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第103話 「いくら王子といえども、ここで死ねばただの観光客よ」


「今はハチオウジ殿、でしたかな?・・・いや、嘆かわしい・・・実に嘆かわしいですぞ」


貴族らしく豪奢なコートにシルクハットを被った小太りの男性・・・ギャンカース子爵、それが私達を攫った犯人らしい。

妙に気取った様子で、なぜか片手に中身の入ったワイングラスを持って、こう・・・中の液体をくるくると・・・テイスティングだっけ?・・・それをしながら話しかけてきた。


こう言っては失礼なんだけど・・・日本のお笑い芸人が思い浮かんでしまう。


「ギャンカース・・・異国の民を攫って、何を企んでいるのか知らないが・・・それが貴族のする事か」


それに対峙するイケメン王子・・・なんというかビジュアル的な温度差が酷い。

良くも悪くも、互いを引き立て合ってると言うべきか・・・ダメな感じと、キラキラが。

残念ながら当人にはその認識はないらしく、王子相手に怯む所か余裕の笑みさえ見せていた。


「貴方がそれを・・・高貴な血に生まれながら、街で若い女子と遊び惚ける貴方が?」

「・・・!」

「まったく、下々の者達は身を粉にして働いているというのに・・・良い御身分ですなぁ!」

「・・・」


・・・王子は何も言い返さない。

王族の責任とか放り出して遊んでいた・・・その指摘は間違っていない。

それは本人もよくわかっている事だろう。

王子の沈黙に気を良くしたのか、ギャンカースはここぞとばかりにまくし立てた。


「遊んでばかりの貴方に理解出来ますか?!私は国の未来を憂いているのです!真剣に!・・・それなのにそれなのにっ!この国の腐った上層は、人を正当に評価する事も出来ない! だから、だから私は・・・」

「・・・俺達を人質に取って、地位を要求するつもりだったんだとよ・・・聞く耳持つなよ八王子」

「おお前、なぜそれを?!」

「へっ・・・手下はちゃんと教育するんだな・・・王子様扱いされて楽しかったぜ?」


立っているのも辛そうな良平くんの口から明かされたギャンカースの目的。

そっか、最初は彼が王子と間違われてたから・・・そこ間違えるあたり、頭悪そうだもんな・・・手下の達が全部喋ってくれたらしい。

生憎とその人質は今ここに揃ってるわけで・・・彼の計画はもう潰えたんじゃないだろうか。

なのになんであんなに得意げに・・・そう思っていると・・・


「まったく・・・人が紳士的に、穏便に済ませようと思えば・・・余計な事を・・・」


そう言いながら、ギャンカースの手がぷるぷると震え、グラスの中の液体が波打つ・・・零れないのが不思議なくらいに。

いや・・・この不思議な感じは・・・身に覚えがあるような・・・

魔法?・・・そう思った時にはグラスの中身が爆発的に増えて、バケツをぶちまけたかのような大量の液体が私達を襲っていた。


「えっ・・・ちょっと、なにこれ・・・」

「うぅぅ・・・気持ち悪い・・・」

「ナデシコ?!」


それはただの水でもお酒でもなく・・・なんか粘っこいゲル状で絡みついてきて。

素早い身のこなしで回避した王子と、魔法で防いだアクアちゃんはともかく・・・

魔法に対抗できる術もない日本人・・・つまり私達3人はなす術もなく、一瞬にして捕らわれてしまった。

ゲル状物体は球体にまとまって・・・大きなスライムから頭だけ出してるような状態に・・・身動き以外の害はなさそうだけど・・・感触がすごく気持ち悪い。


「・・・この私が何の用意もないとでも思いましたかな?」

「魔法具か・・・なんて悪趣味な」

「これは心外な・・・対象を傷1つ付けずに捕らえる・・・なかなか紳士的な魔法具にございますぞ」

「待ってて、すぐに助けるわ」


水の魔法には水の魔法とばかりにアクアちゃんが水の魔法を放つ。

ジェット水流のような水が勢いよく発射されて・・・私達を捕らえるゲル状物体に・・・


「?!」


魔法の水が当たる直前に・・・見えない壁のような何かに防がれた。

ゲル状物体に触れる事もなく水は魔力を失って掻き消えていく・・・


「な、なんで・・・」

「残念、ですな・・・私の魔法具は1つだけではありませぬので」


強力な魔法具を2つも・・・ひょっとしたらまだ他にもあるかも知れない。

すっかり勝ち誇った笑みを浮かべるギャンカース。


「さて・・・見ての通り、人質はこちらの手の中に・・・」


ギャンカースが手をにぎにぎする。

その動作に同調してるかのように、もにゅもにゅっとスライムが動いて・・・


「うぐ・・・」

「ちょ、くすぐったい・・・」

「ふぇぇ・・・」


スライムにも何か違いがあるのか、私達は三者三様の反応を示した。

良平くんは傷もあってか苦しげに、マーヤさんはなんかくすぐったそう。

私は、ただただ感触が気持ち悪いだけだ。


「・・・貴様」

「こちらの要求さえ呑んで戴ければ、人質も解放・・・とまではいきませんが、丁重に扱います故・・・」

「アンタ・・・そこまでしてニホン国での地位が欲しいの?!裏切者!」

「「「・・・は??」


あまりに的外れなアクアちゃんの言葉に、場が一瞬膠着した。

ひょっとして、アクアちゃん・・・この流れでまさか、まだ王子に気付いてない?!

