込みで政治体系変わったのまでは知ってるけどそれ以上は。
新しい将軍が怪しいらしいんだけど、スナッチもリンちゃんも会議中の議事堂や重鎮の私室までは入ってないからね。
スナッチは非物質化はできるけど、隠密自体が上手い訳じゃないから、無茶はさせられない。
あと悪魔や騎乗用に調教された魔物がここ数年で増えているとは言ってたけど、うーん……もいっかい連絡とってみようかな」
顔をしかめたセレストが泡立つ影から一人用のソファーを取り出し、それに身体を預ける。
遠距離念話を使うべく、精神集中を開始した。
細い霊気の糸が送信システムめいて揺らいだ。
魔力の波が地上へと抜けてゆく。
「……繋がらないわね、取り込み中みたい」
念話は、距離が長いほど接続を確立するのに手間がかかる。
補助機械無しに国と国の間を結ぶともなると、セレストといえど出力を上げなくては通じない事もあるのだ。
そして、それほどの高出力を出すとこの地下室どころかフレンドリア城下町が危ない。
「ふむ……グレア、サーディアンに知り合いは残っておらんのか」
「知り合い?私は裏方専門でしたからねえ、ああ、大悪魔インフィルトならまだあっちに残ってそうっす。
でも、あいつは真面目な奴なんで、戦争とかそういうのは」
「契約者はわかるか?」
「サーディアンの将軍の一人っすけど、よっぽどじゃない限り止める側かと……生きてるかなあ?」
「ぬう」
肩を落とし、色々と諦めたリッチモンドが机に向き直った。
立体映像じみた大掛かりな設計図が映し出され、うっすらと光を放っている。
彼の現在の研究は、セレストが複写し持ち帰ってきた魂形質調査機の蓄積計測データにより大幅な進展を遂げており、完成間近と言ってよい。
だが、今この場での作業再開はまぎれもなく現実逃避であった。
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「おいキャプチャー急げ、逃げられちまうぞ」
夕暮れの住宅街を巨大な鳥が低空飛行で獲物を追う。
背中には、ランスを構えた鎧騎士が跨っていた。
豪快な羽ばたきにより、あちらこちらの建物の屋根を押さえている石やらレンガやらが吹き飛ぶが、全く問題にはならない。
家々はボロボロで人の気配も極めて少なく、ゴーストタウンめいている。
ほんの九年前まではサーディアンで一番人口密度の高い地域だったのだが、今や見る影もない。
巨鳥と騎士の視線の先には、マントを羽織ってサーディアン騎士兜で顔を隠した長身の男が駆けている。
よく見るとただ走っているわけではなく、男の背からはガラスのように透明な非物質じみた翼が伸びて魔力を放出していた。
人にあらず。
逃げる男が白銀色の腕輪が嵌った左腕を空に向けた。
何かが射出され、銀が夕日を反射して煌く。
「KYOOO!」
一瞬の後、巨鳥が叫び急上昇。
わずか下の空間を、銀のワイヤーが一直線に飛び、スイープするように振り抜かれる!
ワイヤーはそのまま縮みながら男の左腕に戻っていった。
それが触れた民家が斜めに切断され、崩れ落ちる。
かなりの切れ味だ。
回避に成功した巨鳥は、再び男を捕獲すべく降下しながら加速した。
乗っている騎士が急制動に不平を呟く。
「いい加減にしやがれ、ケツが割れる」
「マーカス」
巨鳥が喋った。
そう、巨鳥は乗用魔物ではなく、騎士マーカスの契約した悪魔の魂の姿である。
マーカスはサーディアンに数人しかいない、公に認められた悪魔使いの一人だ。
彼は狂人というわけではないものの戦いが好きであり、今回の無茶な作戦にも不平はない。
戦争準備が大詰めを迎え周囲を警戒していたマーカスは、一瞬感じた恐ろしい気配に反応し、直感的に近くの壁を破壊した。
勘は的中、一体どんな手段を使ったのか知らないが、ともかく壁の中から男が現れて物凄い勢いで逃げ出したのだ。
そして今、マーカスと契約悪魔キャプチャーは謎の男を追っている。
しかし、男は大規模な魔法こそ使ってこないものの、厄介なワイヤー武器を持つ上非常に素早い。
男が速度を落とすことなく、飛び跳ねるように振り向いた。
騎士兜の隙間から、ルビー色の波動が迸る。
「まずい」
チリチリチリ、光の点滅がマーカスとキャプチャーの精神に侵入してきた。
マーカスは視界を歪められつつもランスを大きく振り、炎の矢を男に向かって放つ。
追尾弾と化し男に迫った矢は、しかし着弾寸前で謎の力により吹き散らされ、消失してしまう。
呻くキャプチャーが翼を乱暴にはためかせる。
各種感覚器官が乱されているのだ!
