1話 タランタス大陸中部
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フィルブトを出て約半月も経つと徐々に熱帯性の暑さは和らぎ、少しづつではあるが遅めの春を感じられるようになってきた。それでもネマイラの五月に比べると温暖で初夏のような様相を呈していた。さらに雨季に入ったらしくほぼ毎日雨が降り、じめじめと不快な日が続いていた。しかし、あと一週間ほど進めばネマイラとほぼ同じ気候になり、帝国の食卓を潤す穀倉地帯が広がっているはずだ。そして、そのさらに北には帝国とエルガラン王国がにらみ合いを続ける国境地帯が広がる。
エルガラン王国とサーフィト帝国はエルガラン王国が建国された約三百年前から断続的に大陸中部の領土を争って、何回にも渡って激突を繰り返してきた歴史がある。今から遡る事約百年前の第三次タランタス戦役で現イルダイン公国領南部を占領し属国化して以降、双方領土の増減はない。当然今よりエルガラン王国の南下を許せば帝国の食卓を直撃するため、帝国が必死の防衛線を敷いてきたという面も否定できないが、王国側も長期間の兵役で疲弊してきているといった点も間違いなく影響していた。
「あの皇帝さんよぉ、なかなかやり手だな」
「そうなの?」
唐突に口を開いたガリオルにアリエッタが不思議そうに返事を返す。
「あぁ。おまえに士官の話持ち掛けたときは"蒼の聖女"だからかと思ったが、さっき通り抜けた砦の中に、薄まってるだろうが魔族の血を引いてるっぽいのがいたからな」
「うん、そうね。両親どちらかの二代か三代前に魔族がはいってるかな、あれは」
エメラとガリオルが見たのは、頭髪こそ黄色が混じっていたが色が薄く、さらには僅かに耳が尖っていた。明らかに純粋な人間族ではない容姿に二人は魔族の血が混じっている事を確信したのだろう。
「それが、皇帝がやり手なのとどう関係するの?」
「はぁ…おまえもちったぁ頭を使え」
思考放棄したアリエッタを咎めるようなガリオルの物言いだが、馬鹿にしているわけではない。淡々とアリエッタに説明を始めた。
魔族がセヴィーグで産まれて以降、人間族のコミュニティーは魔族には入りづらいものであった。それも無理はない。人間族は魔族のその力を恐れて近付かなかっただけでなく、異端、異物扱いする事が常だったのだ。そんな状況の中、わざわざ暮らしやすいセヴィーグを捨てて人間族のテリトリーに入るものなど極一部の物好きだけだったのだから、余計に魔族と人間族は溝を深めていったのは自然の成り行きだった。
そうした人間族の慣例は今も根強く残り、特にエルガラン王国においては魔族に人権は無いと言われるほどだ。わりと異種族に寛容なサーフィト帝国であっても、国の中枢機関や軍に異種族が入り込む事などありえなかったのだ。
そんな状況の中、魔族の血を引いた者が国境近くの砦の守備の任についているという事は、優秀な者はどんな者でも取り込むという懐の深さと、それまでの柵に囚われない柔軟な思考の持ち主だという事に他ならない。
「まぁ、そんなわけだからあの皇帝さんが健在のうちは、よっぽどの事がねー限りは安泰じゃねーか?ってぇことだ」
実現性の高低は抜きにして、王国にはない魔族を取り込むという選択肢を現皇帝は持っている。実際には実現しなかったが、もし帝国がアリエッタたちを取り込む事に成功していたとしたら、それだけでも王国に対して最大の切り札となり得ただろう。
「ふ~ん。そうすると逆に帝国の巻き返しなんて事もあるかも?」
「可能性は低いけど、あり得なくはないわね」
魔族であるアリエッタとエメラ、竜人族であるガリオルにとっては完全に他人事で多少の興味はあっても完全に外での出来事といった雰囲気だ。
「でもさ、王国と帝国は穀倉地帯を巡って争ってたんだよね?中部じゃなくても稲とかとうもろこしとか芋とか南部でも北部でも育つよね?」
「あぁ、そっか。アリィはその辺知らなかったか」
アリエッタの尤もな疑問にエメラが思いついたように答えた。
今タンタラス大陸に暮らす人間族の大部分は元をただすと中部~中北部地域に生活圏を持っていた民族だった。それが徐々に大陸中に散ばっていったと言われている。実は魔族もその例外ではなく、セヴィーグの民が魔族化したのも、その後の事だろうと考えられている。そして彼らの主食は小麦であり、その食生活も彼らと一緒に大陸中に広まっていったのだろう。そんな中で最北部や南部の一部では主食が変わっている地域もあるにはあるが、それは全体から見るとやはり一部にとどまっていた。
「小麦が供給される体制があったからパン食が維持されてたんだね」
「とは言っても、中部の生産だけで大陸全体の口が賄えるわけじゃないから、実のところ最下層民にまでパンは行き届いてないんだ…」
アリエッタの結論にデューンが少し悲しそうな顔をして現実を伝える。
人間族の生活はセヴィーグのそれと比べると、やはりアリエッタの知る地球の中世と現代ほどの差があった。機械の発展こそないものの、潤沢な食料に充実した福祉はセヴィーグ自治区にはあっても人間族の生活には無いものだった。
「色んな事知れば知るほど魔族の人がセヴィーグから出ない理由が身に染みてわかるよ…」
人は便利で快適な生活を知ってしまうと、そこから水準を落とすのはなかなか難しい。そういう意味でわざわざ快適なセヴィーグの生活を捨てて不便な生活を強いられる土地に危険を冒してまで行こうとは一部の物好き以外は思わないだろう。
「あー、そうだな。お前ら二人は相当変わってるな」
「あたしは元々出る気はなかったけどね」
曇り空の下、これから足を踏み入れる大陸中部の話から取り留めのない会話まで、賑やかに話しながらもオオトカゲを走らせると、まだ日の入りには少し早い時間だったが町が見えてきた。帝国内で通過予定の町はこの町を入れて後片手で数えられる程度だ。ついに帝国も抜けて当初予定していた最終目的地であるエルガランに足を踏み入れようという所まで来た事にアリエッタは軽く感慨を覚えるのだった。
活動報告にも書いたのですが、実は4章すべてを書ききれていません。
完全に見切り発車です。
ただ、8割方書き終えているので、4章終了まではノンストップでいけるかと思います。
それでも5章はまたお待たせする形になりそうで、楽しみにして頂いている方には大変申し訳ないです。




