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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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9話 続・街中見物

「アリエラ…!」


 目の前の女性はそう口にして驚きの表情を浮かべている。隣に立つ男性も同じように驚きの色が隠せていない。それを見て、礼もエメラも疑問に思いつつも口に出せずにいた。





 礼がエメラに助けられてから1週間ほどが経過していた。相変わらず礼はエメラに養ってもらっている状況は変わっていない。ただ、ぐうたらしてるのもさすがに気の引けた礼はできる限りエメラの負担になるような仕事を代わって引き受けるようにしていたが、結局買出しに行くくらいしかできる事がなかった。

 それでもできる限り一緒にいる事を望むエメラが買い物について来る事もあって、結局礼は何も負担を代わってあげる事ができていない。現代日本的に言うと完全にニートである。強いて挙げればエメラでも問題なかった水を出すという行為を、もっと簡単にできるという理由で代わる事により貢献している気になっているという程度であろうか。

 そんな状況もあり、その日も礼はエメラと一緒に買出しのため街に出ていた。基本的には食材の買出しだけではあったが、たまには贅沢しようと提案するエメラに従って喫茶店に来ていた。礼を養っていなければ、もっと贅沢できるのではないかと礼が聞くと


「別に毎日同じことにしてもいいくらいお金には困ってないよ」


と、あっけらかんと言い放つエメラだった。

 全体的に魔族の人々は裕福であった。それは最低限の食料から嗜好品レベルの食料までが潤沢に流通していて食に困らない事に由来する。そんな事もあり、一般的な経済レベルの者であってもそれなりに嗜好品には手の出せる状況にあった。それは食に対しても同様であり、甘味といった他の地域であれば一部の裕福な者以外は口にできないような高価な嗜好品であっても、ここセヴィーグ自治区では一般的な嗜好品として手頃な値段での入手が可能であった。

 アリスフィアには地球にあったような凝った菓子があるわけではない。果実に砂糖を加えて煮る、焼く程度の簡素なものだ。小麦の精製技術が未熟な事もあるが、繊細な焼き菓子などは作る技術も文化もない。男であったが甘党だった礼は地球にはあった生クリームや餡子が少し懐かしくなりつつある。

 しかし、こちらの菓子もそれほど負けていない。素材に使用する果実の糖度が非常に高く、そのまま食べても非常に美味ではあるのだが、少し鮮度の落ちたものに手を加えるとそれはそれでまた違った美味しさの菓子になる。

 明らかに農業技術の高い地球の果実よりセヴィーグの果実の方が甘いのには、生物を異常発達させたガスに理由があった。当然のことながらあのガスは動物だけでなく植物にも影響を与えていた。それは果実だけでなく穀物やその他の野菜にも同じ事が言える。穀物は少しの干ばつや暑さでは枯れないし、野菜も同様で且つ従来の品種より大きく味も濃く育つ。日持ちのする果実や穀物は人間族の間では超がつくほどの高級品として扱われているほどだ。

 そのような状況はセヴィーグ自治区全体の食卓を、ひいては経済を潤す原動力となっている事は疑いようのない事実であった。


 礼とエメラの今日のおやつはリンゴもどきのパンだった。地球で言うメロンほどの大きさのリンゴを煮て、それを単純に生地に練りこんで焼き上げたパンだ。


(このリンゴに半液状の生地を纏わせて揚げても美味しそう)


 少し贅沢な事を考えながらも礼は幸せそうな顔でパンを頬張っている。そんな様子を笑顔で見ながらエメラもおやつの時間を楽しむ。


「久しぶりに食べたけど、やっぱりレーンズさんの所のお菓子は美味しいわね。これからはもっと頻繁に来ようね」


「いや…なんか…穀潰しの僕がそんなにおやつまでご馳走になると申し訳ないんですけど」


「だから気にしないでいいっていつも言ってるでしょ。それくらいは報酬もらってるんだから」


 礼もいずれは自立したいと思っているが、まだ一週間だ。どんな職業や仕事があるかすら把握できていないのに自立など出来る訳もなく、それはまだまだ先の事になるだろう。


「うー…せめて僕も働ければ…」


「それならウチで給仕の仕事でもするかい?」


 礼の独り言に反応して言葉を掛けてきたのはこの店の店主であるレーンズだった。メガネをかけてひょろっとした体型に愛想のいい笑顔のイケメンだ。決して細くはないが切れ長の目にサラサラの銀髪は「王子様」といった雰囲気を出すには十分だった。しかし、コック帽にエプロン、そして丸眼鏡のせいでその雰囲気も台無しだった。二十歳過ぎに見えるが、礼との初対面で驚かなかった事から、彼は見た目に近い年齢なのかもしれない。