「マーカス、これ以上は追えん」
「ぐ、ぬう……」
二人は追跡を諦めて空中停止し、感覚器を苛む魅了亜種の精神波を振り払った。
男は既に消えている。
「……あのままでは確実に」
「ともかく報告を」
何処かへ消えた敵を威嚇するように奇怪な鳴き声を発した巨鳥は、数度旋回した後、反転して飛び去った。
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サーディアン市街、地下深くの小部屋。
四方の壁に謎の文様が刻まれたその空間に出入り口はなく、闇の中に小さなルビー色の灯りが浮かんでいる。
室内から周囲の地中をクリアリングしているスナッチの瞳だ。
安全の確認を終えたスナッチは騎士兜とマントを脱ぎ捨て、大の字で寝転がった。
左腕に嵌められていた腕輪が床に叩き付けられた衝撃で融け落ちて2フィートほどの蛇に変化し、宙に浮く。
「ハァ……っ見つかるとは思わなかった……」
「あれは殺した方が良かった気がするぜ」
暗い室内をふらふら泳ぐように飛ぶ蛇状の魔法生物、リンガーリングがやや不満そうに呟いた。
流体魔法銀製の身体を持つ彼は、セレストの元ナビゲーターだ。
元というのは、彼が一度破損し、修理された際にリンクが切れたからである。
意識と原材料には連続性があるものの、今の彼は以前の物と同一ではない。
再製された現在はセレストの契約悪魔であるスナッチに接続され、使い魔の使い魔という微妙な立ち位置となっている。
とはいえ、彼の器用さと索敵能力、そして最大の特徴である地下室生成能力が失われたわけではない。
むしろ強化されている。
「いや、人のほうはともかくあの鳥はもっと上位に繋がってる。
同じ悪魔だからわかる、今後を考えたら逃げた方がよかった……マスターも、殺すほど危険が増えるから殺すのは最終手段って言ってたし」
「そうか」
「あー……どうしよっかなー……めんどくさいし、帰りたい。
まあ、鳥はもういいんだけど、さっきの基地みたいなとこに変なのいた」
「俺はそれより城周辺に誰も居なかったのが気になる」
「わっかんない……あれ、マスターからなんか通信がきてたっぽい」
スナッチの左の小指の爪が点滅している。
念話の通信記録を残すための簡単な加工がセレストにより成されているのだ。
単独ではサーディアンからフレンドリアまでの接続は難しいが、今はリンガーリングを増幅器として使えるので問題無い。
スナッチは精神の集中をはじめた。
蔓草めいて細切れに分かれ、地下室全体に伸び広がったリンガーリングの体からフレンドリアに向け指向性の念波が発信される……。
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様々な種族の兵士や騎士、出撃準備中の魔道戦車や魔物兵などでごった返すサーディアン中央基地。
元はサーディアン防衛騎士団司令部がおかれていたそこは、魔法生成した岩の壁を組み合わせて急造した簡易要塞となっていた。
明らかな新兵までもが出撃準備をしていることから、サーディアンの本気が見て取れる。
通常の国境争いや儀礼的戦争、もしくは殲滅作戦などにヒラの歩兵が出てくることはあまりない。
前線で戦うのは一騎当千の将軍や騎士、あるいは悪魔使い、魔物使い、魔道戦車乗り、そして上位の魔物狩りが副業として行う傭兵などの生物兵器めいた連中の仕事だからだ。
槍衾や火薬式の銃など多少の訓練で誰にでも扱える武器、日常生活レベルの魔法などは英雄達を相手取るには明らかに力不足であり、役に立たないと言って過言でない。
では、補給部隊と言い張るにも過剰すぎる量の一般歩兵を、犠牲が増える危険をおして動員するのはどんな場合か?
それは、征服戦争だ。
敵国の街にそのまま治安部隊として居座り、新たな領土とするのだ。
都市の完全制圧には、兵器ではなく兵士が必要なのである。
「この調子なら、明日にも出発可能じゃの」
白髪の老婆が呟く。
勿論、ただの老人ではない。
サーディアン装束に身を包み、見事な長剣を携えている。
背などは全く曲がっておらず、手や首筋を見れば鍛え上げられた肉体と魔力の持ち主である事が明らかだ。
腕にはサーディアン軍最上位の腕章。
彼女の名はジェマ・アップルビー。
元サーディアン王国防衛騎士団長であり、今はサーディアン共和国元帥の肩書きを持つ。
サーディアンの命運をかけた大作戦を目前に控え、基地内を視察していたのだ。
と、彼女の目の前に砂埃を巻き上げながら二人の男が降下してきた。
片方はランスを携えたままであり、もう片方は羽根が生えている。
普通の相手がこのような無礼を働けば、彼女を騎士団長たらしめていた恐るべき剣技で一刀両断にするだろう。
だが、この二人は彼女直属の部下であり、枠外にあった。
「何があった、マーカスにキャプチャー?
