6『決戦』
「文塚有人ちょっと面貸せ」
そう言って、鬼島うら子は有人を校舎裏まで連れてきた。まだ昼休みに入って間も無く、こうしてうら子と正対するのは久々だった。
「ほら」
うら子が有人に巾着袋を押し付ける。中には弁当箱が入っていた。
「お前いつも購買のパンだろ。そんなんじゃ力が出ねぇぞ」
レジャーシートを広げて、その上にうら子は胡座を組んだ。
「お前も座れよ」
うら子に促されて、有人もレジャーシートの上に座る。その間、うら子はもう一つの巾着袋から弁当箱を取り出した。
「どういう風の吹き回しだ? いきなり弁当を寄越すなんて。毒でも仕込んだか」
「お前があたいと仲良くしたいって言ったんだぞ。負けっぱなしなのはムカつくが、強い奴は嫌いじゃないし。だから、その、何だ……あたいから歩み寄ってみたんだよ」
頬を赤らめながら、うら子は心情を吐露する。その言葉に裏があるようには思えない。有人はうら子の厚意に甘える事にした。
「そういう事ならありがたく、いただきます」
手を合わせて、有人は多彩な具材の中から大根の煮しめを口に運んだ。
「美味い」
「だろ? あたいの自信作だ」
「鬼島が作ったのか?」
「ああ、母ちゃん身体が弱くてな。家事はあたいが回してんだ」
誇らしげに、うら子は白い歯を見せる。そうして箸を進め、有人は弁当を完食した。
「ごちそうさまでした」
「おう、またその内作ってきてやるから、その時は一緒に喰おうぜ」
「楽しみにしてる。ただ、次回からはもっと陽の当たる場所で喰わないか?」
「あー確かにそうだな。お前と顔を合わせるとしたら校舎裏ってのが習慣になってた」
有人の提案に、うら子は苦笑を返した。
放課後、屋上に呼び出された有人は、霧崎頼子と対面していた。
「評議会の目的が分かったわ」
「人口削減計画の事か?」
「それは人類を管理する為の一部。本当の目的は神の復活よ」
突拍子もない発言に、有人は眉根を寄せる。
「信じられないかもしれないけど事実よ。人類には異星の神の血が流れていて、遥か古に高度な文明を築いたけど、地球の神々によって異星の神は文明と共に海中に封じられたとする説が魔術世界における定説なの」
「その異星の神を復活させるとして、どこで」
「ここよ。この学園は日本有数の霊脈の上に建てられているの。星辰の位置からして期日は二日後。復活の儀式には評議会の要職者は勿論、グランドマスターも参列する筈よ。そこを叩けば評議会を瓦解させる事ができるわ。貴方にも手伝って貰うわよ。嫌とは言わせないわ。貴方には貸しがあるもの」
「是非もない。但し、参加させたい人がいるんだけど構わないか?」
「素性の知らないヒトを参加させるのは気が進まないわね。誰なの?」
「養護教諭のカレン。評議会に所属していた元暗殺者だ。頼りになる」
頼子は瞠目する。
「何ならここから先は保健室で話そう。アンタにカレンを紹介するよ」
そう言って、有人は頼子を連れ立って保健室へ向かった。
儀式の日。この日は耐震強度の確認という名目で休校となっていた。しかし、既にファリアス院の猛者達と有人、カレンは校内に潜伏して儀式が行われるのを待っていた。
そうして、時刻は午後九時。続々と評議会の要職者が集まり、儀式の準備が始まった。全員が黒いローブを纏っており、唯一緑色のローブを着た者──グランドマスターの指示によって校庭に溶かした金で巨大な魔法陣を描いていた。
「屋上の狙撃手は院に任せて、私達は参列者に紛れて機を窺いましょう」
そう言って、頼子は有人とカレンに黒いローブを手渡した。
時刻は午後十時。完成した魔法陣を前にして、グランドマスターが祈りの詠唱を開始した──直後、
「Marcato!」
不可視の槍がグランドマスターの心臓を貫いた。僅かな静寂の後、周囲がどよめき立つ。武装した護衛が割って入るも、ファリアス院に制圧される。奇襲は成功した。カレンもナイフで周囲のヒトを戦闘不能にしていったが、不意に振り下ろされたナイフを辛くも躱して、口辺に笑みを浮かべる。
「久し振りだね、シェレン」
一旦距離を取って、カレンはフードを脱いだ。すると、相手もフードを脱ぎ、顔を露わにする。シェレン・クラフトマン。クラフトマン家の長女で、最高傑作と呼ばれる暗殺者だ。
「……」
シェレンは無言でナイフを構える。同様にカレンもナイフを構えた。瞬間、互いの刃が閃いた。決着は一瞬だった。
「……強くなったね、カレン」
シェレンは頸動脈を切り裂かれて落命する。カレンも膝を折って首筋を押さえる。後一ミリで、カレンも頸動脈を裂かれていた。紙一重の勝利だった。
儀式が混乱を極める一方で、グランドマスターは心臓を失ってもまだ詠唱を続けていた。そこに有人が歩を進める。
「もう休め」
朱華掌絶招八卦門震の段──
「雷華」
天道に掌打を振り下ろすと、グランドマスターは力尽きた。有人が引導を渡したのだ。
こうして、儀式は失敗に終わり、グランドマスターと要職者達を失った世界秩序評議会は程なくして瓦解した。同時に、両親の敵を討つという有人の目的も達成された。人生の目的を失って、心が空洞になるかと思ったが、そうはならなかった。今の生活が、有人が思っていた以上に楽しいものだったのだ。この先、どのような未来が待っているのか、想像できない。それでも、有人は臆する事なく進んで行く。大切な家族と共に。




