第35話 正義と悪
今回少し長めです。
スタンレーの牢屋から馬車に乗せて、帝都の地下牢へ移送した。
抵抗も予想していたが、そんな素振りが一切無かったことが返って不気味である。
修羅が言うには、アウゲンストの転位に、カタナとかいう剣が巻き込まれて、武器が無くなったから戦えないと言っていた。
確かに腰の鞘には何も収められてはいなかった。――
「本当か? 本当にこいつは魔法がないというのか?」
「私の魔素探知によると修羅に魔法は宿っていません。魔素は極端に低い水準です。これでは魔法は到底使えそうにありません」
「ほらな。だから言ったろ? 俺に魔法は使えねぇんだよ」
手枷と足枷で壁に固定された、修羅ムサシは余裕の表情だ。実際余裕なのだろう。
「ならその力はどうした? どう考えても身体強化魔法だろう、それも上位効果の」
「へへっなんだと思う?」
「ふざけるな!」
壁を叩きつけて修羅を睨みつける。兜を脱いでこの男と対面するのは初めてだとか、どうでも良いことが頭をよぎる。
「ふざけてねーよ。お前等に『レベル』って言っても理解できねぇみたいだからな。どうやって理解してもらうか考えてたんだ」
レベル? 聞いたことがない言葉だ。
「……説明してみろ」
「いいぜ、ところであの女はどうして捕まっている?」
修羅が顔を向けた先には若い女がいる。寝台の上で寝息を立てる女は、私の故郷から連れてきた娘だ。
「貴様の第一発見者だ。我らとて捜査ぐらいする、恐らくロアーヌでは、あの娘が一番貴様について詳しいだろうからな、調査に協力していただいた。もっとも『刺青』を捕まえた今となっては用済みだ。明日にでも釈放する」
「そうか、それは無駄なことをしたな、俺のことなんて何も知らないのにな」
「それはカマかけのつもりか? ふん、たしかにスワベを良く食ベていた、等ということぐらいしか新しい情報はなかったな」
本人と刺青のキャサリンを捕まえたのだ、聞きたいことは山程ある。
「さあ『レベル』とはなんだ? 説明しろ」
「簡単に言えば、そうだな、殺せば殺す程強くなるってこった」
「おぞましい……」
魔素探知のカレンが、思わずつぶやく。予想していたとはいえ、恐ろしい魔法……いや能力だ。
「なるほどぉ、ではそのためにスラムの住人を! 連邦国の民を……多くの人を手にかけたと言うのか!!」
「そうだ」
「キサマァぁぁっ!」
私の義憤に反応して、鞘の隙間から光がこぼれる。
「おいおい、この国に死刑は無いんだろ? 早く島流しにでもしろよ」
「貴様に与えられる刑は罪を明らかにしてから決定する。しかし、どう考えても特別刑だ、ありがたく思え! このクズがっ!」
この場でこいつを私刑にできたらどれだけ楽か、睨んで殺すことが出来るならそうしたいものだ。
――その後の調べで得た内容は、スタンレーでの取調べで聞いていた話と一致する話で、修羅と刺青の言う事は整合性があった。
この世とは異なる世界から来たというのは、荒唐無稽ではあるが、それが修羅の悪性の理由だと考えれば、この悪魔は地獄からきたのだと納得できる。
『修羅』……阿修羅という悪しき神の略称、悪辣で争いと暴力を好む存在。
なるほど、こいつに修羅と名をつけた子供達は賢い。物事の本質が見えているといっていいだろう。
刺青は異世界から来たこと含め、修羅の過去をほとんど知らなかった。実は刺青は協力者ではなく洗脳でもされて、無理やり連れ去られただけなのかもしれない。
日誌にそう書くと、私は地下牢を後にした。
「ねぇムサシ。異世界のこと言っちゃってよかったの?」
「起きてたんだね、久しぶり。ごめんね俺のせいで。俺をかばって情報を言わなかったんだね、ありがとう」
「ちょっとダーリン! その女なによ! なれなれしいんじゃないの!」
少し離れた独房からキャサリンの声がする。
「前にも話しただろー? ミュルスでお世話になったアヤカさんだー」
「そーじゃなくて、なれなれしいんじゃないかってことよー! そんなに仲がいいなんて聞いてないんですけどー」
「うふふ。彼女さんが出来たのね? よかったわ、あなたとっても寂しそうだったから」
「寂しそう? 俺が?」
「ええ、今もそうだけど、前よりずっとマシ。同じ部屋に騎士さんが五人もいるからかな? なんてネ」
「えー? ムサシのとこ五人もいるの? あたしの所一人だけどー?」
「別に一人も五人もかわんねーよ」
そう俺が言うと、ずっと俺達の会話を書き写している騎士を含めた、五人全員が目に焔を浮かべた。
「お前等あれだろ。俺がその気になったら困るから、見張りと記録だけやって、刺激しないようにってあのクソ騎士から言われてんだろ? なぁ?」
一人の騎士が剣を抜きそうになるが他の騎士がやめろ、と制止する。
「うふふっ、ムサシって結構怖い人だったのね。私、とんでもない人拾っちゃったみたい」
「後悔したか?」
「ううん、全然。あの場にほっとくほうがずっと後悔したわよ。そりゃムサシのしたことは許されないことだとは思うけど、人助けをしたんですもの、後悔なんてしないわ」
「ねーだぁりぃーん、そんな女ほっといて、そろそろここから出ようよぉ」
