表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第2章 亜人種の住処
34/123

8話 神の力

 ゴローに跨って半日も走らせると、周囲の景色が徐々に変わってきた。それまでは人の手で開拓した広々とした土地が広がっていたが、少しづつ熱帯樹が増えてきて、視界を遮る様になってきた。

 空気も少しづつ湿り気を帯びたものに変わってきて、オオトカゲに乗っているだけでもじっとりと汗が滲み出てくる、そんな気候になるだろう事は容易に想像がついた。

 さらに数時間進むと完全に木々に覆われた、昼間であるにもかかわらず少し薄暗い森の中に進入していた。

 それまでの人の手により地面がならされた道など無くなり、木々と雑草の生い茂った道なき森の中を強引に突っ切っていくしかなくなった。こうなってくると、オオトカゲ自慢の機動力を存分に生かす事ができなくなり、それまでより時間をかけて進まざるを得なくなった。


 森の中は日が落ちた後暗くなるのが早い。少し茜色に照らされていたかと思うと、すぐに暗くなってきた。

 暗くなる前にその日の野宿の準備を整えなかったのは、完全に失態だった。しかし、エメラはすぐに魔法で光を作り出すと周囲を明るく照らし出した。


「迂闊だったわ…。明日からは少し早めに野宿の準備しなきゃダメね」


「でも、この辺だとちょっと野宿するには窮屈だよね?」


「そうね…。もう少し進みながら探すしかないね」


 それまでに通り過ぎた場所には少し開けた場所が無い事もなかった。やはり、日がある内にそういった場所に落ち着いておくべきだったのだろう。その辺を二人は後悔していた。

 その後は運が悪い事に、なかなか適当な広さを確保できる場所が見つからず、とうとう完全に日が落ちてしまった。日が完全に落ちてからの移動は、人にとっては危険が大きかった。夜行性でステルス性能の高い危険生物が活動し始めるからだ。妥協して適当な所で我慢するか、先に進むかで二人は迷ったが、結局先に進む事にした。

 幸いにして、一時間ほど進んだ先で少し開けた場所に出た。


「なんとか良さそうな場所があったね。今日はここにしよっか」


「うん…夜は気を使うから疲れた…」


「うー…」


 アリエッタもエメラもそれなりに疲労を感じてはいたが、リフィミィは既に寝てしまうのではないかと思うほど、うつらうつらし始めていた。いつも宿に着いて食事をするとすぐに寝てしまうリフィミィだが、洞穴で見つけた時も既に眠っていた事を考えると、リフィミィにとってこの時間はもう就寝時間なのだろう。


「ほら、リフィ、もう少しでご飯にするからもう少し我慢ね」


「ごはん~、あう…」


 いつもなら「ごはん」の言葉に反応してシャキッとするのだが、今日に限っては反応が鈍い。相当疲れているのか、眠気に逆らえない様子だった。


「早くしてあげないとね。あたしは食事の準備するからアリィは野宿の準備お願い」


 エメラはそう言うと手早く荷物の中から食材を取り出して調理を始め、アリエッタはそれに並行するように下を整えようとしたところで異常に気付く。

 周囲は古木の倒れた残り株らしきものが残っている。それは特に不自然な事ではない。アリエッタが気付いたのは雑草が辺り一帯寝ている事だ。こんな森の中で動物が踏み荒らす以外に、こんな状態になる事は有り得ない。そして、そこから導き出される答えは…。


「うあううう!ああぁぁぁ!」


 アリエッタが叫び声のする方を見ると、猫科と思われる体に黒い斑点のある豹に似た獣がリフィミィの肩口にその牙を突きたててていた。牙の一本が大きな血管を傷付けたのか、夥しい量の血が噴出していた。

 アリエッタはただ呆然をその様子を見つめていたが、エメラは即座に反応し豹のような獣の首を風の魔法を使って落とすと、その口からリフィミィが開放されて地面に投げ出された。その体からは依然大量の血が流れ出していて、夜襲後の偵察隊が襲われた時を思い起こさせる光景だった。

 ハッと我に返ったアリエッタはすぐにリフィミィに駆け寄って状態を確認する。

 既に目の焦点は合っておらず、体温も心なしか低く感じる。肺も傷付けられたのか、呼吸からは「ひゅーひゅー」という音が聞こえ、口からは血泡を吐き出していた。止血しようにも肩から首にかけての出血で手が打てなかった。

