6話 巨人鬼討伐
巨人鬼は人型で体長が三メートルを超え、額に二本の角を生やしたモンスターの一種だ。見た目は人を大きくして角を生やしたといった容貌で、その大きさと角を除けば見た目だけならば人間族と全く変わらない。その知能は低く、魔力に物を言わせた豪腕だけが唯一の取り柄だ。人型とは言っても人種が変異したわけではなく、山猿が変異して人間に近い姿形になったモンスターだ。
その特徴は猿らしく、群れで行動する事にある。知能が低いなりに連携を取ってくるため、個体の能力は低くとも討伐が難しい部類に入る。群れが大きくなってしまえば、自警団の一個小隊を派遣する事もあるくらいなのだ。
エメラが「安全を確保できるレベルで」と条件をつけた理由がそこにある。明らかに自分たちのレベルを超えた群れの大きさになっていた場合は撤退するという意味があったのだ。
「五匹、六匹…う~ん、規模としては一家レベルかなぁ」
小高い丘の上から、崖下をうろつく巨人鬼を確認する事ができた。一見すると親に子供といった家族のような構成だ。
一家レベルとは巨人鬼の中でも二番目に警戒レベルの低い群れだ。一番低いのは「はぐれ」と呼ばれて即討伐される。一家に続いて一族レベル、町レベルの順に警戒度が高くなり、特に町レベルとなると百前後の群れとなっている為、集団での討伐が必要となってくる。
今回、本当に一家レベルであれば二人で討伐するのは難しくない。一族レベルであってもやり方次第では討伐が可能だろう。しかし、実際にはただ単に群れから離れていただけの「一家」の可能性があり、その辺は慎重に見極める必要があった。先走って討伐を始めたら仲間が現れて、結果的に町レベルの群れだったなんて事があったら、命にかかわるからだ。
「もうちょっとじっくり観察しないとダメね」
「少ないうちに討伐しちゃえばいいんじゃないの?」
「あいつら、仲間意識だけは兎に角高いのよ。もし仲間が襲われてれば、すぐに気付いて駆け付けてくるわ」
なんとも面倒なモンスターだな、というのがアリエッタの率直な思いだった。アリエッタは元々こういった駆け引きや計算といった細かい事は苦手だった。テレビゲームでも圧倒的戦力差を利用しての力押しが一番好きで、得意技は「レベルマックスからの瞬殺」だ。某有名RPGではレベリングをし過ぎてラストバトルが数秒で終わるという、普通の人であれば物足りなさを感じるような状況も、アリエッタにとっては最高の達成感を味わえたのだ。
工夫して苦労して何かを達成した喜びを感じるタイプの人からすると損をしていると思われるかもしれないが、そこは人それぞれなのだろう。
日が暮れるまで観察を続けたが、最初に確認できた個体以外は確認できなかった。やがて日が落ちてくると、六匹は崖下に洞穴があるらしく、その中に消えていった。
穴の大きさにもよるとはいえ、町レベルの群れである可能性は少し低くなった。しかし、確信が持てる程ではない。
少し危険な行動である事は二人とも理解していたが、下に降りて穴を観察してみる。上から見てるだけでは埒が明かないからだ。中は当然ながら明かりもなく真っ暗な空間が広がっていた。その奥がどの程度の広さがあるのか見当もつかない。尻すぼみに奥が狭くなっているとも、地下に続いた広い空間があるとも、どちらの可能性もありそうに見えた。
「煙で燻してみたらどうかな?」
アリエッタは虫等を誘き出すのに、巣に煙を送り込むという手法がある事を思い出して提案してみた。
「いいかも!浅ければ全部出てくるし、出てこなければ奥が深い可能性があるって事だしね。早速やろう!」
膳は急げとばかりに、エメラは近くの枯葉や枯れ木を集めて火を付けると、風を起こして煙を洞穴の中に送った。さすがに出口に立っていては見つかってしまうため、一旦元いた丘の上に戻って風だけ操作する。
煙を送り始めて少し経過すると咳き込みながら外に出てくる五匹の姿があった。先ほどは六匹だったが一匹少ない。既に成獣サイズの二匹は出てきていて、とりわけ小さかった一匹は子どもで逃げ遅れたのだろう。
「アリィ!」
「うん!」
