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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第4章 神聖エルガラン王国の影
75/123

9話 本選

『勝者アリエッタ!!』


 闘技場内に響くアナウンスに場内は観客による熱狂の渦に飲み込まれた。割れんばかりの歓声に、口笛や野次が飛び、観客は束の間のエンターテインメントを十二分に楽しんでいるようだった。

 アリエッタが右手に握っているのは予選と同じく、氷刀ではなく氷の棒だ。強度こそアリエッタの魔力に準拠してこれ以上ないほど高いが、殺傷能力は特に高くない。刃がないだけに殴打するだけの鈍器となり、言うなれば鉄の棒と機能としては大差なく、その強度は"宝の持ち腐れ"な状態だ。


 相手は巨大な戦斧を片手で操る屈強な男だった。激しい予選を勝ち抜いただけに人間族の中ではそれなりの猛者なのだろう。自慢の体格を生かした怪力と、その見た目に見合わない繊細な魔力操作で自身の魔力を越える強度の魔力を付与して戦うスタイルは確かな実力者でなければできない芸当だ。

 それでも相手が悪すぎた。

 戦いは開始直後から一方的だった。魔力量にものをいわせた身体強化で相手の男が目で負えない動きで背後に回ると手にした氷棒で背中を打ち付け、動けなくなったところで相手の側頭部を殴りつけた。セーブしていたとはいえ、規格外の魔力で強化されたアリエッタの拳はいとも簡単に相手の意識を刈り取っていった。結果的には戦いにすらなっていない、一方的な蹂躙といってもよかった。

 過去に仕方ない部分が多分にあったが、過剰防衛とも言えるほどの力で既にそれなりの数の命をその手で摘み取っていて、今更な部分もある。それでもアリエッタとしての意識がしっかりしている内はできる限り無駄な殺生はしたくなかった。


『予選同様圧倒的な強さで二回戦進出!!』


 場内のアナウンスに観客はさらに熱量を上げていき、惜しみない拍手と歓声が試合場を後にするアリエッタに向けらる。


 一回戦を終えたアリエッタに今日はもう闘技場で出番はない。

 一回戦八試合が二日に分けて行われ、その翌日から二回戦四試合がさらに二日間かけて行われる。そして準決勝と決勝は一日間を空けて開催される予定になっている。そういった背景には出場者の疲労を考慮して万全の態勢で戦わせるのが目的だ。しかし今回のアリエッタのように一方的な試合だと勝者は大した疲労を感じる事もなく、休養日の意味はない。本来はまっすぐ帰って体を休めるところなのだろうが、アリエッタにはその必要もなくエメラたちがいるであろう観客席に移動する。さすがに、先ほどまで観客を盛り上げていた出場者本人が観客席に現れてしまっては大騒ぎになるため、幻術魔法で姿はごまかしている。


「あ、アリィお疲れ様」


 エメラがアリエッタに気付き労いの言葉をかけるとアリエッタも「うん」と微妙な返事を返す。実際には準備運動にすらならない程度だったのだから、「お疲れ様」と言われてもピンとこなかったからだ。身分を隠して観客席に来てるのだから周囲に気付かれるわけにはいかず、先ほどの戦いの話はこの場では禁忌(タブー)だけにそれ以上の問答はしない。


「エメラはよく僕だってすぐわかったね」


「それはわかるよ。だって肝心な所隠せてないもの」


 幻術魔法で姿を誤魔化しているのは何も他人だけではない。自分以外の身内に対しても当然効果はあり、今でもエメラの目にはいつものアリエッタと同じ姿では映っていないはずだ。


「え?自分ではうまく隠せていたと思ってるんだけど…」


「だって、ホラ」


 エメラがそう言って指差したのはアリエッタ自身だ。

 その服装は出場時とまったく同じものであり、性別も身長も体格すら変わっていない。変わっているのは髪が黒くなっただけだ。

 外からわかるくらいに服を押し上げる自己主張の激しい胸に反して、臀部は控えめで全体的には華奢なシルエットの体系に、整いすぎた顔は一度見たものであれば忘れる事はないだろう。それでも周囲が気付かないほど髪色の印象と言うのは小さくない。特に試合場を遠目に見てる観客からであれば尚更であろう。結果的に身内にはわかり易く、他人にはわかり辛いというアリエッタたちにとっては一番好ましい状況になっていた。


