エーガムの猟師小屋前2
ルインは混乱していた。
腹からジワリと熱いモノが溢れた。
まず最初にルインが考えたのが、何故だ、ということだった。
それから、ホライゾンが武器を抜いた気配が読めなかったのが気になる。
さらには殺気を感じることもなかった。
「みんな効率を考える割りには、殺る時の後先は考えないんだよね。
なるべく人が多い場所でまとめてNPCを処理して、経験値を稼げるのは一回きりだ。
それって勿体ないよね。
ここの対魔騎士ってのに目を付けられると、この街に入れなくなるだろう?
それは愚かな選択だと思うんだ。
要はバレなきゃ、いくらでも経験値が稼げるってのにね。
ああ、案内人さん。
本当は誰にもバレずに、NPCを殺すのにちょうどいい場所が聞きたかったけど、さすがにそこまで馬鹿なA.I.じゃないよね。
だから、人気のない場所に来られればどこでも良かったんだ。
ごめんね、適当なこと言って……」
ホライゾンは楽しそうにペラペラと喋った。
自身の抑揚に合わせて、ルインの腹に突き込んだナニカを奥へ奥へと力を入れていく。
ルインはそれをさせまいと、手を添えて抗うが、自分から流れたヌメるソレが滑ってしまって、止めることは叶わない。
壁にぶつかる。ナニカの先端がさらに奥へと入っていく。
「ははっ、でも安心していいよ。
【鑑定〈魔物〉】の派生技能のことは本当だから。
沢山NPCを殺すと、【鑑定〈人間〉】が解放されるんだよ。
新しい知識良かったね」
ホライゾンは嬉しそうにルインを壁に、ガンガンと押し付けた。
「ぐくっ……ぐぅぁっ……」
腹に穴が開くなんて、いつ以来のことだろうか。
言葉にできない恐怖が迫ってきて、ルインは必死に抜け出そうと藻掻く。
ホライゾンは、何が楽しいのかニコニコとした笑顔で説明を始める。
「今、君に刺さっているのは無刃剣・幻夢。
最高ランクのレア武器だよ。
最初から持っていたけど、気づかなかったね」
「暗器か……」
「へえ……まだ喋れる元気があるんだ」
ルインは喋れる元気があるというより、恐怖から逃れるために喋っていた。
腹の底から、ぐるぐる……と恐怖が迫ってくる。
今にもソレが出てしまいそうだ。
ホライゾンが無刃剣・幻夢を捻る。
傷口に空気を入れると、死は確実だ。
「ぐふっ……よせ……逃げ……」
───恐れる理由などない───
───思い出せ───
───自分が何者かを───
ルインの中で、別のルインが喋っていた。
だが、それはルインのようでルインではない、まったく異質なルインだ。
ゾワゾワと冷たいモノが這い上がってくる。
いや、天から降りて来るという表現の方が正確だろうか。
目の前で笑うホライゾンの顔が歪んだように見える。
それは人の姿のはずだ。
だが、ルインの中では、そもそも人の姿という定義が揺らぐ。
この形が人だっただろうか、とぼやけた考えを持つのは、ルインの中が歪むからだろうか。
「なん……だ……身体の半分が黒ずんで……」
ホライゾンが驚いていた。
どうやら自分を見て驚いているらしいと、ルインが理解するのに、暫く掛かってしまった。
それはルインの身体に変化が起きているということなのだが、ホライゾンの驚きから客観的に感じることはあるが、そのことにルインは自覚が持てない。
ルインの身体は縦に半分にしたように、左半身が黒ずんでいた。
そして、その黒ずんだ部分を甲殻の様なものが覆っていく。
「おい、喧嘩なら他所でやれ!」
ルインが押し付けられた壁の持ち主。
猟師のエーガムが棍棒片手に外に出てきた。
ルインはまるで夢現といったように放心していて、それでもホライゾンをなんとかしなければと、考えた。
空間が音を立てた。
「おい、ルインじゃねえか!」
ホライゾンは咄嗟に家から出てきた棍棒男を見て、目を見開いた。
ルインの腹に突き立てた無刃剣・幻夢を引き抜く。
そのまま、エーガムに歩み寄ろうとした時、エーガムからは、ホライゾンが不気味に笑ったように見えた。
口が裂けるかのように口角が上がり、目尻が落ちる。
まるで化け物だ。
「すまないね。まだ、事を荒立てたくなぅぃん……」
空間が歪むのに引っ張られたように、ホライゾンの言葉も歪む。
「なっ……化け物……っ!」
歪んだ空間が捻れになり、それが元に戻る。
みゅいん、と空間が捻れる音がして、一歩踏み出したホライゾンは爆散した。
エーガムは一部始終を見ていた。
ホライゾンの頭が爆散したが、笑いすぎたのかと思った。
それから、ルインを見て呟く。
「海人……」
びしゃびしゃと辺りにホライゾンの頭が血と肉と骨になって、辺りに飛び散った。
ルインの頭にその言葉が泥のようにこびりついた。
そして、恐怖に飲み込まれるようにして、意識が飛んだのだった。