「え?いいんですか!?」


「もちろん!アリエッタちゃんがウチで働いてくれれば繁盛間違いなしだしね」


 妙に乗り気の二人だが、その話を聞いて面白くないという表情を貼り付ける者が一人。


「ダメダメ!絶対ダメ!」


 エメラは不機嫌さを隠しもせず、頭ごなしに反対する。


「え!?なんで?」


「だって、アリエッタにはあたしのお話相手するとかマスコットとか大事な仕事があるでしょ!」


 話し相手はともかくマスコットってなんだ、と思う礼ではあったが、道理の通らないエメラの主張に閉口する。


「あらー、残念。それじゃさすがの俺でも引き抜けないなぁ」


 エメラの言う"仕事"がそれほど重要と思っているのか、レーンズもそんな事を言い始める。


「えー!?そんなぁ…」


 項垂れる礼に、レーンズが軽く耳打ちする。


「…エメラちゃんの事、頼むね」


 礼はレーンズの意図が読めずに確認しようとするが、「それじゃごゆっくり」と言い残して奥に戻ってしまった。礼に残ったのは、ここでは働けないという事実だけだった。


「もう変な気起こしちゃダメよ」


 エメラの主張は礼にとってこれ以上ないくらい理不尽だった。しかし、礼もその言葉はエメラに必要とされての言葉だと思い直して素直に受け止める事にした。


 ひと時のティータイムを満喫した二人は、食材の買い物をして帰路を歩いていた。すると前方から夫婦または恋人同士らしき一組の男女が歩いてくる。

 どちらも二十代後半くらいだろうか、見目麗しいだけでなく、見た目以上の落ち着いた雰囲気を醸し出していた。礼にとってはまったく知らない赤の他人である筈のなのに、妙に懐かしさを覚える雰囲気だった。


「ジムさん、ジェシカさん、こんにちは!」


 エメラは知り合いらしく、笑顔で挨拶する。


「あら、エメラちゃん、こんに…」


 ジェシカと呼ばれた女性が挨拶を返しながら礼の顔を見た途端に驚きの色を浮かべて絶句した。






 エメラが礼を保護した経緯と今はエメラが面倒を見ている事を説明する。


「ごめんなさいね、亡くなった孫娘に本当によく似ていたもんだから取り乱してしまったわ」


 エメラもこの夫婦の孫が亡くなっている事は聞いたことがあった。しかし、それがアリエッタによく似ていたという事は始めた聞いたようだった。


「それにしてもアリエッタちゃんといったかしら、記憶が無いなんて不安でしょ?」


「えぇ、まぁ、そうですね…。でもエメラさんが良くしてくれてますから」


 本当は記憶喪失などではなく異世界から来たのだが、正直にそれを言って信じてもらえるとは礼はとても思えなかった。そこで、記憶が無いという事にして他の街の人達にも説明するようエメラと口裏を合わせていたのだ。

 ジェシカはジムと顔を見合わせて頷き合うと、意を決したように口を開く。


「エメラちゃんの時は断られたけど、アリエッタちゃん、あなた私達と暮らしてみる気は無い?」


 エメラはその言葉を予想していたのか顔に驚きの色はないが、少し強張っていた。それに対して礼は盛大に驚いていた。初対面の相手に突然引き取ると言われたのだ。驚くなというのは無理な注文だった。


「アリエッタ、あなたの好きにしていいんだからね」


 そう言うエメラの口調こそ優しいが、顔は相変わらず強張ったままだった。礼はエメラの内心を慮ってすぐに結論を口にする。


「そう言ってくれるのは嬉しいんですが、お断りします」


「そう…またふられちゃったわね」


 ジェシカは優しく微笑みながら返すが、その顔は少し寂しそうだった。エメラは安心したような、それでいて嬉しそうな複雑な感情を映した顔をしていた。その顔を見たジェシカは「無粋だったわね」とポツリと言って、今度は可笑しそうに微笑んだ。


「急な話をして悪かったな。でも、いつでも頼ってくれ」


 ジムのその言葉に礼は「ありがとうございます」とお礼を言って、エメラと一緒にその場を離れていった。

 その姿をジムとジェシカはしばらく眺めていた。


「あの子、見た目だけじゃなくて雰囲気までそっくりだったわね。本当は生きていて、あの子が帰ってきてくれたんじゃ…」


「よせ。どう見てもあの子は十代だ。アリエラじゃない」


 ジェシカの縋る様な言葉に被せて、ジムがその言葉を否定する。


「そうよね…」


 そう呟いたジェシカの目には、いなくなってしまった孫娘を思ってか光るものが浮かんでいた。

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