鎮めの森、最奥
洞窟があった。
鎮めの森、その最奥と呼ばれる場所には、ぽっかりと開いた穴が待ち受けていた。
「あれだ! あれに違いない!
は、ははは……ついに見つけたぞ、あれこそアジ・ダハーカが封印されているという巣に違いない!」
半ば狂気に駆られたようにコッパーが叫んだ。
「魔物どもが波になって押し寄せるには良さそうな穴ではあるな……」
黄水晶が顎髭をしごく。
「たぶん、四方八方に似たような穴があるんだろうね。
あの穴ひとつで、あれだけの魔物が出てくるとは考えられないもの」
紅玉は手の中で鉄針を器用に回して、舌なめずりをする。
「さて、三波凌いだ後だ。
今頃、魔物の母体はせっせと子作りに励んでるとこじゃないかね?」
縞瑪瑙は呑気に言った。
「ふむ、ならば今少し露払いに頑張ってもらうとするか」
黄水晶は呟いて、コッパーと数名の天遣対魔騎士が守る浄化神輿へと近づいた。
「コッパー殿、先陣は如何する?
見れば、数も減り、かなりキツそうだ。
良ければ我ら宝石器の冒険者に任せてもらってもいいぞ」
「……なんたる尊大な態度。
宝石器だか、洗面器だか知らぬが、引っ込んでいてもらおう!
例え、この身が砕け散ろうとも、我ら天遣対魔騎士、退くような心根などあわせ持たん!
最後に出てきて、美味しい所だけ齧ろうなどと、下賎は所詮、下賎よ!
ゆくぞ! 我ら不死なり! 天遣対魔騎士よ、突撃せよ!」
さすがのコッパーも、ここまで来て部下が逃げたとは言わなかった。
何度か目の前で部下が死に、復活できずに消えるのを見ている。
ルナリード公爵の言葉を思い返すならば、擬似不死薬と言っていたのだ。
これが、完全な不死ではないことに気づいていた。
それでも、自分はこの遠征では一度も死んでいない。
自分だけは生き残れるという確信に近いものがあった。
アジ・ダハーカ討滅まで、あと一歩。
コッパーの飲んだ擬似不死薬に含まれる狂気が彼らに不思議な安心感を与えていた。
自分だけは生き残れる、という謎の安心感だ。
それが悲劇を生んだ。
洞窟の中は、次の第四波となる魔物たちが、その数を増やしている最中だった。
洞窟の遥か先には広間があり、そこでは聖獣麒麟のシルエットを持つ異形の怪物が鎮座していた。邪龍アジ・ダハーカである。
邪龍アジ・ダハーカは爛れた皮膚をしており、辺りにその皮膚を、ボトボトと落としていく。
その皮膚から足が生え、牙が生え、頭が生え、形にならない形のまま魔物として辺りを闊歩し始める。
アジ・ダハーカ自身も身体の一部が盛り上がったかと思うと、弾けて爛れて、皮膚を落とす。
異様で異常な光景だった。
「でけえっ!
怪獣じゃねえか!」
「周りの雑魚、どんだけいんだよ!」
「装備が限界だよ、ちくしょー!」
それが見えた瞬間、プレイヤーたちは歓喜に震える前に、絶望に泣いた。
ここに来るまで粘ったプレイヤーというのは、予備の装備を用意していただとか、急遽、課金ガチャで装備を揃えたようなプレイヤーで、戦闘に次ぐ戦闘で装備はボロボロ、集中力も限界を迎えていた。
真っ先に崩れたのは、天遣対魔騎士たちだ。
それまで最前線で戦ってきた天遣対魔騎士だったが、人数の減少にくわえて浄化神輿の倒壊が起きてしまった。
中の神像が無事だったため、その場で崩壊とはいかなかったが、移動が不可能になった。
また、剥き出しの神像を守るために多くの天遣対魔騎士たちが消えていった。
この戦場においては、神像の破壊を免れたことは僥倖だったが、天遣対魔騎士にとっては不幸の始まりだった。
神像が破壊されていれば、彼らにはその前に祈ったルナリードの神殿がリスポーン地点として適用され、この戦場から抜け出すチャンスがあったかもしれない。
だが、神像が守られたがために、彼らはここで消える以外の選択肢が消失した。
そして、プレイヤーたちも一人、また一人と脱落していく。
プレイヤーたちは、死ねばルナリードの街でリスポーンする。
だが、もう一度、鎮めの森の最奥に行くにはリソースが足りなかった。
そもそも、ここで死んで、リスポーンした頃には、街は魔物の第二波、第三波の防衛戦の真っ最中である。
それを乗り越えて更に鎮めの森の最奥まで向かうとなると、また幾つかの波を越え、装備も気力も限界以上のものが求められる。
どれだけ経験値が稼げるとしても、プレイヤーにはリアルという事情もあるのだ。
リアルの一時間はこちらの世界の一日。
生理現象を無視することもできない。
一日、離れてしまえば状況はどれだけ変わることか、今のプレイヤーには判断できない。
なにしろ、滅多にないイベントなのである。
「おっと、そろそろ忙しくなってきたな」
黄水晶の大剣クレイモアが楽に魔物を潰しながら、のんびりと言った。
「……そうだね、コーリン。
僕らが一番だ!」
青玉が声にならない声で呟くのを聞きつけた紅玉が頷くと、双子は雑魚魔物を無視して、するするとアジ・ダハーカに向かった。
「おいおい、抜け駆けは許されねえよ」
縞瑪瑙は身軽に魔物を踏み台代わりにして、双子を追う。
「こらこら、チームワークをだな……ったく」
黄水晶がブルドーザーのように魔物をなぎ倒しながら後を追う。
第四波となるべく生み出された魔物の群れを突破できない天遣対魔騎士とプレイヤーたちは徐々に飲み込まれていく。
その怨嗟の声すらも、ゆっくりと魔物たちは食むのだった。




