俺は俺の死を死にたい
兄が死んだ。今朝の事だ。
兄は、仕事終わりに事故にあって亡くなったそうだ。母からの電話でその事を知った。
人が死ぬという事は漠然で唐突だ。
私は、しばらく何も考えられなかった。
ーーー実家に着いたのはその日の夜。
通夜で会った兄は、静かに眠るように目をつぶっていた。親戚達に頭を下げ、母の横に座り葬式の段取りを聞いた。母は、涙目ながらも冷静に段取りを私に伝えた。
ーーー次の日の葬式は、余りにも慌ただしくとても悲しみに暮れる暇はない。ようやく母と話をできたのが深夜23時だった。
「やっと落ち着いたね」
俺が母の前に座りビールのプルトップを開ける。
「プシュ!」何とも空気の読めない、生きのいい音を出す。
「兄貴、死んだんだよな。」
今まで、噛み殺していたのだろう。母は泣き崩れた。私はただ、母のすすり泣く声を聞くことしか出来ない。
10〜15分経った頃であろうか。母が、
「兄ちゃんは、光隆は、本当に子だった。何で。あなた、光隆を何で連れて行っちゃうのよ。」
母は、そこから寝つくまでずっと泣き続けた。
俺は、母を床につかせて外に出た。とても綺麗な月だ。兄は享年27歳。確かに早すぎる。
「父さん、そっちでも兄貴を頼むぜ。」
父は、3年前ガンで死んだ。そこに追い打ちをかける兄の死。母は、とてつもない絶望の中にいた。無論、俺も。
タバコに火をつけ月夜に照らされながら家の庭をグルグル。煙が宙を舞う。踊ってるみたいだ。兄との思い出に浸りながら、俺も回り続けた。
「ーーー光輝。」
ハッとした。誰かに呼ばれた気がした。母が、起きたのか確認に戻ったが眠ったままだ。薄暗い豆球を背に、気のせいだろうと庭に戻り同じように煙のツイストに付き合う。
「ーー光輝。」
やはり誰かが、呼んでいる。
「ー光輝。」
俺は足を止め、声のする方へゆっくり近く。
「ここだ、光輝。」
ここだ。この蔵から聞こえる。俺が産まれるずっと前からある蔵だ。
恐る恐る返事をしてみた。
「誰だ。俺はここにいる。」
「何だ、聞こえてるじゃないか。もっと早く返事しろよ。」
懐かしい声だ、
「兄貴?」
自分でもアホらしいと思う。だが、とっさに出た言葉だ。
「お!正解でーす!さっすが、我が弟!」
間違いない。兄だ。でも、なぜ?言葉に詰まる俺に兄が続ける。
「とりあえず、早く倉庫開けてるれ。埃っぽくてキツイんだよ。」
「え。あ、え。本当に兄貴なのか?」
余りにも、驚きすぎて会話にならない。まず、会話どころではない。どういう事だ。
「そうだよ。クドいな、だから彼女出来ねーんだよ。早く開けてくれ、気持ち悪くなりそうだ!」
「あ、あぁ。鍵取ってくる。待っててくれ。」
俺は、その場を去るように走った。夢でも見てるのか。
まさか、兄貴の声が聞こえるなんて。そこまで、浸っていたか。自分の妄想にゾッとする。余りにも、現実離れしすぎた事に頭が、パニックになった。
家に入り鍵を取って戻ろうと思ったが、自分の疲れからの妄想と脳が判断した。
「やっベーな。流石に気味が悪い。確認するにしてもこの時間じゃ怖すぎる。俺ももう寝よう。明日にしよう。」
色々、言い訳をつけて布団に入った。