12話 第二ブロック準決勝
その男は異様な出で立ちだった。黒装束に覆面を被り、全身黒一食だ。その姿にアリエッタはネマイラを襲撃してきた集団を思い出さずにはいられなかった。それと同時に探索隊の時や盗賊に襲われた時のような黒い感情が心の奥底から溢れてきそうな感覚に襲われていた。今はまだ抑えられているが、後一押しあれば感情のまま相手を八つ裂きにせんと動き出しそうだった。
『まずは二回戦まで圧倒的な強さで勝ち上がってきた期待の新星アリエッタ!!』
アナウンサーが必要以上に持ち上げてアリエッタをコールすると場内のボルテージは一気に跳ね上がる。どこかしか男性からの歓声の方が大きいのは気のせいではないだろう。
『対するは優勝候補に破っての二回戦登場アグール!!』
アリエッタの対戦相手がコールされるとアリエッタの時ほどではないものの、再び歓声が大きくなり、いよいよ開始かと観客もアリエッタも緊張感に包まれる。
『王者への挑戦権を掴むのはどっちだ!バトルスタート!!』
試合が開始されるとアリエッタは相手の力量を測るため、わざと動かずに様子を見る。相手のアグールという黒ずくめの男も様子を伺っているのか動き出さない。
まったく動く様子を見せない相手に先に焦れたのはアリエッタの方だった。今までの相手のように魔力にものを言わせた身体強化による速攻だ。背後に回りこもうとするも、アグールは最低限の動きで距離を取ると、左手で握った剣を振るってきた。アリエッタは物は試しと少し薄めに障壁を展開すると、アグールの剣がその障壁を破ることはなかった。
両者は再び距離を取って相対して動かなくなる。観客は息を呑むように見守っているのか場内はシンと静まり返っている。
「なんとも恐ろしい力よ。のう、魔族の娘よ」
少ししわがれた様な声を出したアグールは確かに「魔族」という言葉を口にした。しかし観客席からは離れていたため聞き取れていたのはアリエッタと観客席にいるエメラとルチアくらいのものだろう。
「どうして僕が魔族だと思うんだ?」
「それだけ圧倒的な魔力量、人間族なわけがなかろう。他の連中は気付いておらんようだがな」
アリエッタはそれ以上会話に付き合うつもりはなかった。再び相手の出方は伺うが、やはり動く気配は見せない。魔力量に差がありすぎてカウンター以外手がないのかもしれない。となればカウンターだけ気をつけてヒットアンドアウェイの戦法を取れば負ける事は無さそうだと判断し、積極的に攻める事にした。
アリエッタは一方的に攻めるが一度として攻撃が当たらない。すべてギリギリのタイミングでかわされてしまうのだ。負ける事はなさそうだが攻め切れない、そんなもどかしい状況だ。それでも相手の体力も無尽蔵ではなく、攻め続ければそのうち疲れが見える筈で、アリエッタはそれを狙って攻め続ける。しかし、ある程度攻め続けたところでアグールがカウンターを入れてくるようになった。そのカウンターもアリエッタには当たらないが、少しづつ正確性が上がっていく。そしてついにアリエッタの左腕の障壁に当たり、その障壁にかすかな綻びが生じた。それを見たアグールは口の端を吊り上げた。
アリエッタの攻撃は苛烈を極めたが、アグールの攻撃が障壁に当たる頻度も徐々に増えていった。そのどれもがアリエッタの障壁を抜くには至っていないが、すべてにおいて障壁が無傷という事がなかった。三回に二回ほどの精度でカウンターが当たるようになった頃、ついにアリエッタの障壁が完全に破れそのうちにあったアリエッタの右手首より先を斬り飛ばした。
「クカカ、利き手がなくなってしまえば継続して戦えまい。降参した方がよいぞ?」
アグールのその言葉にアリエッタは答える事なく、淡々と斬られた手首より先を拾うと聖魔術で元通りに治癒した。
「なんと!?その魔力量と剣術に加えて聖魔術まで使いこなすのか!?つくづく恐ろしい娘よの」
アグールの表情は覆面に隠れているためわかりづらいが、その声色は今回初めて焦りを含んでいた。
アリエッタの魔力が尽きるのが先か、アグールの体力が尽きるのが先かを争うような様相を呈してきた。特にアリエッタは有効な対抗策を見出せずにいて、この試合もいつまで続くか先の見えない。
そんな時、久しぶりに聞く声がアリエッタの頭の中に響いた。
(相変わらず鈍くさいわね!)
