1話 木蓮の木の下
【貴方に伝えたい事があるの。
―――私はちゃんと、貴方の事を、
愛してましたよ。】
時は遡ること約八百年前。
夜、モクレンの木の下に、着物姿の人間の娘が佇んでいた。
(…こんな夜更けに、女一人。
何をしているんだ?)
黒い鬼は人間の姿に変え、少しずつ近づくと、その娘は泣いていた。
「っ!なんと、美しい…。」
娘が顔を上げた瞬間、朔夜は息を呑んだ。
月明かりに照らされたその顔は、人間など興味もなかった朔夜の心を、一瞬で奪っていった。
「え…。」
「いや、すまない。…こんな夜更けに…物騒だぞ?」
「…すみません。」
黒い鬼は、手ぬぐいをパッパッと払うと、視線をそらしながら差し出した。
「これ、良かったら…。」
「…ありがとうございます。」
娘は受け取ると、涙を拭った。
「送って行こう。家はどこだ?」
「……。」
風がモクレンの木を揺らすと、花びらが散り、娘の頭の上に落ちた。
「俺は、朔夜。」
頭に乗った花びらを取ると、娘に微笑みかけた。
「私は、心乃葉と申します。」
その佇まいから、どこか百姓の娘か武家の娘か…。涙の理由も気になったが、この時間が続けば良いと、朔夜は思った。
「…モクレン。好きなのか?」
「はい…。」
「そうか…。」
会話は途切れる。
けれど、続くのは心地よい沈黙。
「…屋敷は、近いので大丈夫です。」
「そうか…。良ければ、また明日同じ刻に、ここで…。」
心乃葉は、一瞬目を見開くと、ニコリとしてその場から離れて行った。
(なんだ?心の臓が…早い…。鬼の俺が?)
次の日――少し約束の刻に早く、朔夜はモクレンの木を眺めていた。
「朔夜様?…遅くなってすみません。」
早足で来たのか、心乃葉は乱れた髪を指先で整える。
そんな何気ない仕草に、朔夜の心はざわついた。
「気にするな。それと、これを…。」
手の上にはモクレンの押し花が乗せられていた。
「これは…まぁ、凄いです。モクレンで押し花なんて!」
鬼の朔夜には造作もない事だったが、心乃葉の反応を見て、人間は出来ないのかと、内心は焦っていた。
「…貰って欲しい…。」
「ありがとうございます。」
心乃葉はニコリとすると、手のひらから押し花を受け取った。
少しの違和感を抱いたまま…。
「…私、父に紹介された方と、結婚する事になったんです。」
「……嫌、なのか?」
風がモクレンを揺らす。
「……好きな人が、居るんです。」
想い出すと心乃葉の頬に、涙が伝う。
「そうか…。」
朔夜はそれ以上何も言えなかった。
好きな人…昨晩出会った自分ではない事は明らか。それでも心が動くこの娘に、何かしてやりたいと思った。
そうして次の日の朝、心乃葉の許嫁の太田が、河川敷で遺体で発見された。
つづく。
読んで頂きありがとうございます。
これからよろしくお願いします(*_ _))




