20話 偵察隊
ウィレイを隊長とした偵察隊は西門を出てすぐ南方向に進路を向けた。
西方向には霊峰があり、南方向には精霊族の住む大森林が広がっている。行軍はどちらが楽かと言えば遠回りになる事を考慮に入れても断然大森林だ。三十年前は霊峰からのルートを取って失敗したことも考慮すると、今回侵攻してきた軍は大森林を抜けてきたであろうとあたりをつけての行動だ。
ウィレイのその読みは正しく、進行方向の所々に軍が滞在したらしき焚き火の燃えカス等の痕跡が残っていた。そしてその痕跡は大森林の方向に向かって続いていた。わざと痕跡を偽装して誘導している可能性も否定できないが、素直に考えれば大森林から出てきたか、そちらの方向に戻って行ったか、はたまた両方かという事になる。
魔族の自警団約二千人に対して、それを正面から制圧しようとするとその十倍は必要と考えられている。つまり、ネマイラを人間族が陥落させたいのであれば最低二万は必要になるのだ。
痕跡からそれほどの人数ではなかったのはないかと想定できるが、その辺もあえて偽装されていたという可能性も否定しきれない。
しかし、テントや天幕を建てた時の柱を挿した痕や、重量のあるものに潰された草、さらには食べカスらしき骨等が散見できることから、偽装ではない可能性が高かった。そもそも寝込みを襲って戦力減らしをしようなどと大味な作戦を立てる相手だ。そこまで細かい偽装をするとも思えなかった。
「少しの伏兵は残ってるかもしれんが、本隊は既に撤退したようだな」
ウィレイが近くに控える副隊長に声をかける。
「そのようですね。もう街の非常体制は解除しても問題なさそうだと報告しましょう」
「あぁ。だが、偵察用の伏兵が残っていないかだけもう少し確認するぞ」
「了解です」
ウィレイは猪突猛進タイプを地でいくような見た目ながら、用心深く理知的だった。
四十八人を四つのグループに分けると、それぞれ違う場所の捜索を命じた。
礼とエメラは大森林入り口近くの捜索に割り当てられ、その付近をのんびりと捜索とは名ばかりの散歩のように歩いてた。他のグループも同様ではあったが、礼たちのグループも既に敵軍は撤退していると思い込んでいる節があり、軽くピクニックにでも行くような緩い雰囲気に満ちていた。
「ねぇエメラ。みんな油断し過ぎじゃない?」
「そうね、敵がいないって決め付ける判断材料なんてないはずなのにね」
いつもはポジティブな礼が珍しく訝しんだ表情をして、弱気な懸念を口にすると、エメラも同意の言葉を口にする。
いつものように気楽な気持ちになれないのが礼自身不思議ではあった。しかし、気のせいかもしれないが、嫌な予感が頭の片隅から離れない。
「でもアリィがそこまで慎重なのも珍しいわね」
「うん、なにか嫌か感じがして気持ち悪いんだよね」
「そういう時の悪い予感で結構当たるのよね。あたし達だけでも注意して進みましょ」
二人がそんな話をしたからなのか、そのすぐ後、礼は後方から極わずかな圧力を感じて障壁を展開すると同時に障壁に刃がぶつかった時の甲高い音が響く。
「があぁっ!」
それに前後して、それまでのんびり歩いていたメンバーの叫び声が上がる。礼が後ろを振り返ると夜襲の時に見たのと同じ黒装束の者達が自警団のメンバーに次々と斬りかかっていた。不幸にも奇襲に気付かなかった二人が背中を切り付けられていた。そして驚くべき事に、数人は障壁を展開しているにもかかわらず、その障壁が砕けてしまっていた。幸い、すぐに張り直す事で負傷することはなかった。
斬られた二人の傷は深く、すぐに手当てをしないと手遅れになりそうな程だった。
「おまえら、コロシテヤル…」
礼が感じたのは、あの夜のものと同種の仄暗く真っ黒な感情。その感情の矛先は黒装束の者達に向かう。いつもは明るく温厚な礼からは考えもつかないような負の言葉を呟き、一際鋭利な氷刀を出現させる。