「そんな事より次始まるぞ」


 そう言いながらガリオルの見つめる先の試合場には既に出場者二人が準備を終えて試合開始の合図を待っていた。

 一人は直剣を片手に握った軽装の男。もう一人は金属製の防具をがっちりと着込んで槍を片手に、もう片方には大きな盾を構えた男だ。

 試合開始のアナウンスと角笛の音が響くと、両者は同時に動き出した。


「こりゃぁ、どっちも大したことねーな」


 ガリオルはぽつりと本音を漏らすが戦いからは目を逸らさない。

 片手剣の男は剣を振りながらも器用に魔法を操って相手を翻弄している。剣術の熟練度と魔法の威力や正確性を考慮するに、どちらかというと魔術師寄りの戦闘スタイルなのかもしれない。

 片や重装備の男は片手剣の男の攻撃を受け流しながらカウンターを入れるという、見た目通りで守り重視の戦闘スタイルだ。

 両者の実力は拮抗しているのか、お互いが決定打がないまま時間ばかりが過ぎていき、次第に消耗戦の様相を呈してくる。消耗戦になれば最低限の動きで対応していた重装備の男の方が有利に見えるが、かなりの重量物を身に付けて動いている分、消耗という点でも見た目ほど差はない。

 勝負を決めたのは一瞬だった。

 先に焦れたのか片手剣の男が、重装備の男の左側に回りこんで斬りかかろうとするが、当然の如く重装備の男も盾で防御するために盾を片手剣の男の方に押し出す。すると僅かに右脇付近に鎧の切れ目があり、その部分が顔をのぞかせた。片手剣の男はその間を逃さず、その隙間に魔法で電流を流し込んだ。人の体は電気をよく通す。あっという間に電流は重装備の男の体を駆け巡り、それまでの接戦が嘘のように簡単に重装備の男の意識を闇に落とした。


『勝者ガルス!!』


 勝者を称える場内アナウンスが流れると、観客は喝采の拍手と歓声を送る。しかしその熱狂ぶりはアリエッタの時と比較すると控えめだ。


「次のおまえの相手はあいつか。まぁ相手になんねーわな」


 ガリオルが言うように、アリエッタの次の相手はこの試合の勝者と、という事になっていた。偵察も兼ねて観戦してみたはいいが、アリエッタにとって大した相手ではなく戦い方も特に注意すべき点も見つからなかった。アリエッタは大した収穫が得られなかったと少しばかり気落ちしながらも、戻ろうとした所で気になる会話が後ろから聞こえてきた。


「…この内容じゃアリエッタの相手にはならんだろうなぁ」


「あぁ。アリエッタはどう見ても去年のラティナクラスだもんな」


「去年八強のティルトが相手にならんような奴だし、そうかもしれん」


「それにしても今年の闘技会は面白いな!蒼焔のラティナに新鋭ガリオルとアリエッタがどう挑むか、ってとこか」


「今年は凄いものが見れるかもしれん。なんにしても楽しみだわ」


 どうやら予選から一回戦までの結果から、前回覇者のラティナという魔術師とガリオル、アリエッタで三つ巴という予想になっているらしかった。俗に言う"ノミ屋"では優勝の一番人気はラティナ、二番人気がアリエッタ、三番人気がガリオルになっているらしいというのはエメラの調査結果だ。その調査結果は正しそうだという事が先ほどの会話からはよくわかる。


「さて、そろそろ帰ろっか。メインイベントは明日だし」


「そうだね。今日はこれ以上見ても意味はないね」


「オレはもうちょっと見てくわ。先帰っててくれ」


 その場の軽いやり取りをすると、エメラとアリエッタはリフィミィとエレアを連れて宿に戻っていた。


 その日最後の試合でこの日最大の番狂わせが発生するのだが、アリエッタたちがそれを知るのはその日の夜のことだった。

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