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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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16話 ジムからの剣術指南

 礼の手にしたうっすらと低温の湯気が立つ湾曲した氷の刃が、ジムの持つ幅五十センチ、全長は二メートルもあろうかという氷の塊にぶつかり高い音を響かせる。普通であればどちらか、もしくはどちらも割れてしまうような力加減でぶつかっていたにもかかわらず、どちらも欠けた様子すらない。


「おぉ、私の剣に打ちつけても刃こぼれ一つないとは、素晴らしい魔力量だな」


 20代後半ほどに見える男性ジムは感嘆の声を上げる。彼が手にしているのは剣とは言い難い棒状の氷の塊に柄を付けたような、どちらかというと鈍器のような武器に見えた。

 氷の太刀と呼んで差し支えないほどの長刀を手に、礼は再びジムに切りかかる。フェイントを織り交ぜつつも斬り下ろし、斬り上げ、横薙ぎとあらゆる攻撃を仕掛けるが、悉くが受けられるか避けられてしまい、まともに当たらない。

 しかし、そんな一見有利そうなジムだが、内心は焦りを感じていた。礼の魔力量がジムの思った以上に高く、一撃でも浴びてしまえば無事でいられるという確証がなかったからだ。そんな無駄なことを考えて気が少し逸れた影響か、礼の刀がジムの髪の毛を掠り数本を切り飛ばした。それは、ジムの予想通り刃が体に届いた時点で、その部分が斬り飛ばされる事を意味していた。その事を認識した時点で、ジムは大きく後ろに飛びずさり、構えを解く。


「アリエッタ、ちょっと待ってくれ。おまえの魔力量が予想以上に多くて万が一当たった時に安全の保証ができない。悪いんだが、お互い模擬剣を使おう」


 ジムのその言葉は、礼の事を一定以上認めている事に他ならない。そもそも、武器の扱いは素人であるはずの礼が、ブランクがあるとはいえ達人の域に達してるジムに「当たるかもしれない」と思わせたのだ。その言葉に一番驚いたのは少し離れた所で見ていたエメラだった。

 ジムは魔法を使ってそれぞれの持っていた獲物に似せた木剣と木刀を作り出すと、木刀を礼に手渡した。


「武器に魔力は通さず身体強化とこの武器だけでやろうか」


「はい、わかりました!」


 ジムの言葉に礼は勢いよく返事をすると、渡された木刀を両手で握り直して正眼に構える。

 礼は再びジムに対して木刀を振るう。相変わらずジムには当たる気配すらない。しかし、礼の太刀筋は一見適当に振り回しているだけに見えるが、大きな隙は見当たらなかった。しかし、そこはジムも達人だ。すぐに小さな隙を見つけると、片手で振り回せるとは思えないような大きさの木剣を片手で簡単に一振りして礼の木刀を弾き、体勢を崩したところで首元に木剣をピタリと付ける。


「大したものだな。本当に素人なのか?」


「はい、武器は持った事がありません。でも、刀を持つとどう扱えばいいのかなんとなくわかるというか、体が反応するというか…とにかくまったく経験が無い感じじゃないんです」


 「体が動く」「体が覚えている」というのは、正確には脳が経験した事を記憶する事で動きを最適化しているという側面がある。今回の礼のように経験もしたことのない動きをするのに体が反応するという事は通常ありえない。


「そんな事が有り得るのか…?これが天才というやつなのか…」


 自身の経験則から考えても遭遇した事の無い現象に、本当の意味での天才なのではと結論付ける。しかし、実際にはその予測すらも間違っていた事をジムは後々知る事になるが、それはもう少し先の話だった。


「天才なんて、そんな事ないですよ多分」


 礼は口では否定しながらも嬉しそうに表情を緩ませていて、そのだらしない顔のせいでせっかくの美少女が台無しになっていた。


「ま、まぁ、荒削りではあるし、細かい隙も多い。数ヶ月私の元で修練すれば、そこそこいい線いくだろう」


「はいっ!よろしくお願いします!」


 残念な表情をした礼に若干引きつつもジムが見通しを礼に伝えると、それまでの表情を一変させ真面目な表情で返事をする。その顔にはやる気が満ち溢れていた。

 礼はゲームの主人公になったような高揚した気分になりかけていたが、つい先日の狩りを思い出して、そんなに軽いものではないという事を再認識し、気を引き締め直した。




 その後もジムと礼の練習は続き、やがて空に赤みがさし始める。


「ふぅ、今日はそろそろ終わりにするか」


「はぁ…はぁ……はい。ありがとう…ございました」


 夕暮れ時なのを察したジムが礼に対して終了を告げる。礼は息絶え絶えで返事を返すのも苦しそうな様子だ。

 礼とジムは午後いっぱい打ち合っていたが、結局礼の木刀はジムを叩くどころか、ジムの体に触れる事すら叶わなかった。当たらない事に若干ムキになって打ち込み続けた結果が今の礼の状態と言える。相手の隙を見極めて最低限の動作で相手を捉えるジムの動きに対して、礼のそれはただがむしゃらに間断なく打ち込むだけだった。隙が無く、確実に相手を捉える事ができるのであれば礼の戦い方も有効ではあるが、有効打もなく無駄に疲弊するだけで相手に付け込まれるばかりだった。