辺りの連中が怯えておるではないか」
「あ、はい、お忙しいところ失礼しますアップルビー様。
しかしちょっとここでは」
兵士達が怯えているのは自分ではなく元帥の視線にだろう、という突っ込みを押さえつつ、マーカスは報告すべき事を頭の中で整理しはじめた。
鳥の悪魔キャプチャーは翼を引っ込めて一歩後に下がり、周囲を警戒しつつ佇んでいる。
「ならば戻って聞こうかね」
早足で基地内の自室へと向かうアップルビーに二人の男が追従した。
当たり前だが大まかな作戦の伝達や各種段取りはとうに終わっており、現在アップルビーが口を出す必要はない。
時間に余裕が生まれたため視察をしていただけであり、報告を聞く方が優先なのだ。
「さて、報告とはなんだい」
最高司令官の私室にしては質素な部屋には、様々な警備システムが敷かれている。
魔力的にも隔離されており、よほどでないと情報が漏れる危険はない。
二重の扉を閉じたアップルビーが椅子に座ってメモ帳を掴んだ。
それを確認し、直立待機していたマーカスが口を開く。
「何者かに監視されていました。
基地内でのことなので、兵士にまぎれて侵入していたと思われます。
……キャプチャーと二人で追いましたが、逃しました」
「フレンドリアかね、処理しても処理しても湧いて来るのう。
それにしてもお前らで無理とはまた」
九年前のあの事件以降、フレンドリア王国から送り込まれてくる密偵は増える一方だ。
アップルビーが処断したものだけでも二十は下らないだろう。
半数程度は冤罪もあろうが、今のサーディアンにそれを詳細に調査する余裕などない。
「いえアップルビー様、今回の奴はフレンドリア政府とは無関係な可能性があります。
……言葉にしづらいのですが、いつもの連中と比べて明らかに異質でした」
「ほう?」
「そうだ、隠密行動だけが能の下働き連中とは明らかに格が違った、マーカスは逃したと言うが、どちらかといえば見逃されたのは我ら。
奴が逃走中に見せた能力だけでも、壁に潜る謎の技に加えて我の飛行と等速かそれ以上の健脚。
更には軽く家をぶった切るワイヤーに、あの赤い光……大悪魔相当の精神攻撃と防御膜まで備えてやがった。
何か我らを殺したくない理由があったとしか思えん。
……ところでアップルビー様、グルーミィ様はどこへ?」
獲物の危険さを一気にまくし立てたキャプチャーがふと我に返り、周囲を見回す。
グルーミィはキャプチャーの知人の悪魔公であり、ナーベク・ベルトルッチと大悪魔グレアが消えた今、サーディアンの裏の顔だ。
腐敗と内乱で崩壊を始めたサーディアン王国をどうにか立て直そうと、防衛騎士団長ジェマ・アップルビーの従者召喚により召喚されたグルーミィは、彼女の望みどおり新しい仕組みの構築に尽力した。
しかし、アップルビーは所詮騎士であり、政治や金の動きなどはわからない。
悪魔公グルーミィにしても、それほど帳を超えた先の世界に詳しいわけではなかった。
戦いしか知らぬアップルビーに召喚されただけあって、魅了の類も不得手であり、複数人を長期にわたって思考操作するなど到底不可能。
結局、アップルビーとグルーミィは内乱を収めはしたものの経済や議会を立て直す事はできず、自身の得意な分野、つまり戦争で何とかするしかない状態になっているのだ。
幸いというべきか不幸にしてというべきか、穏健派の連中はアップルビーが手を下すまでもなく数年にわたる内乱で淘汰されていた。
「赤い光の魔力とな、どこかで見たことがあるような……。
ああ、グルーミィなら魔物兵や戦車の調整と確認に行っておる。
詰めの作業だからの、もうしばらく戻ってこれぬ」
「うむむ、聞きたい事があったのだ」
「諦めろキャプチャー……アップルビー様、報告は以上です。
我らは持ち場に戻ります」
「頼むぞ」
二人が出て行くのを見送ったアップルビーは静かに姿勢を正し、瞑想を始めた。
考える事はあまりに多い。
多いが、六十年以上もの間剣のみにて生きてきた彼女は、考えないことはできても深く考える事は苦手なのだった。
無数にある政治的問題を一旦放り出し、現実世界との接続を切ると、精神が澄み渡り魔力が湧き出してくる。
しばらくの間そうしていると、彼女の魂が重要存在の接近を感じ取った。
魔力的に隔離されたこの部屋に居てなお遠距離から感知できる存在は、一つしかない。
契約悪魔であるグルーミィだ。
最終調整を終えたのであろう。
アップルビーはゆっくりと立ち上がり、重要書類と携帯食料が入った小さな鞄と、サーディアンの伝統的意匠が刻まれた魔法の鎧を収納した大きな鞄を手に取った。
「ヒュッ!」
二つの鞄の中身を確認して魔力強化紐で接続したアップルビーが、先ほどまで座っていた頑丈で豪華な椅子に向き直り、鋭く息を吐きながら手刀を振り下ろす。
軽い音と共に空間が一瞬断裂し、椅子が床板ごと真っ二つに割れた。
まさに伝説の騎士、恐るべき技前だ。
倒れる椅子を一瞥して自分がまだそれほどは衰えてない事を確認した彼女は、机の上においてあった愛剣を背負い直し、大きな鞄を引き摺って外に出た。
彼女がこの部屋に戻ることは、もう二度とないだろう。
次は9月10日あるいは11日になります。




