第18話 「嘘をついていたのね」
なんとか無事にフィーラに解放してもらう事が出来た私。
けれど、寮の自室に帰って一息つく間は与えられなかった。
「ナデシコ?! 探したのよ、いったいどこに行っていたの?!」
寮の入口でローゼリア様が私を待ち構えていたのだ。
結局どれくらいの時間を私はあの大樹の中の空間で過ごしたのか・・・3時間くらい?
もうすっかり日が沈んで、辺りが暗くなっている。
この学生寮に門限が存在しなかったのは助かったけど・・・ローゼリア様が心配するのは当然の事だ。
なにせ私が足を滑らせるほんの数十秒前まで、あの中庭で一緒にいたのだから。
あの場所の事はフィーラから口止めされている・・・もし約束を破れば、何をされるか分かったものじゃない。
「あ・・・あの・・・それが・・・その・・・なにも、覚えてなくて」
「何も覚えてない?」
心配してくれているローゼリア様に嘘をつくのは、すごく心が痛むんだけど・・・
言い訳として私が考えついたのは神隠しの定番『その時間の記憶を失っている』というもの。
元々怪奇スポットとして噂されていた中庭での出来事だ、原因不明の不思議現象として誤魔化せる・・・かも知れない。
「気が、付いたら・・・中庭にいて・・・」
「・・・そう・・・ごめんなさい、私が目を離したばかりに・・・」
「いや、そ、そんな・・・」
ごめんなさいごめんなさい・・・全部私が悪いんですローゼリア様。
瞳を潤ませながら謝ってくるローゼリア様を前に、私の心は茨の棘で締め付けられるようだ。
私に対して、ローゼリア様からそれ以上の追求をされる事はなかった。
覚えていないのだから答えようがない・・・それがこの作戦の良い所なんだけど。
でももちろん、この作戦は良い事ばかりってわけじゃない。
「やっぱり、あの中庭には何かが・・・」
「ローゼリア様・・・もう、か、関わらない方が・・・」
「・・・そうね、もうこれ以上ナデシコを危ない目に遭わせたくないもの」
その優しさが心苦しいんだけど・・・中庭の件から手を引いてくれるのは助かる。
ローゼリア様がちゃんと探したらあの穴もすぐ見つかると思うし・・・私がバラしたとフィーラに思われかねない。
問題なのは・・・この後の事だ。
「他の生徒も被害に遭わないように、明日先生に報告して中庭を立ち入り禁止にしてもらった方が良さそうね」
「そ、そうですね・・・」
ああ・・・やっぱり。
中庭の怪奇現象なんて、本来ならまともに取り合ってもらえない話だけど・・・
これが王女様からの報告となると話は変わる・・・学園側も何らかの対応をしてくるだろうね。
他の味のキノコを持っていくという、フィーラとの約束は果たせないかも知れない。
そして翌日の昼休みの時間。
先生に私が行方不明になった件を話すと・・・訝し気な表情を浮かべた。
簡単には信じ難い話だから仕方ない・・・私による嘘も混ざってるし。
「・・・本当に、ナデシコさんは中庭での記憶がないのね?」
「は、はい・・・全く・・・さっぱり・・・」
なんとなくだけど、先生は疑いの目をこっちに向けて来てるような・・・ひょっとしてバレてる?
いやそんな事は・・・私の心でも読まない限りは看破しようがないはず。
うぅ・・・夏でもないのに汗が頬を伝ってくるよ。
「・・・わかりました、この件はひとまず私が預かります、お二人はもう中庭には近付かないでください」
「はい」
「・・・ナデシコさん?」
「・・・は、はい!もう、近付かない・・・です」
やっぱり私の方に当たりが強い気がするよ・・・先生、何か知ってるのかな。
この分だと、中庭が封鎖されるのは時間の問題か・・・そうなる前に約束は果たさないと。
・・・その日の放課後、私はこっそりと一人で中庭に向かう事にした。
鞄の中に『キノコの山』を忍ばせて・・・今回で最後になりそうだから『イチゴ味』も持っていくよ。
赤い粒々が入った毒キノコを思わせるピンク色のキノコ・・・今では販売していない期間限定の、私の手持ちの中でも最後のひと箱だ。
・・・日本に戻れば定期的に再販されるとは思うけど。
幸いにも中庭の出入り口はまだ昨日のまま、解放されていた。
やっぱり早めに動いて正解だ・・・先生のあの様子だと、明日には封鎖されているに違いない。
私は足早に大樹の近くまで進む・・・この木に向かって話しかければ、中にいるフィーラの元に伝わるらしい。
そうすればあの滑り台から滑り落ちなくても、フィーラに入口を空けてもらえるって聞かされていた。
「あ、あの・・・ナデシコ・・・です」
・・・・・・
話しかけたけど・・・特に何も起きない。
ちょっと不安になってきた・・・ひょっとして、私騙されて・・・
「フィーラ・・・聞こえてる? 私、約束の・・・キノコを・・・」
約束通りキノコを持ってきたと・・・私が言いかけたその瞬間、目の前の木に動きがあった。
ミシッ…
かすかに木の軋む音が聞こえたかと思えば・・・私の真正面で木の幹に裂け目が発生していた。
それはゆっくりと縦に広がっていき・・・私の身長を10cmくらい上回ると、今度は横方向に・・・
広がった裂け目の向こうには見覚えのあるエルフ、フィーラの姿が見えてきた。
「ちゃんと約束を守って来るなんて、人間にしては見所があるわね・・・ナデシコ」
「と、友達だって・・・言って、くれたし・・・私、約束は、守る」
さっそく証拠とばかりに、私は鞄からキノコの箱を取り出して・・・さすがにこのピンク色のキノコには驚くかな?
って・・・フィーラ?
私の方を見るフィーラの表情が急に険しく・・・ああ、毒キノコだと思っちゃったか。
「だ、大丈夫・・・このキノコはイチゴ味のチョコが使・・・」
「・・・ナ・・・どうして、ここに?」
「???」
・・・なんか話が噛み合ってないような・・・私が口下手なせい?
そうじゃない・・・よく見るとフィーラの視線は、私ではなく、私の背後の方に向いていて・・・
「?!」
慌てて後ろを振り向く・・・まさか・・・私、後をつけられて・・・
「・・・やっぱり、ナデシコさん・・・嘘をついていたのね」
「先生・・・なんで・・・」
そう、私の後ろにいたのは担任の先生だった。
先生は私の問いかけに答えることなく、じっとフィーラの方を見つめている。
そして私はフィーラの口から、今まで気にしてなかった先生の名前を聞く事になった。
「・・・タチアナ」
そう・・・タチアナ先生だ、今思い出したよ。
はっきりと私にも聞こえる声で先生の名前を呼んだフィーラ。
表情の乏しいエルフにしては、苦々しいという感情が、その顔にしっかり出ているように思えた。