「がむしゃらに動くのではなく、攻め込むタイミングを見極めるのも重要だ。明日からはそれを意識してみてくれ」


「はい…わかり…ました」


 息が整わず、言葉を発するのもやっとな礼は切れ切れになりながらも、なんとか返事を返してその場にへたり込む。


「だが、やはり筋はいいな。私も驚いたよ。初日にして模擬剣を使う事になるとは思わなかった」


 礼はジムの声もあまり届いてなさそうなほど疲弊している様子で、へたり込んだまま肩で息をしていて、返事はなかった。


「初日にしては少し頑張りすぎてしまったかな」


 ジムはそう言って、家の中に入るとジェシカを伴ってすぐに出てきた。


「ジェシカ、こんな状態になってしまったんだ。すまないが回復させてやってくれないか」


「もう、年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたんじゃないの?」


 言葉とは裏腹に穏やかな笑顔を浮かべたまま、ジェシカは意識を集中させる。すると、礼の回りに淡い光が集まり、徐々に礼の体に吸い込まれていった。すると、それまで苦しそうに肩で息をしていた礼だったが、それまでの疲労が嘘のように息が整い、顔色も良くなった。


「あれ?なにこれ…急に楽になった」


「ジェシカさんはね、聖魔術師なの。回復ならお手の物だよ」


 近くで心配そうに見守っていたエメラが答えた。


「聖魔術師?」


「うん。簡単に言うとね、神様の声を聞いて、その力の代行ができる人のことを言うの」


 そこから、エメラは聖魔術師について礼に間単にレクチャーする。

 内容は、わりとあっさりしたものだった。神と呼ばれる存在の声を聞くスキルを持っている事。そしてその力を代行し怪我や病気の治癒、場合によっては蘇生、さらには戦闘時のサポートまでをこなせる兵科(クラス)だという事。集約すると大きくはこの二点になる。


「どこの町にも教会があって、そこに一人は常駐してるわね。この街にもジェシカさん以外で教会に一人いるよ」


「体の疲れまで一瞬で回復させるなんて、魔法って便利通り越してチートだよねぇ」


「ちーと?…何?」


「うん、ごめん、忘れて。…あ、ジェシカさんも、ありがとうございました!」


「いいのよ。それじゃ、少ししたらご飯にするから、その間に湖で水浴びでもしてらっしゃいな」


 ジェシカは食事まで振舞ってくれると言う。遠慮は日本人には美徳とされるが、少なくともネマイラでは、むしろ好意を蔑ろにしてるとされて嫌われる。それをここ一ヶ月の生活で礼も学んだため、今回の申し出も素直に受け取る事にする。


「何度もありがとうございます。それじゃエメラ、お言葉に甘えて少し行ってくるね」


「あ、あたしも行くわ」


「二人で少しゆっくりしてくるといい」


 礼とエメラが連れ立って行こうというところにジムから声がかかる。二人して「ありがとうございます」と返答をしてその場を後にした。


「随分と見込みある子だったみたいね」


 家から遠ざかっていく礼とエメラを見送りながらジェシカが口を開いた。


「あぁ、私も驚いたよ」


「まぁ!あなたがそこまでいうのは珍しいわね」


「素人とは思えないというところもそうだが、剣筋がそっくりだったんだよ」


「誰に?」


「あの子にな」


「え!?そんな…本当に偶然なのかしら…」


「期待したい気持ちは私も同じだが、裏切られた時今以上につらくなるぞ」


 ジムとジェシカにとって、孫娘とそっくりな容姿の礼を見ることは、孫娘が戻ってきたように錯覚した嬉しさがあると同時に、亡くした事を思い出すつらさも感じてしまうのだった。


「性格はまったく似てないがな」


 ジムはわざと暗くなった雰囲気を変えるように軽い言葉を口にするが、あまりうまくいったとは言えなかった。


「そうね、もっとお転婆だったわね」


「あぁ…」


 結局二人そろって仄暗い気持ちを払拭できないまま、礼とエメラが見えなくなると家の中に戻っていくのだった。

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