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ガイコツ様とエンドロールまで  作者: 猫塚ルイ


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3/10

第3話

その日は、乙女ゲーム『永遠のエンドロール』における


避けては通れない「運命の歯車」が回り出す日だった。


抜けるような青空の下、王都の活気あふれる噴水広場。


そこで、身分を隠した第一王子と、平民出身の聖女ヒロインが運命的に衝突し、恋に落ちる───


本来のシナリオ通りなら、私はその場に颯爽と現れ


「汚らわしい下賤な女ね!」と聖女の顔面に噴水の水を浴びせかけ


王子に冷たく睨み据えられるはずだった。


それは私という悪役令嬢が、処刑台への第一歩を踏み出すための輝かしい断罪記念日。


(……行きたくない。一歩も外に出たくない。一生ベッドの中で芋虫になっていたい……!)


私は公爵家の馬車の中で、ドレスの膝を握りしめてガタガタと震えていた。


隣には、周囲の人間にはその姿が見えない「不可視の魔法」をかけ


人間の姿で優雅に脚を組んでいるヴィクターがいる。


彼は窓の外を眺めながら、退屈そうに指先で自身の顎をなぞった。


「顔色が悪いね、澪。そんなに王子の顔を見るのが嫌なら、今すぐ王宮ごと地中に埋めてこようか? ついでに王族の血統そのものを歴史からバグとして消去してきてもいい」


「提案が物騒すぎるわよ! 物理的な解決じゃなくて、精神的な安心が欲しいの!」


「……それに、シナリオの強制力が怖いのよ。私が行かなかったとしても、この世界そのものが私を無理やり舞台へ引きずり出そうとするはずだから」


私の不吉な予感は、すぐに的中した。


ガタンッ、という激しい衝撃と共に馬車が急停止したのだ。


「お、お嬢様! 申し訳ございません! なぜか馬が…一歩も動こうとしないのです!まるで見えない壁に押し返されているようで……!」


御者の悲鳴のような報告。これだ。


物語が、私という「役者」を所定の位置に立たせるために


物理法則すらねじ曲げて足を止めさせたのだ。


心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。


「……仕方ないわ。舞台には立ってあげる。でも、絶対に水なんてかけないんだから」


私は覚悟を決め、ヴィクターを残して馬車を降りた。


噴水広場の中央には、すでに「仕様」通りの光景が広がっていた。


背後にキラキラとした光のエフェクトを背負った金髪の王子と


尻もちをついた可憐な聖女が、互いを見つめ合っている。


よし、ここで私が間に割って入って、適当に悪態をついて、そそくさと立ち去れば……。


私が、その「運命の衝突現場」へ一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。


ドガシャァァァァァァン!!!!!


「な、何事っ!?」


耳を劈くような破壊音。


広場に隣接していた、王都でも指折りの歴史を誇る「由緒正しい時計店」の壁が


内側からダイナマイトでも仕掛けられたかのように爆破された。


もうもうと立ち込める白い土煙を切り裂いて


漆黒の外套を死神の翼のようになびかせた男が姿を現す。ヴィクターだ。


彼は王子と聖女が築き上げていた甘い空気など欠片も気に留めず、堂々とその間に割って入った。


「な、何奴だ貴様はっ! 不敬であろう、聖女との神聖な語らいを邪魔するとは……!」


「少し黙ってください。背景モブの分際で、僕の澪を呼び出す口実を作らないで頂きたい」


ヴィクターは冷酷な笑みを浮かべ


王子の襟元を片手で軽々と掴み上げると、まるで道端の石ころでも払うかのように横へと放り投げた。


王宮の護衛たちが慌てて剣を抜くが


ヴィクターの放つ圧倒的な威圧感──「管理者」としての隔絶した魔力に圧され、誰も近づくことができない。


彼はバグったプログラムを強制終了させる無機質な瞳で、腰を抜かした王子を見下ろした。


「いいかい、澪。よく見ておくんだ。君はこんな安っぽい劇を盛り上げるための役者じゃない」


ヴィクターが指先を向けると


今度は噴水の水が意志を持ったかのように逆流し、空中で凍りついて砕け散った。


「君はこの物語の製作者だ。観客席で、僕がこの不愉快な世界を壊していく様を、ただ楽しそうに眺めていればいい」


聖女の悲鳴が広場に響き、街は大混乱に陥る。


本来ならロマンスが始まるはずだった広場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと書き換えられた。


もはやシナリオの強制力など、ヴィクターの暴力の前では無力に等しい。


「さあ、帰ろう。こんな埃っぽい場所は君に相応しくない」


ヴィクターは満足げに、カチャカチャと顎の骨を鳴らした。


感情が高ぶると、人間の姿をしていても骨の音が漏れてしまうらしい。


彼は怯える群衆を無視して、私をお姫様抱っこで軽々と持ち上げた。


「……ねえ、ヴィクター。私の破滅フラグは確かに折れたかもしれないけど」


彼の胸に顔を埋めながら、私は遠くで燃え上がる時計塔を見つめた。


「この世界の治安と平和が、私の処刑より先に『エンドロール』を迎えそうな気がするのは、私の気のせい……?」


「おや。それもまた、一興だと思わないかい?」


管理者の微笑みは


どこまでも甘く、そして救いようがないほど物騒だった。

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