後日談 わたしはあなたに、花束を渡したい。
四月。彼と初めて出会ってから、約二年が過ぎました。学部四年になった私は、学業に追われる中でバイトを辞めました。
東京は春でした。彼はロンドンで絵を描いていて、私は日本で建築を学んでいました。
桜が咲いていました。私はそれを何枚か写真に撮りました。写真で見る桜は、淡い桃色をしていました。
スマホを開いて、彼の連絡先を探すと、通知と共に、彼からブルーベル畑の写真が送られていました。青く輝く花びらを見ながら、彼の瞳に滲む青を思い出し、私は淡く笑いました。
私たちは、まるで大切な曲の歌詞を書くように、ゆっくりと連絡を取り合っていました。八時間の時差の中で、それぞれの日記にも満たない何かを送り合っていて、それはきっと、お互いの世界の見方を通じた備忘録でした。
彼は、少しずつ向こうでの友達との日常を動画にして私に送ってくれるようにもなりました。イギリスの名所を回りながら、時に日本語で建物や景色の説明をしたり、時に英語で彼の友人と会話をしながらの作品展示の設営の様子など、様々でした。そして、そのどれもが彼の風景でした。
私は、有栖川さんや彼の友達と飲みに行った時の笑うしかないひどい有様や、有名な建築物を見に行った時の様子、犀川先生の工房での団欒の様子を送り返していました。
私の風景と彼の風景は八時間で離れていて、しかし、確実に八時間で繋がっていました。
ある日、彼に住所を訊かれました。「俺が送りたいだけだから、好きにしてくれて構わない」という、文面から既に楽しそうな彼の様子に、私は深く訊く事もなく自分の住所を伝えました。彼が何をしたかったのかはわかりませんでした。
季節はゆっくりと巡り、日本は梅雨になりました。彼の名を冠した六月の雨は、日本の景色を薄い墨の色で穏やかに覆いました。
「日本は梅雨になりました。雨音が心地いいです。イギリスはどうです?」
「午後九時でも明るい。びっくりしたよ。梅雨はないけど、小雨はよく降るかな」
「へえ、それくらいなら過ごしやすそうですね」
二年前とは違い、今は雨が止む事を知っていました。私も、彼も。
姉は時々実家に顔を見せるようになり、彼は自分が選んだ事を教えてくれるようになりました。
何かが急に変わるわけでもありませんでしたが、しかし、私という窓に映る景色は、ゆっくりと四季を見せました。
私はいわゆる普通の道を歩いていて、彼はそれとは対照的な道を歩いていました。
それは、どちらが正しいかでも、どちらが良いかでもなく、ただ、違いだけが存在していました。
桜の色を知ったこと。
水族館の水槽越しに見える景色を、愛したままでいいこと。
本来なら交わさなかったはずの世界の見方を、互いに渡したこと。
気付かないうちに雨は止んでいて、それは、きっと六月の終わりを意味していました。
そして、泣ききった空と共に、ある日、荷物が届きました。身に覚えのない、モニターほどの大きさのダンボールでした。差出人の名前を見て、私は何かを理解し、心臓が強く鳴りました。意識的に判断する前に、私は震える手でスマホを探しました。
午後三時。八時間前は、午前七時。
高鳴る鼓動を抑えるように、ゆっくりとダンボールの中身を開封しながら、私は迷わずに電話をかけました。
流れたままのコール音を左耳で拾いながら、梱包を一つずつ解きました。ダンボールが軋む音がやけに部屋の中に響きました。
キャンバスの裏側が見えました。そこに、ただ一つ、『雁声』と題が書かれていました。
いつのまにか電話を取ったのか、コール音は止んでいましたが、画面の向こうから声は聞こえませんでした。
葵月さん、と声にならない掠れた音で、彼を呼びました。彼は小さく返答を寄越しました。
鳴り止まない心音の中、私はゆっくりとキャンバスを表に返し、『雁声』を、見ました。すべてを察したのか、午前七時の彼は楽しそうに笑いました。
少し得意げな、しかし、確かにそれは、芸術を愛する人の、柔らかな声でした。
「……どう、良い絵でしょ?」