アクアちゃんの中でまだ王子は八王子くん・・・日本の有力者で、ギャンカースはそれに取り入ろうとしてるように・・・


「小娘・・・お前、いったい何を・・・?!」


しかし、そのおかげでギャンカースはすっかり気を取られて・・・その隙を王子は逃さなかった。

この一瞬で一気に間合い詰めて・・・狙いはギャンカースの手にあるワイングラス・・・魔法具を勢いよく蹴り上げた。


「しまっ・・・」


まるで必殺シュートのように、蹴られた魔法具が遥か彼方に飛んでいく。

魔法具が主の手を離れた事で、スライムたちは形を崩して・・・染み込むように地面に消えていった。


「ここまでだ、ギャンカース!」

「くぅぅ・・・」


すっかり形勢は逆転したようで、ギャンカースの顔にさっきまでの余裕がない。

ここで諦めてくれると良かったんだけど・・・ここで間の悪い事に、援軍が現れてしまった。


「ギャンカースさん、すいやせん・・・こいつら起こすのに手間取っちまった」

「お、おお・・・」


さっきまで倒れていたギャンカースの手下達が、意識を取り戻して集まってきたのだ。

一度は王子たちに蹴散らされたというのに、ギャンカースはやる気を取り戻してしまったみたいで・・・


「もうよせギャンカース・・・おとなしく裁きを受けるんだ」

「ふ、ふん・・・いくら王子といえども、ここで死ねばただの観光客よ・・・やってしまえ!」


実に悪役らしい号令と共に、ギャンカースが魔法の詠唱を始めた。

あ・・・魔法具だけじゃないんだ・・・これは結構まずいのでは・・・そう思った瞬間___


「仕方ない・・・すぅぅ・・・」

「え・・・」


大きく息を吐くとともに、王子の髪色が変わっていく・・・ローゼリア様と同じ、輝くばかりの金色に。

と同時に、なにか・・・すごい力が王子から溢れ出して・・・魔力??


「ギャンカースさん?・・・無茶無茶やばそうなんですけど・・・」

「ひ、怯むな!相手は1人だぞ!」


・・・それが、私の聞いたギャンカースの最後の言葉だった。



髪の毛を染めてるだけの雑な変装・・・そう思ってたけど、実は魔法によるもので・・・

王子はずっとその魔法を維持していたせいで、他の魔法が使えなかったらしい。

魔法無しの時でも倒されてたあの人達が、本気を出した王子に勝てるわけもなく・・・実にあっけない幕切れとなったのだった。


そして王子の放った魔力は、王宮でもすぐに感知されたらしく・・・すぐにたくさんの兵士達がやって来た。

あの変装の魔法には王子の魔力を隠すという意味もあったらしい。

当然、王宮から駆けつけて来たのは兵士達だけではなく・・・


「まさかお兄様がこのような場所にいたなんて・・・って、ナデシコ?!」

「あっ・・・」


ずっとあちこち探し回っていたのだろう・・・いつもより疲れた様子のローゼリア様。

事情は話したけど・・・思い切り拗ねられてしまった。


「私に相談もしてくれないなんて・・・酷いわ」

「ご・・・ごめんなさい」


幸いな事に良平くん達は罪に問われる事もなく。

むしろギャンカースの被害者として、優遇措置が取られる事になったとか。

もう数日だけ異世界をエンジョイして帰るらしい。


何はともあれ一件落着・・・そう思っていたんだけど。



「終わった・・・私の計画が・・・家の再興が・・・」

「あ・・・アクアちゃん?」

「なんでだろう・・・なんで私は・・・あんな失礼な事を・・・」


若干一名、抜け殻みたいになってしまった子がここにいた。

あれだけ王子様だって言ったのに・・・ぜんぜん信じてくれないんだもん。

いくら魔力を隠してたからって、見た目はまんまだったのに・・・冴えない奴とか言ってたっけ。


「げ・・・元気出そう?・・・ま、まだチャンスはあるよ・・・たぶん」

「ムリムリ絶対むりぃ・・・」


思った以上にアクアちゃんのショックは大きく、しばらく立ち直れなそうだった。

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