第36話 目的が選択を示す。あらゆる選択には善悪があり、俺は目的の為に悪しき選択を是とした。
黴臭い地下牢に来るのもこれが最後だ。
「出せ」
それだけを告げて扉を開ける。
騎士達は鎖を軽く引いて修羅の移動を促す。
修羅御の手足から伸びた鎖はそれぞれ別の騎士が持っている。
「じゃぁいっちょ遊んでくるわぁー」
「いってらっしゃーい」
気楽な声だ。やはりこいつらは頭がオカシイのだ。
「ムサシ、私は木こりなの、私には魔……」
木こりのアヤカも、何か言っていたが扉が閉まり、よく聴こえなかった。
聖剣は先に抜いておく、斬首台についたら少しでも早く刑が執行できるように。こいつが暴れたらいつでも殺せるように。
「前は平行線だと言ってたけどよぉ、最後だからもう少し話しといてやるわ。ユリウス、お前の目的はなんだ?」
……黙ってろ、お前と話すことなど何も無い。
「あービビりすぎだな、じゃあ一方的に話すな、時間もなさそうだし。……えっとな、俺が死んだとしてその後お前何すんの? 何を目的に生きていくの? 目的がないんだろ、お前。聖騎士の役割なんて国から与えられたものに過ぎないしな。お前が選択をしたこないって話を昨日したけど、これから先、お前が選択したいのなら目的をもつことだ。いいか? 伝えたからな」
城内の広場に騎士が整列している。そしてその中央に、斬首台が設置されてある。あれに拘束して二度と話せなくしよう。
民衆も騎士も帝都の多くの人間が注目している。王も上階から見下ろしておられる。
「こんだけ話してもダンマリか、普通こんだけ話したら聞くだろ、お前の目的は何かって、ビビってんのか? あーもう話しちゃうな。俺の目的を、それはな……レベルを上げることだ。それも効率的にな」
場の空気が変質した。硬質で無機質。それでいてこびりつく灼熱。
修羅の足が止まり。騎士がどれだけ鎖を引いてもビクともしない。
振り返った私が殴りつける。
動かない。二発、三発、四発。修羅の足が一歩後退した。
口から血を流した修羅がつぶやく。
同時に金属音。
その小さなつぶやきを、恐らく私だけが聞いた。
「ゲームスタート」
金属音。何かの始まり、あるいは終わりを告げる音のよう。
私の後方、残首台に連結された、頭部だけを外に出せる鋼鉄の棺にあの日の剣が刺さっていた。
「[武装作製:壱]」
修羅が鎖をもった騎士に、そっと手を触れたかと思うと騎士の胸に穴が開いた。いや、棍棒が生えてそれを瞬時に引き抜いたのだ。
手枷、足枷は壊されている。いったいどれだけの力があれば一瞬でそんなことが出来るのか。
走る修羅に横薙ぎ、当たらない。
鎖を持っていたもう片方の騎士に、血のついた棍棒が叩き込まれる。
棍棒が砕け散り、鋼鉄の兜がひしゃげる。
わずかにのぞく口から、血と砕けた歯が落ちる。
またしても騎士の胸部に穴が開く。今度は素手だ。
騎士の背後に回っていた修羅が、素手で鎧と鍛え上げられた肉体を貫く。
砕けた歯が、地面に落ちるより早く騎士が絶命した。
貫いた騎士を腕につけたまま、修羅がほぼ水平に跳躍。あの日の剣、カタナを引き抜いた。
爆発。布陣していた騎士の魔法だ、それに続くように矢や氷、雷、炎が炸裂する。
眩い光と煙の向こう、崩れ落ちた残首台に黒炭となった人影。
「やった」
爆炎の騎士が歓喜の表情を浮かる。
その表情を残したまま、頭部が胴体から落ちてゆく。
氷結の騎士、獣雷の騎士、薔薇の貴公子、光弓の戦乙女。
帝国の騎士、帝国の誇りであり、武力の象徴である仲間が次々と死んでゆく。なすすべなく。いとも簡単に。
あまりにも現実感のない光景。夢だ。夢に違いない。
こんな悪夢は早く醒めてくれ。
「うおぉぉおぉぉぉおおぉおぉぉ」
私は走る。なんの為に? 悪夢から醒めるために?