周囲には黒装束の者達は三十人から四十人程度おり、三,四人が一人にあたっていた。エメラは誰よりも早く相手の手首と足首を飛ばして動きを封じていたが、他の自警団のメンバーは突然の事に対応し切れていない。
障壁に弾かれてはいたが、礼の元にも数人がかりで再び斬りかかってくる。礼はそれをものともせず、氷刀を一閃して相手の武器や障壁ごと頭と胴を切り離した。礼は物言わぬ肉塊と化した者達には目もくれずに、自警団のメンバーと交戦している者達も次々と命を絶っていく。
二十人かそこらの人数が礼によって斬り伏せられると、残った黒装束の者達は自分達の不利を悟ったのかほうほうの体で逃げ出していった。
「一人も逃がさない」
礼は小さな声で呟くと、氷刀を消して代わりに五十センチ程の長さで先の尖った錐のような氷を出現させて、逃げていった者達に次々と投擲する。そのキリは逃げていった者達の首から後頭部に刺さるに止まらず、先端が貫通しその場で事切れる。
礼の言葉通り、黒装束の者達は誰一人逃げ出すことが叶わず例外なく地に伏せっていた。
「アリィ…?」
エメラのその呼び掛けで礼の急激に昂った気持ちが落ち着いてくる。それに伴って礼は自分のした事を少しづつ認識して、その異常さに顔色を無くしていった。
「ぼ、僕はここまでするつもりなんて……」
礼は呟くようにそう口にすると2,3歩後ずさり、その場で腰を抜かしたように座り込んでしまった。エメラも当初は呆然と眺めていたが、礼に近づくと屈んで礼の頭を無言で胸に抱きこんだ。
少しの間、二人をそのままでいたが礼が弾かれた様にとある事を思い出す。
「斬られた人は!?」
最初斬られた時は頭に血が上って、礼は状況を正確には理解していない。しかしパッと見ても相当な重傷をとなる斬撃だったように見えた。
エメラも周囲を見渡すと、背中を斬られた二人を他の五人が必死に手当てをしていた。
礼の見立ての通り、斬られた二人の背中にはかなりの深さまで斬撃が及んでいて、今でも大量の血が流れ出していた。背中だった事もあり、重要な器官まで刃は達していなかったようではあるが、このまま止血がままならなければ辿り着くのは死だ。
しかし、今回の偵察隊に聖魔術の使い手はいなかった。さらにはネマイラの街に戻るには最低でも半日はかかり、今の二人の傷の状態からそこまではとても保ちそうにない。そんな絶望感から他の五人の表情も冴えない。
「エメラ!?なんとかならないの!?」
礼の言葉にエメラは悲しそうに首を横に振る。
「残念だけど、あたしではどうしようもないわ」
「そんな…」
礼は自分の無力さに虚しさを覚えた。何をどうあがいたとしてもどうにもならない事がある。それは十八年の礼の人生の中で多少なりとも経験してきてわかりきっていたつもりではあったが、目の前での悲劇に頭で理解はしても心の中では消化しきれなかった。
一行は傷ついた二人を背負い、今更ながら周囲を警戒しつつも仲間と合流を果たした。
不幸中の幸いと言うべきか、他のグループは待ち伏せ部隊には遭遇しなかったようだった。そして、礼達のグループで起こった出来事を聞くと一様に驚きを隠せず、それまでの弛緩した雰囲気から誰もがどこか締まった表情に転じた。
斬られた二人は意識がなく、既に体温が著しく低く息も浅い。状況は二人の命がもうそう長くない事を雄弁に物語っていた。
やがて二人の内一人が輪廻の輪に還っていき、少しの間を置いてもう一人も後を追っていった。誰もが口を閉ざして悲痛な面持ちをしていた。
礼としてはそこまで付き合いがあったわけではないが、少しの間とはいえ行動を共にした二人を失った事による精神的なダメージは相当なものがあった。日本という平和で病気や老死による、ある意味で自然死以外の死に別れがほぼ無い世界にいたのだから致し方ない事ではあった。
「油断して障壁張らなかった二人は例外としても、障壁を人間族に簡単に破られたというのが俄かに信じられんな」
誰一人口を開こうとしない中、隊長のウィレイが尤もな疑問を口にする。
