5話 街巡り
夜中から朝にかけて若干の騒動はあったものの、それ以外は特に目立ったこともなく、一行は新しい街に到着した時に取る行動と同じ動きをオーヴィレンでも取る。まずはギルドでモンスター討伐の依頼が無いか確認して、無ければ情報収集だ。
ガリオルは街に滞在すると必ず朝は起きてこない。最初の頃こそ起こしていたが、不満そうにしていた事もあり、出発の朝以外は好きにさせていた。出かける前に声はかけたが反応がなかった事から耳には入っていないだろう。
デューンも夜中から柱に縛り付けられていた事からほぼ徹夜だったため、ガリオルと同じように部屋で眠っていることだろう。
そんなこんなで結局女四人での外出だ
フィルブトからモンスター討伐の依頼はほとんどなかった。フィルブトまでの道のりの間には一つの町で必ず数件はあった依頼が、フィルブト出た後は三、四箇所に一件あるかないかといった程度だ。フィルブトに到着した時のようにまったくのゼロというわけではないのだが、フィルブトまではそれなりの数があった事を考慮すると極端に少ないと言える。
アリエッタ達は広範囲のモンスターが寄り集まってフィルブトを襲撃したのかとも考えたが、オーヴィレンのギルド受付の男は今の数が普通だと言う。ギルド受付の男の言葉を額面通りに受け取るのであればサーフィト領内のモンスター発生率が異常だったという事になる。実際、アレグ火山の影響がほとんどない大陸西部に限定すれば、ABランクのモンスターが発生すること自体が極めて稀なケースで、あそこまで頻繁にモンスター討伐依頼が出ている事そのものが異常事態と言っていいかもしれなかった。
「とりあえず街の様子でも見て回ろうか」
結局オーヴィレンにもモンスター討伐の依頼は無く、仕方無しに情報収集にあたる事にしたのだ。
情報を集めるのに街の様子を見ると言うことは意外に重要な要素だったりする。その町々で人の集まりやすい場所、情報の集まりやすい場所は異なり、そういった場所を見つけると言う意味においても重要な意味を持つ。また昼と夜でもその傾向は変わる上に、会話に上りやすい話題の傾向も変わってくるため、昼と夜と散策する必要があった。
しばらく特に当てもなく街中をぶらつくが、地味な町だけに特に目立つようなものがあるわけでもな午前中いっぱいでほぼ回り尽くしてしまった。やはりというかアリエッタも簡単に予想はついていたが、街の中心に建つ闘技場周辺が一番賑わっていた。この日も前日に続き中では何も行われていないようではあるが、その周辺にはちょっとした広場や飲食店が軒を連ねていて、広場でのんびり過ごす親子連れや、お昼時という事もあって飲食店目当ての客で賑わっていた。
「ちょうどいい時間だし、この辺で少しゆっくりして空いてきたらお昼にしようか」
「すこしまったらごはん!」
エメラがそう切り出すと、待っていたかのようにリフィミィが顔を輝かせる。実際にはもう少しお預けなのだが、それをここで言うのも酷というものだ。それでも実際に見せのかきいれ時に入るより店員にゆっくり話を聞けるために遅めの昼食なのはいつもの事だけに、その辺はリフィミィも理解しているようだった。
広場で休みがてら少しゆっくりしていると、飲食店の客足もかなり落ち着いてきて、頃合かと判断して近くの食堂に入った。食事に関してはどうしてもアリエッタはセヴィーグを比較してしまって物足りなさを感じるため、もう味に期待はしていない。それでも少し遅めの昼食となれば空腹もピークに達していて、極端に不味くなければ良いと考えていた。
案の定、アリエッタの舌を満足させる料理が出てくることもなく、可もなく不可もなくといった淡々とした食事を終える。アリエッタは、それでもおいしそうに食事をするリフィミィを見て、日本のものやセヴィーグの美味しい食事を食べさせてあげたいな、とも思ってしまうのだった。
店内には客がほぼいなくなり、店員もピーク時間帯を乗り切ったという満足感からどこか弛緩した空気を醸し出す中、エメラは店員にそれとなく世間話を持ちかける。その自然さたるや本当に見事なもので店員も特に警戒することなく話に乗ってくれる。他の店員も残りは後片付けだけとあって、少し客の相手をするくらいであればサービスの一環として特に気にした様子もない。
「あたしたち帝国から来たんですけど、王国だと他種族いないんですね」
さすがにストレートに「魔族見たことありますか?」などと聞けるわけもなく、エメラもかなり遠回しな話し方になってしまう。それでも前の会話から不自然なく切り出せるエメラのスキルもさすがといったところだ。
