番外編2 ねこやのヒミツ、ちょっとだけ
カラン、と小さなベルが鳴った。
「……ただいま」
木製の扉の前で、男が小さくつぶやいた。
「おかえり」
カウンターの奥にいた雪が、顔を上げる。穏やかな微笑みのまま、何も問わず、それだけを返した。
「変わらない……やっぱり落ち着くな」
男――川崎は、ふっと笑って店内を見回す。深い木の香り、ほんのり漂う珈琲の匂い、変わらないカウンターの木目。目を細めながら、奥の席に腰を下ろした。
「コーヒーでいい?」
「もちろん」
数分後、カウンター越しに差し出されたマグカップから、ふわりと湯気が上がる。
「ここのは、やっぱり違うな」
「それ、前も言ってたわよ」
「何回言っても足りないくらい、ってことで」
そのまま言葉少なに、しばらく湯気だけが2人のあいだをつないでいた。
──
「元気そうだな」
「うん、ようやく……かな、そっちもわたしがいなくてもうまくいってそうね」
「あぁ」
雪はふと目をそらし、カウンター奥の引き出しを開ける。そこから一枚の写真を取り出し、机の上にそっと置いた。
写っていたのは、若い頃の雪、スーツ姿の川崎、そして少年のような笑顔の男性。3人とも少し気恥ずかしそうに笑っていた。
「懐かしいな」
「ね」
それ以上、過去には触れず、再び湯気が2人を包み込む。
──
その夜、閉店後の「ねこや」は静かだった。
店の明かりは控えめで、カウンター席にだけぽつりと灯りがともっている。
川崎と雪は、マグカップを手に、ぽつぽつと話し続けていた。
誰にも聞かれることのない声で、夜の深さに溶けるように。
窓の外から見れば、ただのカフェの、夜更けの光景。
けれどその場には、確かに“何か”があった。
猫たちも、その夜ばかりは静かにしていた。
まるで、そこにある“秘密”を、みんなで守るように。