 誰がどう見ても状態は致命的で、上位の聖魔術師がいたとして治癒できる可能性は五分五分というレベルだった。聖魔術師もいない現状では手の打ちようがなく、ただただ彼女の死を待つしかなかった。


「アリ…ど、こ…?…さむ、い……」


 もう目は見えていないのだろう、リフィミィは右手で何かを探すかのように何もないところを掴もうとしながら、かすれた声で切れ切れになりながらも呟くように喋る。


「リフィ、ここにいるよ」


 アリエッタはリフィミィの手を握って声をかける。その手は恐ろしく冷たかった。

 リフィミィはそれで安心したのか、そのまま目を閉じた。


「…こんなの、ないよ…」


 家族が討伐されても、無邪気に懐いてくるリフィミィの姿を思い出して、罪悪感と情けなさと悲しさで勝手にアリエッタの目から涙が溢れてくる。

 握った手は冷たかったが、弱々しいながらも脈動を感じる事ができる。しかしそれも時間の問題なのは誰の目にも明らかだった。後ろに立つエメラも悲痛な面持ちで顔を伏せている事から、その状況を察しているのだろう。


「こんなの…嫌だ…!」


 最初に手を握った時のそれよりもさらに弱くなっていく脈動に、命の灯火が少しづつ、だが確実に小さくなっていくのをアリエッタは感じ取っていた。


「リフィ死んじゃダメだよ!色んな所に行って、色んな物見て、色んな物食べて、もっと色んな事一緒に楽しもうよ!」


 アリエッタとて頭ではもう助からないだろう事は理解できていた。しかし、それに感情が追い付くかどうかは別問題だった。

 永遠のような一瞬のような、そんな感覚がわからなくなるような時間は唐突に終わりを告げる。

 それまで間隔が長くなりながらも感じられた脈動が感じられなくなった。


「…リフィ?」


 アリエッタがリフィミィの顔を見ると出血しすぎて顔色は土気色だったが、表情は穏やかだった。アリエッタが手を握った時の安心した顔のままだ。


「うわああああああ!!」


 絶叫だった。

 アリエッタはリフィミィの体を強く抱きしめながら、エメラの目を憚る事なく声を上げて嗚咽した。


(何も償えてないのに、何も楽しいこと教えてあげられてないのに、何もおいしいもの食べさせてあげられてないのに、何も何も…まだこれからだったのに!)


 アリエッタがそんな後悔や未練で感情が溢れ出した時、その声が頭の中に響いた。


『あなたの強い想いと強い願いは私の元まで届きました。あなたの純粋に他人(ひと)を思いやる気持ちを認めて、私の力の一部を代行して行使する事を認めましょう。あなたの望む結果を思い浮かべて念じなさい』


 アリエッタにとって、頭に響いた声が誰のものなのかなんて事はどうでもいい事だった。今望むことはただ一つ。


(リフィを助けて…!)


 リフィミィを失ったアリエッタの妄想かもしれない。それでも藁にも縋る気持ちでアリエッタは強く願った。

 すると、リフィミィのからだが淡く光りはじめ、牙により傷付けられた首から肩にかけての傷跡が見る見るうちに消えていった。


「これは聖魔術…?」


 過去に何度も聖魔術の行使を見たことがあったエメラは、その現象が聖魔術が引き起こしたものだと認識していた。しかし、この場に聖魔術を使える者はおらず、エメラも使えないし、もちろん使っていない。そうなると、この現象を引き起こしたであろう人物はただ一人となる。

 変化は劇的だった。アリエッタが抱きしめていたリフィミィの体から胸の鼓動が確かに感じられるようになり、その変化に伴って土気色だった血色が徐々に血を透いた、生きた人のそれに戻っていった。


「あう…アリ…?むにゃ…」


 再び目を開けたリフィミィの姿に、アリエッタの止まっていた涙が再び溢れ出した。


「リフィ、よかった…!」


 声にならない言葉を口にして、アリエッタは再びリフィミィを優しく抱きしめた。リフィミィは再び眠ってしまっていたようで体に力が入っていなかった。しかし先ほどまでと違い、体に温もりがあり、鼓動があり、呼吸の音があり、生きているという事が認識できる。アリエッタはその事がこれ以上ないほど嬉しかった。