聖剣は輝いている。そうだ、私は正しい。振り下ろした剣は修羅にとどく。
正義の刃だ。切り裂かれて塵となれ。
完全に腕を振り切った。やつは黒い革の服を着ているだけだ、防具もない、袈裟斬りだ。
これでおわ……
――だめだ。やつは人間か? まだ立っている。傷ひとつない。
いいや、諦めるな、私は聖騎士。全ての騎士の頂点。
私が負けるわけにはいかない。
雨が降った気がした。
勇気を振り絞り、新たな一歩。
踏み込みながら、振り下ろした腕を下から上に跳ね上げる。
何千、何万と訓練した動き、神速の域に達した剣速に、修羅も動けなかったに違いない。どうだ?!
天地を切り裂く一撃に修羅はまたしても無傷。空から降る雨がうっとおしい。
「まだまだぁ!!」
連撃を繰り出す。早く死んでくれ。息が苦しい。
雨が少し激しくなる。
とどめの突きを繰り出す。輝く刃が、黒い壁を突き破る幻視。
現実のそこ場所に聖剣が無い、いつのまにか払い落とされたか?
息が苦しい。無酸素運動のしすぎか、めまいがする。
狭い視界のなかで修羅がゆっくり何かを拾う。――聖剣だ。
だめだ、それは私のだ! 選ばれた騎士にのみ、扱うことを許される国の宝だ。
聖剣の柄に何かついている。手だ。
私の手が柄についたままだ。
ああそれで斬れなかったのか。
そこで私の意識は途切れた。
『テレテーテーテッテレー♪』
――レベルがあがる。騎士六人で一回。転位の男とユーグリットを足せば八人で二回か。
五十万人か百万人か解らないが、大量の一般人を狩るより非常に効率がいい。これは素晴らしい発見だな。ユリウスなら一遍に二回ぐらい上がるんじゃないのか。
『スキル[魔力感知]を獲得』
早速スキルでユリウスを探す。ユリウスを抱えたあの女、そう遠くには行っていないはずだ。
ユリウスが撒き散らした血で、顔まで濡れてしまった。顔をぬぐいながら周囲の魔力を視て行く。
……いた。
城の物陰にかくれて大きな魔力が働いている。さて……。
――――!
激痛に目が覚める。喉の奥が焼けて嗚咽が出そうだ。
「ユリウス様、目が覚めましたか、もうしばらくの辛抱です」
痛みは手首から発生していた、その痛みも徐々に小さくなってきているのが解る。聖剣を握ったままの手がそこにはあった。
「君は……」
「騎士見習いのセリアンヌと申します。今は私のことより事態の説明を致します。ユリウス様は現在治療中です。私の魔力を全て使えば手首は繋がると思います、ご安心下さい。ユリウス様を抱えて逃げる私を修羅は何故だか追いませんでした。修羅は現在騎士様に囲まれています。どちらも動かない膠着状態となっております」
「……そうか、君は命の恩人だな。これが終わったら褒章と正式に騎士となれるよう手続きをさせてもらう」
「聖騎士様。何故、修羅は動かないのでしょう? もちろん多数の騎士に囲まれてしまって下手に動けないのだとは思うのですが……」
「セリアンヌ、嘘が下手だな」
「え?」
「修羅は我ら騎士を障害だなんて思っちゃいない。私との一合を見ただろう、正直に言っていいんだ。悔しいが、アイツは強い。そけもケタ違いに。修羅は今……もっと自分の餌となる者が集まるのを待っているんだろうさ。だがその油断が命取りだ」
あいつは効率的に上げると言っていた。私との力の差を確かめて、我ら騎士を一網打尽に出来ると思ったのだろう。
ならば見せてやる。正義は必ず勝つというところを。