(アリエラさん!?)
前回出てきたのはネスカグア討伐の時だった事を考えると、約三ヶ月ぶりの声だ。
(久しぶりだね。今までどうしてたの?)
(今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!あたしがあんたとコンタクト取れる時間だって限られてるんだからさっさと片付けるわよ)
アリエッタは話しながらも攻撃の手を緩めない。しかし相変わらずすべての攻撃は紙一重でかわされ、いまだに一撃も入れられずにいた。むしろ当たった時点で勝負がついてしまうためアグールからしても必死に避けているのだろう。
(相手は動くんだから動きを予測するの。何回も見てきたんだからある程度わかるでしょ?)
アリエラの助言は的確だった。今まで魔力にものを言わせた身体強化で相手が動く前に仕留めていたため、相手が動く前提での対処をする必要がなかったのが仇になった。普通に考えれば当然の事ではあるが、そうした影響でアリエッタの動きはストレート過ぎるのだ。動いてくる場所さえあたりが付けられればアリエッタの動きはわかりやす過ぎたのだ。
アリエラの言葉にはっとさせられたアリエッタは次の一手で動き方を変えた。初撃は次に移るための予備動作として、下からの打ち上げを繰り出す。勢いがつき過ぎないようにそれまでの一撃よりかなり力は弱めてある。アグールは正面からの攻撃にはバックステップして後ろに数歩分下がっていたのを思い出し、二撃目は打ちり上げからすぐにもう一歩踏み出し上段から真っ直ぐ脳天めがけて打ち下ろす。今までと違うアリエッタの動きにアグールは対応しきれず、氷棒がアグールの左肩を掠めた。当然アグールも障壁は張っていたが、アリエッタの魔力の前にそれは無いに等しかった。いとも簡単に障壁を打ち破り、掠っただけとはいえど掠った部分の服と皮膚はもっていった。
(そうそう、その調子)
ちょっとした切欠でアリエッタの動きは洗練されていった。それまではカウンター受け放題だったが、アグールが手を出せない程にまでアリエッタの攻撃は正確さを高めていた。初手にフェイントを入れたり、三手、四手と先を考えて攻撃を組み立てる事でアリエッタの動きは複雑で動きが読みづらくなっていた。そんなアリエッタの攻撃にアグールは徐々に防戦一方になっていった。
結局、アグールはアリエッタの動きが見えていたわけではない。ガリオルが言うように気配を察して、その気配から避ける、その気配に向かって攻撃するを繰り返していたに過ぎず、それが有効なのもアリエッタの攻撃が単調だったからに他ならない。
何度目かの攻撃でついにアリエッタの持つ氷棒がアグールの右腕を捉えた。氷棒が手首より若干上の位置に命中すると少し鈍い音がして、アグールは持っていた剣をその手から離した。
「右手が使えなければ戦えないでしょ。降参した方がいいんじゃないですか?」
アリエッタはアグールに言われた言葉をそのまま返してやった。
「ふぅ…そうだなぁ。私の負けだ。…審判よ、私の負けだ、降参する」
まだ反発するのではというアリエッタの予想に反してアグールはその申し出にあっさりと応じた。
『勝者アリエッタ!!』
(アリエラさん、ありがとう、助かったよ)
アリエッタの問いかけに対してアリエラの返答はなかった。今回も一方的に出てきて一方的に喋っていつのまにかいなくなっていた。
その場から少し離れた観客席から見ていたルチアはその様子を見て一言呟いた。
「ついに見つけた。やっぱりそこにいたんだ」