嫉妬心からか、キャサリンがいつもより甘えた声を出してくる。そのやる気の無い「出る」という言葉に対して、騎士達の緊張が一気に増した。
「あ! まって。久しぶりに会えたんですもの、もっと話をしていきましょうよ。それにまだ可愛い彼女さんのことを、ちゃんと紹介してもらっていないわ」
「か、可愛いだなんて、そんな」
今度は急にテレだした。騎士達の緊張も何処かへ行ったようだ。――
私は、夜勤の騎士が書いてくれた日誌を閉じる。どうやら、ずいぶんと楽しくやっているようだ。
かまいやしない、それももう終わりだ。
「さっそくだが刑が確定した。刺青のキャサリンはひとまず保留だ。修羅ムサシは斬首になった。ギロチンでは刃が通らないかもしれないからな、これで斬ることになった。執行は明朝だ。首は洗わなくてもいいぞ、貴様の穢れごと聖剣で浄化してやる」
伝えるべきことは伝えた。あとは明日、刑を執行すれば全てが終わる。アウゲンストもユーグリットも、死んでいった全ての者の魂も安らげるだろう。
「ちょっとまてよユリウス」
「なんだムサシ、命乞いでもするのか?」
私達は始めて互いの名前を呼び合った。最初で最後だろう。
「聞いたぞ。お前、俺と同じ人殺しなんだって?」
「聞き捨てならんな」
「アヤカと同じミュルスの出身なんだろ? お前が兵士の試験何回も落ちるポンコツだなんて知らなかったよ」
やめろ――それ以上言うな――
思わず、柄を触る。――だめだ。こいつを殺すのは明日だ。
「アヤカを連れてきたことは失敗だったな」
「わ、私が連れてきたわけでは……」
「んなことはどっちでもいいんだよ。アヤカのご両親は盗賊に殺されたそうだな、偶然それを見たお前がブチ切れて、仇をとったそうじゃないか、突然魔法に目覚めてな」
「ち、ちがう、腕をきった。腕を斬っただけなんだ。事故なんだ!」
「確かに斬ったのは腕かもしれない。しかし結果的に出血多量で死んだ。お前が殺したんだ」
「違う! 治療が間に合わなかっただけだ。私は正しいことをしたんだ! 正義の行いだ!」
「ああそうだな、明日も正義の為に俺を殺すんだろ? おいどうした? なに動揺してんの?」
「動揺など、動揺などしていない。結局は命乞いだったな、人の命を大事にしろという話だろ。判っているさ、貴様のような悪党であっても命には価値がある。それでもな、貴様を生かしておくことは世の為にならん。だから斬首するのだ」
「弱いな、意志が。お前は結局正義でもなんでもない。そもそも正義がなんなのかすら判ってない、お子様だ」
「私の魔法は正義の魔法だ。私こそが正義の代弁者なのだ」
「違うな、教えてやる小僧。貴様は盗賊が憎くて殺したのだ。そして今度は俺が怖いから殺す。お前が心に飼っているのは正義でもなんでもない。エゴイズムだ」
「私が自己中心的だとでも言いたいのか? 聖騎士はな、力だけで選ばれるものではないのだぞ? 人格や教養も大事だ。私は多くの騎士から信頼されている。お前こそ私に嫉妬しているのではないか?」
私の背後で他の騎士達がそうだ、そうだと同意してくれる。彼等が私の正当性を認めてくれる。それに小僧はお前のほうだろう。
「そら信頼されるだろうさ、まわりの期待に応えるからな。でもそれは認められたいという我欲であって、やはり正義とは程遠い」
「なんなのだ貴様は、何が言いたい? 自分こそが正義だとでも言うのか?」
「俺が正義? はははは! 笑わせるな。俺はな、悪だ。正しくないことを正しくないと知りながら、意思の力でその選択を行い、そして実行する者だ。判るか? 正しいことと悪いことの分別をした上で、正しいものを選択して実行できるのが正義だ。ユリウス、貴様はな、状況に流されているだけだ。選択をしたことがない愚か者だ」
「違う、ちがう、チガウ、違う、ちがぁぁう! 貴様を殺すことは絶対正義だ。それは揺るがない!」
「その正義は誰が決める? ん?」
「……法だ。私は、ナイトオブロアーヌ! 聖騎士ユリウスだ! 帝国の法、帝国の正義を護るものだ!」
「ほらな、自分で決めてない。やはりお前に、正義を名乗る資格はないよ」
「うるさい! 詭弁だ! 法を護ることは正義なのだ!」
「まぁいいさ、これ以上は平行線だな。帰っていいぞ。とろこで国民はなんて言ってるのかな? さっきから外が騒がしいみたいだが」
うるさい、癪に障る奴だ。もう修羅とは話をしない。私は何も言わず、地下牢の階段を上った。
城の外は騒がしい。死刑に反対した住民が集まって抗議しているのだ。実に嘆かわしい。愚かな大衆は修羅の危険性がわからぬのだ。
「死刑反対」「斬首するな」「血で帝都を汚すな」「修羅様はスラムを浄化してくれた」「修羅様のタタリが来るぞ」「命を大事に」「話し合いで解決できる」「酒呑んで話せば判る」
理由は様々だがこいつらは愚かなのだ。愚鈍な民だ。騎士になって見聞が広くなったが、一番実感したことは護るべき民に、大層な価値がないということだ。民衆がバカにしている貴族や王族のほうがよっぽど未来や国の事を考えている。
しかし、この愚かな民の為にも剣を振るわねばならない。私は聖騎士なのだから。明日は修羅の首を落とす、そうすれば民もおとなしくなるだろう。