エメラはアリエッタに声をかけると崖を迂回して洞穴前まで降りていく。ここに住み着いたのは一家レベルの群れだと断定しての事だ。
下まで降りると、慌てて火を消していた巨人鬼が二人に気付いて猛然と襲い掛かってくる。それを見たエメラは土魔法を使用して五匹の足元の地面を水気を含んだ柔らかいものに変える。すると太ももの半分程度まで巨人鬼の体が沈み込む。そこまで確認した所で再び土魔法を使用して、今度は逆に地面を固めると足を取られて巨人鬼達は動けなくなった。その隙を見逃さずにアリエッタがいつの間にか出していた氷刀で巨人鬼達を屠っていく。
戦闘が始まってから五分もしない内に、五匹の巨人鬼を物言わぬ肉塊へと変えた。
額の角とその巨大さ以外は人とほぼ変わらないその死骸に、アリエッタは心の底で罪悪感を感じてしまっていた。
よくよく考えてみると、どういった実害があったか二人は聞いていない。実際に巨人鬼によって撲殺されたり、作物を荒らされたりと無視できない被害があったのだが、その辺を確認しないまま討伐してしまったのだ。
村長の追い詰められ様からして、それなりの被害を受けていたと判断したが、それは早計だったのではないか。アリエッタにそんな思いがわき上がってきた。そう考えると自分のした事に対してアリエッタは次第に自身が持てなくなってきた。
「エメラ…この巨人鬼ってどんな被害出してたんだろうね…?」
「アリィ?」
「もしかしたら、怖がらせてただけで村には被害出してなかったかもしれないよね…?」
そこまでアリエッタが言った時点でエメラはアリエッタの感じている事を察した。
「それは多分ないわ。村の人の健康状態はハッキリ良くないってわかったくらいだから、少なくとも麦畑はあらされてたと思う。何を悩んでるかはなんとなくわかるけど、人と巨人鬼は相容れることはないわ」
アリエッタは、巨人鬼がなまじ人と同じ見た目をしているだけに必要以上に感情移入してしまっていたと少し強引に自分を納得させ、少し気持ちを持ち直す。
「ほら、穴の中に一匹残ってるはずだから確認しに行くよ」
洞穴の中は最初に想定した通り浅く、五十メートルほど歩くと突き当たった。
そこは少し広い空間となっており、六匹が生活をしていたと思われる十メートル四方ほどのスペースになっていた。アリエッタは巨人鬼の生態を良く知らなかったが、寝床を整えているのには驚いた。モンスターの住処とは思えないほど、全体的には小奇麗に整えれらたそのスペースは、少し原始的な人が生活していると言っても差し支えなかった。
そして、整えれらた寝床らしき藁の上で一匹の巨人鬼が眠っていた。見た目は人の三歳くらいの子どもと変わらないが、その額には巨人鬼である証の角が二本生えていた。その角を除けば人の子となんら変わりがないように見えた。
「…エメラ、この子も…討伐するの…?」
エメラは眉根は寄せて、渋い表情をしながらもアリエッタには非情とも思えるような決断をする。
「…そうね。今は害はないでしょうけど放っておけばいずれ餓死するか、幸い生き延びられたとしても今回のように私達に損害を与えて…結局他の誰かに討伐されるでしょ。可哀想だけど、ここで命を絶ってあげるのも思いやりよ」
自分達と敵対する、害を為すものに対して情けをかける事自体が馬鹿げた事ではあるが、エメラの言い分もエゴだった。それだけ二人の目の前であどけない寝顔を見せている巨人鬼の子どもに対して、二人揃って情が出てしまっていた。
二人が二の足を踏んでいる間に、やっと騒ぎに気付いたのか巨人鬼の子が目を覚ました。
最初は眠そうに目をこすっていたが、周りが見えてくると目の前の見たことがない魔族の二人に対して首を傾げる。さすがに子どもだからか、即座に襲い掛かってくる事はない。
「うー?}
あどけない顔で言葉とは言えない声を発する様は、人の子と同じ愛くるしさを振り撒いていた。肩口程度の長さの黒い髪はボサボサで色艶が悪い。その瞳は大きく、よくよく見ると人の子と比べても良く整った顔立ちをしているが、肌艶も悪く健康状態が悪い事が一目でわかる。そして何より汚れた身なりが哀愁を誘う。
その様子を見たアリエッタは、とんでもない提案をする。