「アリィ、ここに留まるのはちょっとマズイからまた少し移動しよ」


 エメラとしてもアリエッタに聞きたい事もあっただろうが、リフィミィと豹の血が大量に残っているこの場所に留まると、その血の臭いに引き寄せられてくる新しい獣に出くわす可能性がある。その辺を考えて移動することを提案してきたのだ。

 手早く荷物を纏めて、再びオオトカゲに跨って移動を始めると、今度は三十分程で運良く開けた場所が見つかった。同じ轍を踏まないように今度は注意深く安全を確認し、今度こそ野宿できるように準備を始めた。


「ねぇ、アリィ。さっきの、聖魔術よね?」


 エメラは食事の準備をしながら、テントの準備をするアリエッタに声をかける。


「そうなのかなぁ。頭の中に声が響いて『リフィを助けて』って思ったら治ってたから、何が何やら…」


「そう。あのタイミングで神託が下りたんだね」


 アリスフィアにおいて、聖魔術は神の力を代行行使するという形で発現すると言われている。実際に使えるようになった聖魔術師は皆一様に「神の声を聞いた」と言うのだ。しかし、アリエッタのように切羽詰った状態で「神託」が下りる事は少ない。大抵の場合は、信心深い神職者にある日突然「神託」が下りるのだそうだ。


「それにしても、蘇生の聖魔術なんて初めて見たわ」


 完全蘇生術。それは聖魔術師の中でも極一部しか行使の許されていない、最上位魔法だった。それを「神託」が下りたばかりのアリエッタが使って見せたのだ。「神託」の下り方もだが、今回のアリエッタの行動は異例尽くしだった。


「そんなに珍しいの?」


「珍しいどころじゃないよ。完全蘇生術なんて一部の司祭クラスが条件に合った時しか使えないんだから」


 アリエッタは自身の行使した力は希少性が高く、それでいて途轍もないものだった事を、このエメラの言葉で初めて認識した。それと同時に少し誇らしい気持ちになる。誰だってほかにない力が手に入れば他人に誇りたくなるし、自分は特別なのだと天狗になってしまっても仕方ない事ではあった。

 そんなアリエッタの気持ちを戒めたのはエメラだった。


「だからって、その事は隠しておかなきゃダメだからね」


「どうして?」


「もし、アリィが権力者で希少な蘇生できる術者が在野にいるのを知ったら?」


「…全力で囲う」


「でしょ?そういう事よ。場合によっては親しい人全員を人質にされるかもしれないし、最悪家畜のような扱いを受けて『飼われる』かもしれない」


 現代日本においては人権が保障され、非人道的な扱いを受けることは早々有り得ない。しかし、日本においても世界的に見ても、そういった事が過去に行われてきた事は事実として歴史が語っている。


「ありがとうエメラ。そこまで考えてなかった」


「うん、わかってくれればいいの。魔族にはそこまでできる権力者はいないけど、これから行く人間族達にはそういうのいるから気をつけないとね」


 エメラは口にしなかったが、アリエッタには「蘇生術の使える術師」というだけでなく、国を傾けかねない「女性としての魅力」も兼ね備えていた。好色家の権力者であれば、どんな手を使ってでも手に入れようとする者がいてもなんら不思議はない。捕まらないまでも常に追われる立場におかれてしまう可能性もあるのだ。既に規格外の魔術剣士にして極上の美貌を持つ少女と狙われる要素は満載だが、一つでも少ないに越したことはない。


「うん、わかった。それとリフィの腕輪なんだけど、もう外してあげたいんだけど、ダメかな?今回のも着けてなかったらあんな大怪我しなかったかもだし」


 まだリフィミィを保護してから半月程度だ。それで安全と判断するのは早計かもしれない。しかし、アリエッタとしては根拠は無いが、安全だという自信があった。感覚としか言いようのない、形もなければ説明も難しいような、あやふやなものだが、間違いないと思ったのだ。


「少し怖いけど、アリィがそう言うならあたしも信じる」


「…ありがとうエメラ」


 すんなり了承してもらえると思っていなかったアリエッタは驚きつつも、エメラの気遣いには感謝するばかりだった。


「さて、ご飯にしよ!」


「リフィは寝かしておいた方がいいよね」


「そうね。さすがに今起こすのは気の毒だわ」


 二人はリフィミィは寝かしたまま、交代で睡眠を取って朝を迎えるのだった。


 翌朝、夕食に起こしてくれなかった事にたいそうご立腹なリフィミィに手を焼いたのだが、それすらもアリエッタにとっては幸せに感じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