7話 アリエッタとリフィミィ
旅路は順調だった。巨人鬼の討伐をした村を出てから約三週間でひとまずの目的地スレヴィまであと少しという所まで来ていた。
リフィミィは大人しかった。アリエッタとエメラはもちろんの事、それ以外の人にも危害を加えるような素振りすら見せなかった。討伐した五匹は遭遇した瞬間に襲い掛かってきた事を考えると、人を認識すると攻撃的になるのは巨人鬼の習性なのだろうが、それを見せないという事にはアリエッタもエメラも答えを出すことができなかった。
大人しいのは二人にとって僥倖ではあったが、成長するにつれてその習性を発揮し始め凶暴になる可能性は考えておかなければいけなかった。アリエッタとしては、そうなった時に手に負えなくなるとそれなりの処理をしなければいけなくなるが、そうならない事を祈るばかりだった。
そして驚くべき事に、リフィミィは明らかに人の言葉を理解しているようだった。さらには、人の三歳児並みとはいかないまでも、片言の言葉を操りアリエッタやエメラとコミュケーションが取れるようになったのだ。
本来は巨人鬼は人間族とほぼ変わらない容姿ではあるが、知能はそれと比べるべくもないほどに低いとされている。モンスターの中では知能が高いほうであるものの文明を築けるレベルではなかった筈だが、リフィミィは人に準じるのではないかと思えるほどの知能の高さなのだ。
額の角を見るに巨人鬼である事は間違いなさそうだが、リフィミィの知能の高さについてはまったくもって説明がつかなかった。
「アリ!アリ!」
「ん?リフィ、どうしたの?」
「ごはん!」
リフィミィはアリエッタにしがみ付きながら、片言の言葉を発してお腹のあたりをさすっていた。
「お腹空いた?」
「あう!」
アリエッタがふと空を見上げると、雲に隠れた太陽の薄っすらとした光がかなり高い所まで登っていた事に気付く。この日は空に雲が広がり、どんよりした天気だったこともあって、アリエッタもエメラもすでに正午が近い事に気付いていなかった。
「いつの間にかお昼だ。リフィの腹時計は正確だね」
「うー?」
アリエッタが手綱を持っていない左手でリフィミィの頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細める。その様子は人の子どもと何が違うのかわからないくらい、同じものだった。
「エメラ!そろそろ休憩がてらお昼にしよう!」
「あら、もうそんな時間だったのね。気付かなかったわ」
一行は適当な所でオオトカゲを止めると、旅用の袋に入っていた生肉をオオトカゲ達の前に準備する。ゴローとランドが食事を始めたのを確認すると、今度は三人で食事の準備を始める。基本的にはその日のうちに次の町の到着するため、お昼は出発した町で準備してもらったお弁当で事足りる。準備といっても座る為のシートを敷いたり、飲み物を用意する程度だ。
ネマイラを出てから一ヶ月あまりが経っていた。その間の経験でアリエッタもエメラも随分と慣れたものになってきた。旅の途中に外で食事をする際の準備など最たるものだろう。
「ついに暑くなってきたわね。これからしばらくは暑いだろうから、慣れておかなきゃね」
額に汗を浮かべながら、水で喉を潤したエメラがそう口にする。
ネマイラの気候は日本の関東地方に近かった。しかし、そこから南下する事によって少しづつ亜熱帯と言えるような気候に変わってきていた。特にセヴィーグ南部のスレヴィ周辺は完全に亜熱帯の気候となっている。さらに南下して大森林に入ると、そこは完全に熱帯地域のジャングルとなる。
そうなれば、当然の事ながら暑さは続いていく事になり、そこを考慮してのエメラの言葉だった。
「暑いのやだなー…。そういえば、最近モンスター見てないね」
「あー、うん。前に魔族の成り立ちの話はしたよね?そこに答えがあるんだよ」
セヴィーグ北部の中心辺りに存在するアルグ火山から遠ざかれば遠ざかるほど影響が少なくなり、凶暴化したモンスターも少なくなるのだ。長い時間が経過しているため、生息地も少なからず動いてはいるが、異色な魔力を含んだガスは依然として火山から出続けていて、それによって生み出されるモンスターもその周辺が一番多いのだとエメラは解説する。
「ふ~ん。そうすると今後はモンスターに襲われる可能性は低くなるんだ?」
「そうね。だけどジャングルの中は別の意味で危険な生物が多いし、しばらくは野宿が増えるから気は抜けないけどね」
これまでは予定のルートを外れた時に例外的に一日野宿をした事があったが、スレヴィを出てしまうと、その後は暫く野宿が続く事になるのだ。
ポツポツと会話をしながらの食事はいつもと変わらない。やがてそれも終わると、誰からともなく出発の準備を始める。
