14話 闘技会決勝
「嬉しいよ。本当にキミとは一度戦ってみたかったんだ。準備はいいか?」
ガリオルが一瞬で敗北するという衝撃の準決勝から二日後、いよいよ闘技会も大詰めの決勝が行われようとしていた。
「あいつの戦闘力ははっきり言って異常だ」
引き上げてきたガリオルの第一声だ。
竜人族であることを隠しているためガリオルは竜化ができない。つまり本気のアリエッタですら圧倒した本来の力が出せない状態での戦いだった。それでも大抵の人間族は一ひねりで片付けられる実力があり、それを一瞬で負かしてしまうところにルチアの底知れない実力の一端が窺える。竜化前のガリオルを物差しにするのであればアリエッタではルチアに敵わない可能性が高い。それでも竜人族の里で手合わせた時よりもアリエッタの成長は著しく、計りきれない面がある事も否定はできず、アリエッタ自身悲観的にはなっていなかった。
「胸を借りるつもりでいきます!」
真剣な表情のアリエッタに対して、ルチアは小さく頷くと口の端を僅かに上げた。
『決勝戦バトルスタート!!』
その次の瞬間には大歓声の中、アナウンスで試合開始が告げられた。
アリエッタはこの大会初めて氷刀を生成すると両手で握る。対してルチアは既に装飾のついた長杖を左手に持って地面にその先をついていた。
先に動いたのはアリエッタだ。可能な限り全力で身体強化をかけると、これまた全力でルチアの背後に回ろうとしたがルチアも簡単に背後を取らせるはずもなく、片手で振るった氷刀は少し前までルチアのいた空間だけを切り裂くにとどまった。
「大した魔力量だ。だが使い方がなってない」
ルチアのそんな言葉がアリエッタの背後から聞こえてくるのとほぼ同時に、アリエッタの背中に強烈な衝撃が加えられた。障壁は破られて、ルチアの持った杖の先がアリエッタの背中を強かに打ちつけていた。あまりの衝撃にアリエッタは一瞬息ができなくなるが、なんとか距離を取って再び相対する。
最初の一手だけでお互いに力の差が歴然としている事を悟った。魔力量はそこまで大きな開きはないかもしれない。しかし、その魔力の扱いに天と地ほどの差があることは明らかで、アリエッタからすれば逆立ちしても勝てないと頭でも体でも理解してしまった。
「ルチアさん、この勝負…」
「ちょっと待ってくれ」
アリエッタが素直に力の差を認めて降参しようとすると、それを遮るようにルチアも口を開く。
「これだけのお客さんがいて、これだけ盛り上がってる中たったの一手で終わらせてしまったらお客さんに悪いと思わないか?」
そんな事を言われてもアリエッタからしてみれば無理する必要のない場面であって、妙な所でリアリストなアリエッタはこれ以上不毛な戦いは続けたくなかった。このまま続けたところで一方的な展開になることは二人とも容易に想像でき、見世物としても面白みのないものではないかと言うが、ルチアの提案はまた少し変わったものだった。
「それならば、キミにハンデをあげよう。これから五分間私は一切の攻撃をしない。その間にキミが一撃でも私に入れられたらキミの勝ち。降参を認めよう。だが、それができなかった場合は最後まで付き合ってもらうぞ」
話してばかりで一向に戦わない二人に対して場内はどよめき、一部からは野次も飛び始めた。
「ほら、お客さんもああ言ってる事だし始めよう」
アリエッタはあまり気乗りしなかったが、悪い条件ではない。完全に舐められてしまっている事に思うところは多分にあったが、まずは相手から一本取る事だけに集中する事にした。
予想通りといったところか、アリエッタの攻撃はかすりもしない。アリエッタのスピード自体も観客からすればわずかに残像が追えるかどうかというレベルのはずだが、そのアリエッタからしてもルチアのスピードは追い切れなかった。正面にいたはずが背後、左右にいたり、かなり離れた場所にいたりと傾向も掴めなければ、どう動いているかすら理解できなかった。
勝機を見出せないまま時間は過ぎていき、アリエッタの攻撃がそれまでと同じように空を切ったあるタイミングで再びルチアが口を開く。
「そろそろ五分…勝負は私の勝ちだ。約束通り最後まで付き合ってもらう」
頭の中で測っていたのかルチアは時計も見ずにアリエッタにそう告げると猛然と動き始めた。見た目上は攻守反転し、今度はルチアが一方的に攻める展開になる。実際は開幕からずっとルチアが圧倒しているのだが、観客から見れば押しつ押されつの一進一退の攻防を繰り広げているように見えるだろう。その証拠に攻守が入れ替わるたびに歓声が大きくなっていた。
アリエッタは防戦一方どころか、防御すらままならない状況に置かれていた。かわせたり、障壁を展開して受けられるものはまだよく、実際にはほぼゼロ距離で放たれる魔法の三割前後はその身に受けていた。
「ほらほら、負けん気の強いキミがこんなに一方的にやられてていいのか?」
アリエッタにはルチアが何を言っているのか理解できなかった。アリエッタ自身、負けん気が強いなどと思ったこともないし、今の状況は半ば諦めているにもかかわらず、さらに発破をかけるような事を言っているのも意味がわからない。
そんなアリエッタに向かって、ルチアは衝撃の一言を言い放った。
「いるのだろう?出てきてくれ、アリエラ!」
アリエッタの警戒心は最大値まで高まった。ルチアの声にした『アリエラ』という人名。それだけであれば魔族の中でも知名度のある人名だけにそこまで不思議はない。そこに加えてあたかもアリエッタの中にアリエラがいるのがわかっているかのような物言いは、アリエッタに心臓を鷲掴みされたような衝撃を与えた。
(…また少しだけ体借りるわよ)
アリエッタの頭に中にアリエラの声が響いた次の瞬間、アリエッタは自分の体が自分のものでないような感覚を覚えた。すべての感覚は生きているがすべての自由が利かない。
(今回はあたしの戦い方見せてあげる)
そんなアリエラの声が聞こえてくると、次の瞬間には独りでにアリエッタの口と喉が動き、言葉を紡ぎ始めた。
「久しぶりね、ルビアス。三十年ぶりくらいかしら」
 