「当然よぉ。もし魔族でも出たら大騒ぎさね。城の兵士がとんでくるわ」
「そうなんですか?帝国だとたまーに町で見ますよ」
「おやまぁ、帝国って物騒なのねぇ」
この中年の女性店員の言葉に王国での他種族への見方が集約されたいた。凶暴で恐ろしいモンスターのような存在とでも思われているのだろう。発生要因を考慮すればあながち間違いでもないのだが、内実は人間族よりも穏健で理知的なだけに、根拠のない出鱈目な偏見だとアリエッタは切り捨てる。
しかし、一概にこの女性店員を悪く言うことはできない。そもそも国策として他種族を締め出すような施策を取っているのだから、実物を知らない一般の民衆は想像や極僅かな情報からイメージを作る以外なく、結果的に誤った虚像を作り上げるに至ってしまったのだろう。
「そんな事ないですよ。魔族でもぜんぜん普通の人でしたよ」
「そうなのかい?モンスターみたいにすぐ襲ってくると思ってたけど違うのかい」
「ちゃんとした理性のある人なので、見境なく襲ってくるなんて事ないですよ」
「ふ~ん?まぁ、実際見たことないからねぇ」
もし、アリエッタとエメラがこの場で正体を明かしたらこの女性店員はどういう反応をするのだろう。それはアリエッタも思ったが、いくらなんでも実行に移すにはリスクが高すぎる。魔族のことを誤解なく理解してほしいとアリエッタは思うが、ここで騒ぎを起こすリスクと天秤にかけるのも馬鹿らしい。当然のことながらアリエッタは考えるだけで実行には移せなかった。
食事を終えて外に出ると、四人は再び広場で食休みを取る。まだ日も高く、子どもを遊ばせる親やアリエッタたちと同様に食休みなのかゆっくりと過ごす人々の姿も数多い。
「思った以上に王国で魔族の情報を集めるのは難しそうだね」
アリエッタたちの想像以上に王国での魔族の評価は厳しいものだった。そんな場所にそのままの姿で歩き回る魔族などそうそういようはずもなく、姿を変えて人間族の社会に紛れ込んでいるとしたら、それを見つけ出すのはアリエッタたちでも困難を極める。もしそうであればほぼお手上げだ。
「そうね…。どっちにしても予定通り王都を経由して北端を目指すしかないわ」
「それで手がかりが無かったら、また地道に王国と帝国探すか、最悪イルダイン公国行くかだね…」
イルダイン公国は約三十年前にセヴィーグに進行してきた経緯があり、魔族とは因縁のある国家だけに、エメラはもちろんの事アリエッタもいいイメージは持っていない。さらには魔族相手に進行してきただけあって、国内の魔族へのイメージは王国以上に悪いだろうと想像ができる。そんな場所に好き好んで行きたいなどとは思わないだろう。
「ねぇ、アリィ。今でもやっぱり男の子になりたいって思ってる?」
「うん、それはもちろん」
「そっか…」
エメラの問いに迷う事も無く答えたアリエッタだったが、旅に出た当初に比べるとその思いが随分と弱くなっている事は薄々気付いていた。もう自分の女である体に嫌悪感を感じることは少なくなってきたし、一年以上も経過していて男の体がどんなものだったかの記憶も薄れてきている。当初苦労した着替えやトイレといった日常的に必要な行為も当たり前のようにできるようになり、自分が女であることに疑問すら覚えなくなってきた。
アリエッタの男に戻りたいという気持ちに嘘偽りはないのだろう。しかし、何故かと問われるとその返答には窮してしてうだろう。一年前であれば「男の自分が本当の自分だから」と迷い無く答えただろうが、今は安易にその言葉を口にすることはできない。それはこの一年で女として生きてきた自分を否定したくないという気持ちの裏返しなのだが、その事にアリエッタは気が付いていなかった。
アリエッタの問いに少し寂しそうな表情を見せるエメラだったが、それはほんの一瞬だけだった。
「一旦宿にもどろっか」
エメラは一言ぽつりと口にすると率先して立ち上がる。それに続いてアリエッタも腰を上げるとガリオルがアリエッタたちのいる方に歩いてくるのが見えた。
「おう、お前ら、こんなとこにいたか」
「おはよ、ねぼすけさん」
「いつものことじゃねーか。それより面白いもん見つけたぜぇ」
ガリオルはアリエッタの皮肉をさらっと流すと、手に持っていた一枚のチラシのような紙を二人に見えるように差し出した。
"二年の一度の闘技会開催!勇者よ来たれ!"
 




