25話 森の中の遺跡
名の無い村を出た一行は北を目指して移動を続けた。ある程度予測はしていたが、それを上回る数のモンスターが待ち構えており、移動にいつもの倍以上の時間を費やす事となっていた。
村を出てから約三日間をかけて移動してきたが、今のところモンスターが大量発生する要因となるようなモノや現象には遭遇していない。依然としてモンスターのほとんどが進行方向から向かってくる固体が多く、逆方向から襲われることは無かった。アリエッタも確信まではいかなくとも、まだまだ標的は北方向にあるとにらんでいた。
「エメラ、あれってネマイラ出てすぐ遭遇した…」
この日もある程度進んだ先で見つけたのは虎型のモンスターだ。そしてその背中には猛禽類を思わせる巨大な翼が生えていた。
「ネマイラタイガーに見えるけど、さすがに違うと思うわ」
もし、ネマイラタイガーであったとするとギルド基準ではAからSランクに相当し、アリエッタたちが処理しなかったとするとカリディア単独では対応しきれないだろう。
「どっちにしても危険そうだから、さっさと倒しちゃおうか」
「そうね」
アリエッタとエメラはそう言い合うと、一気に飛び出した。
エメラの風魔法が虎型モンスターの翼に直撃してその翼を切り落とすと、氷刀を生成したアリエッタが一瞬の間に間を詰めてその首を斬り落とした。時間にして数秒の出来事だ。闘技会でアリエラの戦い方を体感した事で、その戦闘能力はそれまでの比にならないほど向上した。魔力の扱い方から体の使い方まであらゆる面で闘技会前までのアリエッタとは雲泥の差と言ってよかった。
「アリィ、ホント強くなったよね。イノシシ相手に固まってのがウソみたい」
虎型モンスターが既に骸になっていることを確認したエメラがしみじみと言った、その表情には少しの寂しさと、安心したような安らかな色が混じっていた。
「いつの話しているの」
『なになに!?そんなことあったの?』
アリエッタがアリスフィアに来たばかりの頃、湖で水浴びをしていた時イノシシに遭遇した事を思い出して苦笑いするアリエッタ。今のアリエッタしか知らないエレアが口を出し、ガリオルやデューンも興味津々の様子だ。隠すような事ではないが、アリエッタとしては過去の恥を晒すようで少し気恥ずかしく自分から進んでしたい話ではない。ネマイラタイガーに遭遇したときの話にまで飛び火したりして、少し賑やかに休憩となった。
この辺からモンスターの様子が少しづつ変わってきた。具体的には、それまでCランクがほとんどだったがBランクが混ざり始め、時にAランク相当に出くわす事も発生し始めたのだ。明らかにモンスターが強くなってきていた。中には大森林で遭遇したネスカグアに近い強さの大蛇モンスターも混じっており、普通ではない雰囲気を漂わせ始めた。
そして入手した情報通りであれば、そろそろアーレム王国時代の古城遺跡が存在するはずだ。いつもであればモンスターなどほとんど出現することはなく、護衛付きではあるものの頻繁に観光ツアーが組まれ、人通りはかなり多いようだった。実際道がしっかり整備されている事からも、その話が事実なのだと裏付けられている。
「遺跡ってあれじゃないかな」
デューンの言葉に全員が指差した方向を見ると、ぼんやりと建物のような白っぽくて高さのあるものが見えてきた。
「リフィ、見える?」
「おっきいおうち!」
一行の中で一番遠目の利くリフィはある程度見えているらしく、建物であることは間違いなさそうだ。所要時間にして二、三時間といったところか。そこが目的地というわけではないが、一つの目安であることは間違いない。
二時間ほどで肉眼でもはっきりと建物らしきものの全容が見渡せる場所まで移動してきた。リフィミィの言っていた通り、それは巨大な城だった。年月が経過しすぎているのか、そこかしこが崩れ落ちており、長い年月放置されていたであろう事は想像に難くない。
さらに近付くと、その古城周辺にはモンスターが大量発生していた。大部分がCランク相当だったが、中にはBさらにはAランク相当のモンスターも混じっている。フィルブトの大群には遠く及ばないが、一箇所に集まっているとなるとかなりのインパクトがある。
「なんだありゃ。もしかして発生源はあのボロイ城の中か?」
「可能性はあるわね…。調べてみる価値はあるかも。としたらまずは…!」
エメラは最後まで言葉には出さずに魔力を練成し始めた。しばらくすると練成が終わり、練り上げた魔力を魔法として放出する。放たれた魔力は強力な炎となって固まっていたモンスターたちを飲み込んでいき、残ったのは一部のAランクモンスターだけになった。
「おっしゃ!残りはまかせろ!!」
ガリオルはそれだけ言うと真っ先にモンスターの群れに突撃していった。そんなガリオルの様子に少し呆れながらアリエッタも残敵討伐に少し遅れて参加していった。
Aランクとはいってもアリエッタたちの相手にはならなかった。今のアリエッタであれば大森林で遭遇したモンスター化したネスカグアですら大した相手にはならないだろう。ものの数分ですべて片付くと少しの休憩を挟んで、古城の中に足を踏み入れていった。
エントランスだったであろう大きな門の残骸を避けて城内に入ると、外観同様に柱が折れていたり壁が崩れていたりと、外で見る以上に廃墟に成り果てていた。どの程度の年月放置されていたかは想像もつかないが、百年単位の可能性も否定できず、場合によっては崩落の可能性も考えておく必要があり、衝撃の大きな攻撃手段は取れそうもなかった。
しかし、外にはあれだけいたモンスターが城の中には一匹もいなかった。
「どうなってんの?」
アリエッタが一人口にするが、それは誰もが思っていることであり誰一人としてその疑問に答えられる者などいなかった。
「モンスターの発生には何も関係ない場所だったのかもしれないわね…」
「もう少し調べてみてもいいんじゃないかな?」
「そうね、もうちょっと奥も調べてみよ」
無駄でも何でも、可能性があるなら潰しておくべきだ。それはエメラもわかっているし、デューンが指摘したのはその点だ。
一行は入ってすぐの広大なホールを抜け、石造りの廊下と思しき通路を進んでいくとまたすぐに巨大な扉の前に出た。金属で構成されたその扉は錆付いてはいるものの、エントランスのものと比べればまだしっかりと役目を果たしていた。アリエッタがエメラとガリオルに目配せすると二人はゆっくりと頷き、それを見たアリエッタは重厚そうな鉄の巨大な扉を押した。接続の器具も錆付いているのだろう、少し耳障りで高い音と、鈍重そうな音を響かせ扉が開いていった。
「やっと来てくれたか。もう待ちくたびれたぞ」
その声は、何度か聞いた事のある女性の声だった。そして、扉を開けた先で立っていた人物の姿を確認するとアリエッタは驚愕に目を見開いた。
「…エメ…ラ?」