「残りちょっとだし、もう一頑張りしますか!」
「そうね」
「あう!」
実際に走るゴローとランドも了承の意を表すかのように首を大きく上下に振っている。
その日は一日太陽が雲間から顔を出す事もなく、辺りがいつもより少し早めに暗くなってきた頃になって、ようやく視線の先に街並みが見えてきた。
最南端の町スレヴィはネマイラとは同じ規模の町ではあったが、違う所も少なくない。
目に付く大きな違いは、街を囲むように外壁が建っている事だ。セヴィーグの玄関口として異種族との交流の中心となる街ではあるが、それと同時にセヴィーグの守りの要でもあった。しかし、それも今は昔。実際に人間族から侵攻を受けたのはネマイラであり、防衛の要所としての意味合いは薄れつつあった。
ネマイラの警戒が薄かったのは、この街の存在にも原因があった。堅牢な外壁を気付いたスレヴィが手前にあるからこそネマイラが突然襲われる事はないという過信があったのだ。
街に入ると、思ったより人気が少ないなとというのがアリエッタの第一印象だった。通常、玄関口の街ともなれば異国情緒溢れた賑わいを見せるというのがアリエッタのイメージだったが、実際にはネマイラと大差なく、道を歩くのは見慣れた銀髪の人ばかりだった。
「もっと人間族とか精霊族がいると思っていたけど、意外とネマイラと変わらないんだね」
「それはそうよ。並みの人間族じゃアムブラント山脈すら越えてこれないもの」
実際問題、人間族は途中のアムブラント山脈と大森林に阻まれてセヴィーグに到達するのすら命懸けだろう。そして竜人族と精霊族は、そもそも異種族と交流をする気がない。
結局、玄関口の街ではあるものの、その玄関をくぐる事ができるのは極一部のみという事になる。
「うー…いえ、たくさん」
リフィミィはここまで大きい街は初めてだった事もあり、周りをしきりにキョロキョロ見渡している。そして、その頭にはフードが深く被せられている。額から出る角を見られると、いらぬ騒ぎを起こしてしまう可能性が高いからだ。可哀想ではあるが、魔族の町に入る時は必ずフードを被ってもらっていたのだ。
「そうだねぇ。今までで一番大きい街だからね」
「いちばん?」
「うん」
「いちばん!」
リフィミィは何が嬉しいのか、にへらっと顔を歪めて満足そうにしていた。
アリエッタはリフィミィの笑顔を見る度、未だに罪悪感を感じてしまっていた。
(この子の両親や兄姉を討伐とは言え殺してしまった僕が、この笑顔を見ていていいのだろうか。僕はすごく残酷な事をこの子に対してしてしまっているんじゃないか)
アリエッタがそんな事を考えたのも一度や二度ではない。
「アリィ…またこないだの巨人鬼の事考えてるでしょ。何度も言うけど、この子はあなたに助けられたの。どうしても気になるなら、その分この子を幸せにしてあげる事が罪滅ぼしになるわ」
その度にエメラから今回と同じように慰められる。
しかし、こんな姿を隠すような真似をしなければ魔族の生活にも溶け込めない状態が、そして何より親殺しをした自分が面倒を見ている状態が彼女にとって幸せなのか、答えの出ないスパイラルに陥ってしまうのだ。
アリエッタはいつの間にか立ち止ってしまっていた。それを不思議そうな顔をして見上げるリフィミィに先ほどの笑顔はなく、少し心配するような素振りも見せていた。それを見たアリエッタは軽く首を左右に振って笑顔をリフィミィに見せると、リフィミィも満面の笑顔を返してアリエッタの腰に抱きついた。
一見良好でも、内面は不安定な状態。それが今のアリエッタとリフィミィの関係だった。
宿の食堂で夕食を取りながら今後の方針を決める事にした。
「スレヴィ出ると暫くはまともな町はないから、準備は念入りにすべきね」
恐らく、大森林からアムブラント山脈を越えるまでは人種によるまともな町はない。厳密に言うと精霊族や竜人族の住処はあるのだが、基本的に外部と交流する気のない彼らの住処は外部の者を受け入れるような造りになっていない。要は、宿泊施設はおろか、飲食店や食材を販売する店すらなく、野宿するのとそう大差ないのだ。
「生ものは数日分だけにして、残りは燻製や乾物をメインに二か月分は必要だよね」
「そうね。あとはできるだけ現地調達かな。大森林ではちょっとゲテモノ食べる羽目になるかもね」
「うげー」
そう言ってアリエッタが思い浮かべたのはワニ、ヘビと言ったところはまだマシな部類で、最悪なのはカエルやクモ、虫等だった。
「引き返す?今ならまだ簡単に帰れるよ」
「…引き返さない」
エメラは少し笑いながらも話を続ける。
「出発は明後日にしよ。明日は休養と準備に専念」
「わかった」
そこまで決まればもう話し合う事はない。残りの時間はゆっくりと夕食を楽しむ三人だった。