「…エメラ、この子連れてけないかな?」
「アリィ何言ってるの!?この子連れてったらあたし達が逆に後ろから襲われるかもしれないんだよ!?」
エメラの言い分が正しいのはアリエッタだって百も承知だ。しかしアリエッタは、地球にいた頃に見たテレビ番組で、猛獣の子どもを育てて一緒に生活をしているといった話を聞いたことがあった。この巨人鬼の子どもに対しても同じことができないかとアリエッタは思い立ったのだ。
「うん、それはわかってる。でもこれくらいの種族の習性を覚えきる前だったらなんとかなるんじゃないかなって」
「…巨人鬼の寿命は大体五十年よ。あなたにその間無事に面倒を見きれる自信はあるの?」
五十年というと、一時的な同情から決断するには非常に重い時間だ。アリエッタは自分で決めたからには中途半端に途中で投げ出すなんて無責任な事をするつもりはない。しかし、自分の死等の外的要因で保護しきれなくなる可能性は否定できず口ごもってしまった。
「それに、この子人に懐くかも怪しいし…」
エメラがそこまで言いかけたところで、巨人鬼の子がよたよたと歩いてアリエッタの腰辺りに抱きついた。母親と間違えているのかもしれなかった。
その様子にエメラが溜息をついた。
「…魔力に関しては魔封じの腕輪を使えば多分表立った害はなくなるわ。あとは人の生活圏に慣れる事ができるかどうかね。それと…途中でどうしようもなくなった時は今以上に辛い思いする事になるから、そこは覚悟しておいて」
「エメラ、ありがとう…」
アリエッタはエメラにお礼を言うと、巨人鬼の子に視線の高さを合わせるようにしゃがみ込み話しかけた。
「僕達は君をここから連れてくから、できるだけ言う事聞いてね」
「うぅ~?あう!あう!」
言葉が通じているとは思えないが、アリエッタの言葉に巨人鬼の子はしきりに頷いてアリエッタの首に抱きついてきた。
「それじゃ、君に名前を付けてあげる。リフィミィってどうかな?」
「いひみー?いひみー!」
どこか言葉を理解してそうな言動の巨人鬼の子だが、嫌がってはいないように見える。
リフィミィはアリエッタがまだ地球にいた頃読んだ小説に出てきた鬼の子の名前だった。身寄りを失った女の子という設定がこの巨人鬼の子とピッタリで、アリエッタはそれ以外の名前がまったく思い浮かばなくなった。
「それじゃ、これから君はリフィミィだ!」
「あう!」
リフィミィは言葉になっていない返事のようなものを返すと、一層強くアリエッタに抱きついた。
「…まさか一番懸念してた事をあっさりクリアするなんてね」
エメラは少し苦笑い気味に表情を緩めた。
夜の闇が完全に辺りを支配する頃になって三人は村に戻ってきた。
既に日が落ちた後だという事だけではなく、相変わらず外には人がいない。
三人はそのまま村長の家まで真っ直ぐ向かい、ドアをノックする。少しの間を空けてドアが警戒するように開くとクレーアがそっと顔を覗かせた。クレーアはアリエッタとエメラの顔が確認できるとすぐにドアを開けて笑顔になる。
「あぁ、お二人とも無事でよかった。暗くなっても帰ってこないから心配し……ひぃっ!」
クレーアは途中まで言いかけたところでリフィミィの姿を見て、腰を抜かしてしまった。子どもとは言え、討伐対象の巨人鬼をアリエッタ達が連れていたのだから無理もない。
「クレーアさん驚かせてしまって、すみません。この子なら魔封じの腕輪を着けてるので、子どもの見た目通り危険はありませんから安心してください」
アリエッタはそう言ってリフィミィの両腕に着けられた腕輪を見せる。
「とりあえず、その辺の事情も含めて報告させてもらえませんか?」
「わ、わかりました。夫を連れてきますので昨日のお部屋で待っててください」
ゲイリーには巨人鬼は一家レベルの六匹の群れであった事、五匹は討伐したが一匹だけは幼すぎて討伐できず連れて帰ってきた事を一通り説明した。
「…そうですか。いやはや、これで安心して生活できます。本当にありがとうございました」
ゲイリーは最初の疑心暗鬼の表情を消して、本当に安心したのか安らいだ笑顔を見せた。
「いえ…。でも一家レベルでよかったです。もし町レベルだったらあたし達も手が出せませんでしたから」