基本的に攻撃の刃の鋭さと防御の障壁の強さは魔力の強さに比例する。同じ程度の魔力量の剣と障壁がぶつかった場合、障壁は破れるが剣の方も破損する。しかし、それはあくまで一般論だ。魔力制御のベテランクラスになると一部分に魔力を圧縮する事で、ある程度の魔力量の差を跳ね返す事ができる。
しかし、十倍前後の魔力量に差があるにもかかわらず簡単に障壁を破ろうと思うと、並大抵の技術では実現できない。刃先一ミリにも満たない範囲に超高圧縮させた魔力を纏わせなければならないからだ。
そして、ここでウィレイが疑問に思ったのは、そんな一握りの英雄とまで言われるレベルの者達しか実現できないような現象を、高々待ち伏せの伏兵程度の複数人が引き起こしていたという点だった。
「もしかしたら、奴らの使ってたショートソードに仕掛けがあるかもって思って一本持ってきたわ」
魔族以上に人間族が優れている点。それは手先の器用さと道具作りの上手さだった。魔力量に圧倒的な差がありながらも一方的に滅ぼされなかった理由の一つだ。もちろん、魔族が温厚な種族だった事も大いに影響しているが、特に道具作りという部分も無視できるような要素ではない。
「ふむ、持って帰って解析してもらうとしようか。いずれにしても今日は引き揚げだ。恐らくエメラ達が遭遇した伏兵が殿だろうしな」
ウィレイの指示の元、残った四十八人はネマイラの街へ引き揚げていった。二人の亡骸は腐敗が進まないように礼が氷漬けにして、男性数人がかりで運んでいった。
ネマイラの街に到着して自警団に事の成り行きを説明した後、礼とエメラはウィレイと一緒に殺された二人の遺族に経緯の説明と遺体の引渡しに向かった。
当初はウィレイが自分一人で行く予定だったが、とある事情から礼とエメラも同行を申し出たからだ。
ウィレイは当然指揮を執った責任者としてだが、礼とエメラも別の意味で責任を感じていたのだ。あくまで予感としてのレベルとは言え、グループの弛緩した雰囲気を感じ取り、何か悪い事が起こりそうという事を察していたのだ。それを事前に周囲に周知すれば、今回の結果は回避できたかもしれない。そんな事を礼もエメラも強く感じてしまっていた。
当然の如く、遺族は経緯を説明する以前に泣き崩れて話ができる状態にならなかった。片や両親が、片や妻が喋らぬ躯となって帰ってきた大切な人を前にして話などできる状態になるはずも無かった。
ある程度予測していた三人は残された遺族にまた説明に来ると告げると遺族たちは顔をぐしゅぐしゅにしつつも「すみません」を連呼していた。その様子にさらに罪悪感を刺激されてしまう三人だった。
礼にとって刺激の多すぎる一日が終わる。
部屋の明かりは落ちて、既に窓から差し込む月明かりだけのほんのわずかな明るさの中、礼は寝付けずにいた。礼の隣では礼の腕を抱き込みながら眠るエメラの姿がある。
エメラとしても今日の出来事はそれなりにショッキングだったはずだが、それ以上に体の疲労の方が大きかったのか、規則正しい寝息はグッスリ眠っているよう証だろう。
礼は何も見えない天井に視線を向けながら、日中の事を思い出していた。特に味方二人が斬られた後の感情については、夜襲の時と同じように、なぜあそこまでの激しい憎しみを抱いたのか礼にはまったくわからなかった。元々そういった激情的な一面があったのか、はたまたアリスフィアに来て体が変わった影響なのか、思い当たる事はあるものの、確固たる理由には思い当たらない。
"そもそも、あれは自分の感情ではない"
礼にとってはその答えが一番しっくり来る。やはり、礼自身あんな感情を持つこと自体が未だに信じられないのだ。礼は自分の体が、自分のものではないような錯覚に陥りそうだった。ある意味でそれは正しいのだが、そういう事ではない。
「元の体のままなら、こんな悩みなかったのかな」
誰にともなく、礼は一人呟く。その言葉は誰に聞かれる事もなく闇の静寂の中に消えていく。
その日の出来事は確実に礼の気力と体力を奪っていた。その事実を明確に表すように、いつの間にか礼も深い眠りの中に落ちていった。




