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ガイコツ様とエンドロールまで  作者: 猫塚ルイ


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第1話

「……は?」


喉の奥から漏れたのは、情けないほど間抜けた声だった。


視界を埋め尽くすのは、現代日本ではまずお目にかかれない豪華絢爛なシャンデリア。


瞳を射るような鋭い輝きは、本物のダイヤモンドが嵌め込まれているからだろうか。


足元には、自分の顔が映り込みそうなほど磨き抜かれた大理石の床。


そして、目の前の大きな姿見に映っているのは──


「なに、これ……」


緩やかに波打つ縦巻きロールは、陽光を溶かしたような艶やかなブロンド。


不遜なほどに吊り上がった勝ち気な瞳は、最高級のサファイアを思わせる深い青。


その姿を見た瞬間、私の脳内に濁流のような勢いで「前世」の記憶が流れ込んできた。


私の名前は、澪


どこにでもいる、しがない女子大生。


昨晩まで、大学の課題に追われながら、深夜のコンビニスイーツを頬張っていたはずだ。


そして今、鏡の中で呆然と立ち尽くしている高飛車な美少女の名前は


クラリス・フォン・エストレヤ。


私が制作に携わった、正確には、シナリオ原作は私が書き上げ


サークルの仲間とプロットを練り、キャラクター設定をこれでもかと執念深く詰め込んだ


乙女ゲーム『永遠のエンドロール』の悪役令嬢その人だった。


「嘘でしょ…よりによって、ここなの?」


冷や汗が背中を伝う。


このゲームには、制作者である私たちが悪ノリ半分


情熱半分で組み込んだ、ある「絶対的な呪い」が存在する。


攻略対象が王太子だろうと、騎士団長だろうと、魔導師だろうと。


どんなハッピーエンドを迎えようと、悪役令嬢クラリスだけは必ず死ぬ。


処刑されるか、毒を飲まされるか、あるいは孤独の中で狂い果てるか。


彼女の心臓が止まること。


それこそが、画面いっぱいにスタッフロールが流れ出す「エンドロール」のトリガーなのだ。


「冗談じゃないわよ! 私、まだ20年しか生きてないのに!単位だってギリギリで取ったのに!」


私はドレスの重たい裾を乱暴に掴み上げ、なりふり構わず自室を飛び出した。


記憶が確かならば、今はまだ物語の序盤。


ヒロインが学園に入学し、運命の歯車が回り出す数ヶ月前だ。


今のうちにこの豪華すぎる監獄を脱出し


国境を越えて名前も身分も捨てれば、シナリオの強制力という名の死神から逃げ切れるかもしれない。


夜の帳が下りた公爵家の庭園。私は夜風を切り裂き、裏門へと続く小道を必死に走った。


肺が燃えるように熱い。重厚なドレスが脚にまとわりつき、何度も転びそうになる。


けれど、庭の中央にある巨大な噴水に差し掛かったその時、唐突に世界から音が消えた。


噴水の飛沫の音も、虫の鳴き声も、風の囁きすらも。


まるで、古びた映画の再生が一時停止されたかのように。


「───おや。そんなに急いで、どこへ行くんだい?」


頭上から降ってきたのは、低くて甘い、極上のバリトンボイスだった。


心臓を直接撫で上げられたような感覚に、思わず足がすくむ。


震える足でゆっくりと振り返った私の目に飛び込んできたのは


あまりにも異様で、けれどどこか神聖な光景だった。


月明かりに照らされた白いベンチ。


そこに座っていたのは、仕立ての良い漆黒の夜会服を完璧に着こなした紳士。


スラリと伸びた長い脚。


膝の上で優雅に組まれた、節の太い指先。


しかし、その首から上にあるのは――肉も、皮も、髪の一房もない。


白く滑らかに磨き上げられた、端正な「骸骨」だった。


「……ぎ、ぎゃ、ぎゃあああああああ!? お、お化け!?ガイコツが喋ったぁ!!」


「お化けとは心外だな~、これでも僕は、この世界の理を司る者。そして、誰よりも君のことを理解している味方なんだけど?」


骸骨の紳士は、カチャリ、と顎の骨を鳴らして可笑しそうに笑った。


彼は音もなく立ち上がると、流れるような優雅な動作で私の前に跪き、私の手を取った。


その指先はひんやりと冷たく、紛れもない「骨」の硬質な感触が肌に伝わる。


「クラリス。いや、創造主、君を死なせはしない。この物語のエンドロールを書き換える権利は、君と……そして、君を愛するために生まれた僕にあるのだから」


空っぽの、何も詰まっていないはずの眼窩に見つめられ、私は恐怖を通り越して、妙なときめきに襲われてしまった。


だって、このガイコツの声も、大仰な言い回しも、少し首を傾げる癖すらも。


どこか、見覚えがあるのに


記憶にはあるのに、どうしても思い出せない


「本当に、意味がわからないんだけど…」


「なら、今夜の逃亡劇は僕がエスコートしよう。もっとも、この世界からは逃げられないけれどね」


彼は私の甲にそっと頭を寄せた。


唇がない代わりに、カチリ、と硬い歯が手の甲に当たった乾いた音が、静まり返った庭園に響き渡る。


私の「悪役令嬢ライフ」は


どうやら予定していたよりもずっとカオスで、そして骨身に沁みるほど甘いものになりそうだった。

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