「恐らく、そこにいる一匹は何もできなかったでしょうが、ほかの五匹には散々畑を荒らされました。それだけではなく、たまたま遭遇してしまった者が八人も殺されたのですよ。だから本当に感謝しますよ」
そう言ってゲイリーは深々と頭を下げたのだった。
「さて、それでは報酬のお話を致しましょう。とりあえず私らでは使い道もありませんので、少しばかりですが百万レムお渡しします」
ゲイリーはそう言うとずっしりと重そうな皮袋をエメラに渡そうとする。
「えぇ!?全然少しじゃないですよ!そんなに頂けません!」
エメラは驚いて否定の言葉を口にする。
セヴィーグ自治区ではパン一つが五レム前後だ。アリエッタは今一つ通貨の価値を掴みかねているが、日本ではパン一個百円前後と考えると、凡そ一レムは二十円になる。つまり百万レムは日本円に換算すると二千万円もの価値がある事になる。もちろん物価が日本と同じではない可能性も考えれば完全にイコールにはならないが、相当な価値である事は変わらない。
さすがに命懸けの討伐だったとは言え、この金額は吊り合っていない。町レベルで自警団を動かせばそれくらいの金額が動くかもしれないが、今回は個人への依頼なのだ。エメラが驚くのも無理はない。
「討伐を依頼するともっと出すものだと思ってましたが、違いましたか?」
「ネマイラ自警団では、ですけど、相場は個人で対応できるようなものならいいところ十万レムくらいです。なので、今回はそれだけ頂ければあたし達は満足です。残りは復興に使ってください」
「わかりました。それではお二人ですので二十万レムお渡ししましょう」
逆値切り合戦の様相を呈してきたが、これ以上エメラ達が口を出すのは相手の気持ちを受け取らないと取られかねない。この辺がお互いの妥協点だった。
エメラもそういった話の折り合いをつけるのは慣れていた。ゲイリーの気持ちを察した上で、その金額を報酬として貰い受ける事にした。
「それとは別に一つお話をお伺いしてもいいですか?」
「なんなりと」
「ありがとうございます。ルビアスって人について、もし知っている事があれば教えてもらえませんか?」
アリエッタはここぞとばかりに旅の主目的である話を持ち出した。
ゲイリーは少しきょとんとした表情をした後、何かを思い出したような顔をする。
「ネマイラの三十年前の英雄様ですな。こんな辺鄙な村では接点はありませんでしたが」
「はい。実は女性になってネマイラを出て行ったらしいんです。僕達、その人を探してて、知ってる事があれば教えて欲しいんです」
アリエッタの言葉にしばらく何かを考えるような、思い出すような素振りを見せる事しばらくして、クレーアが口を開いた。
「あなた方の探す方かはどうかはわかりませんが、五、六年前に驚くほど綺麗な女性がこの村に来た事がありました。何をされてたのかは存じませんが、数日ウチに滞在していきましたよ」
「ここの後、どこに行くとか、何するとか言ってませんでしたか?」
「特には言ってなかったような気がします」
クレーアが言う人物がルビアスである可能性はなくもないが、そもそもエメラですら女性になったルビアスの姿を知らないのだ。情報の真偽を確認することができない。やはりまだまだ情報が少ない。
それでも、もしからしたらと希望が持てるような情報が出てきたのは初めての事だ
「そうですか…。でも貴重な情報ありがとうございます」
「村を救ってくれた方々ですから、これくらいならいくらでお手伝いします」
それなりの時間話し込んでいたのだろうか、アリエッタの膝の上で大人しくしていたリフィミィがこくこくと船を漕ぎ始めていた。
「そろそろいい時間ですな。私達もそろそろ休みましょうか。まだお話がおありでしたら、明日ゆっくりでもよろしいですかな?」
「あ、はい!もう大丈夫です。遅い時間までありがとうございました!」
「それにしても、そのリフィミィちゃんでしたかな。こうして見ると人と変わりませんな」
そんな話の槍玉にあがっていたリフィミィは既に両親が討伐されている事も恐らく知らずに、安らかな寝顔を見せていた。




