1話 失った痛み
更新再開します。
焦点の定まらない目でどこを見るでもなく窓の外へ視線を彷徨わせている少女が一人、部屋の中に佇んでいる。部屋は西日を受けて一日の終わりを感じさせる物憂げな空気を醸し出していた。しかし、その空気は夕焼けの橙色だけが演出しているわけではなく、部屋にいる少女の影響も小さくなかった。少女の鮮やかだった青い髪は心なしか艶を失い、ふっくらしていた頬は少しこけて肌つやも悪い。
その部屋の入り口である扉を小さくノックする音が響くが少女は反応しない。相手もそれがわかっているのか少しの間をおくと、少女の許可なく扉がゆっくり開かれ、額に角の生えた黒髪の少女がおずおずと中に入ってくる。
「アリ…」
黒髪の少女、リフィミィは持ち前の元気さは鳴りを潜め、おっかなびっくりといった様子で少女、アリエッタに声を掛けた。アリエッタはゆっくりとした動作で首を動かしてリフィミィの姿を認めると、元来の明るさを微塵も感じさせない弱々しい笑顔を浮かべた。それは、笑顔と呼ぶにはあまりにも表情に変化のない、微かに口角が上がっただけのもので、親しい者でなければ無表情と取られてもおかしくない程度のものだった。
「ごはん」
「いらないって言っておいて」
「あう…でも…」
リフィミィはアリエッタの隣まで言って顔を見上げるが、アリエッタは再び顔を窓の方に戻すと手だけはリフィミィの頭にあて、優しく撫でた。しばらく言葉も発せずそうしていたが、それ以上アリエッタが反応しない事を悟ったリフィミィは名残惜しそうに部屋から出て行った。
眩いばかりの光に包み込まれて、一際大きく光ったと思った次の瞬間、アリエッタたち三人は直径が三メートルほどの魔方陣の上にいた。それなりの広さの部屋のようだが、窓もなく明かりもない室内は僅かに光を放つ魔方陣の明かりだけで薄暗く全体を見渡すのは難しい。アリエッタにもデューンにも見覚えのない場所だ。
その部屋は見張られていたのだろう。すぐに部屋の中に数人の男が雪崩れ込んできた。
「アリエッタ…か…?」
部屋の中に入ってきた男たちの先頭にいる驚いた顔をした男に、アリエッタは見覚えがあった。
「ウィレイさん…?」
半年前のネマイラ襲撃の折、探索隊の隊長を務めたウィレイだった。
「無事に帰ってきたみたいで何よりだ」
ウィレイのその言葉でアリエッタはここがネマイラで、エレアの力で帰ってきたのだと理解した。
「聞きたい事はたくさんあるが、その前にエメラはどうした?」
その場にいたのはアリエッタの他にはリフィミィとデューンだけだ。アリエッタが旅に出た事を知る者であればエメラが一緒について行ったのは当然わかっており、そのエメラが一緒にいないことが不自然なのだ。ウィレイが気になって、特に悪意がなくともアリエッタに問いかけるのは当然の成り行きといえる。現にウィレイの表情に険しさはなく、純粋に驚きの色しか伺えない。
ウィレイの問いにアリエッタは答える事ができなかった。俯き、手を痛いくらいに握り締め、微かに肩が震えていた。ウィレイは、そんなアリエッタの姿を見て何も感じないほど鈍感ではなかった。相当なことがあった事は機敏に察してそれ以上追求することはなかった。
「まだ話せないなら無理にとは言わん。疲れただろ?今日は帰って休め」
ウィレイはそれだけ言うとアリエッタと連れてきた二人も合わせてエメラの家まで案内した。
魔方陣のあった部屋は自警団の詰め所の中の一角にあった。エメラの家までは十分からそこらの位置にある。
「まぁ…なんだ、落ち着いたらでいいから話を聞かせてくれな」
エメラの家まで着くと、ウィレイはそう言って詰め所に戻っていった。
「ここ、エメラの家なんだ。とりあえず中に入ろう」
二人の反応も待たずにアリエッタは中に入っていく。
半年以上の間、誰も使っていなかったはずの家の中は埃が溜まっていることもなく綺麗なものだった。恐らく親しくしていたジェシカかリーズあたりが、いつ家主が帰ってきてもいいように定期的に掃除をしてくれていたのだろう。まだまだ日も高く明るい室内を進んで、アリエッタはいつもエメラと二人で食事を取っていたリビングに入り、いつも座っていた椅子に腰掛けた。後からゆっくりと入ってきた二人にも椅子を勧めて一息ついた。
半ばパニックに陥っていたアリエッタもネマイラへの転移を機にそれなりに冷静になっていた。しかし、エメラの立っていたはずの場所に上がった青い炎が瞼に焼き付いて離れない。その状況に加えて、いつもアリエッタのことであれば真っ先に反応していたエメラの反応がどこからもなかった事を冷静になった頭で考えると無事であった可能性は限りなく低い事も理解できる。
「どうして…どうして僕を止めたの…」
言葉にするとアリエッタにも実感が伴い、熱いものが込み上げて来る。やがてアリエッタの白い頬を小さな雫が伝い一筋の跡をつけた。あの状況でエメラが無事である可能性は限りなく低く、助かる者たちだけでも逃げるというガリオルとデューンの選択は当然だと言えるし、アリエッタもそれが妥当である事を理性は認めている。
「ごめん…」
デューンが誤る必要がない事も、行き場のない怒りを八つ当たり的にデューンへぶつける事も間違っているということもアリエッタは理性では理解していた。しかし、感情を理性で完全にコントロールできればアリエッタもそんな言葉を口にする事もなかっただろう。
「ううん、僕こそごめん。部屋は好きに使っていいから」
アリエッタはそれだけ言うと、エメラの使っていた寝室に入っていった。顔を合わせていれば怒鳴り散らしてしまいそうな感情を自分で醜いと思ってしまった事もあるし、一人になりたいと言う気持ちもある。とにかく気持ちがある程度整理できるまで誰とも会いたくなかった。
どこまでデューンがアリエッタの気持ちを理解できていたかはわからない。それでもしつこく追い掛けていくほどデューンは無神経ではなかった。アリエッタの後をついていこうとしたリフィミィの手を優しく掴むと首を横に振った。
アリエッタがエメラの部屋に入ると、旅に出る前のままの状態だった。もちろん掃除に入った際に多少物をどかしたりはあっただろうが、基本的にはそのままだ。
元々そんなに立ち入ることがなかったこともあって思い出は多くない。それでも、どこかエメラの匂いの残るその部屋にいると、隣にエメラがいない事を逆に強く意識させられた。
"痛い"
アリエッタはそんな言葉がピッタリだと思った。いる事が当然の空気のような存在は、失って改めてその重要さに気付かされる。エメラの色々な表情を思い出すたびに身を切るような痛みを感じて涙が溢れてくる。
日が落ちて室内を暗闇が支配する頃になっても変わらなかった。再び太陽が外を淡く照らし出す頃になって心身ともに疲れきると、アリエッタは椅子に腰掛けたままついには意識を落とすのだった。
なんとかほぼラストまで書き終わりました。
まだ最後が少し残ってますが、更新している間には間に合いますので、このまま一日一話更新で完結まで行く予定です。
最後までお付き合い頂けますと幸いです。




