77 反省
タクミとミアが出発してから少し経った。
アカネは寮の中をウロウロしていた。無事に戻ってくるだろうか。アカネは心配してソワソワしていた。
エリが食べられてしまうなんて嫌だ。それだけでなく、タクミやミアが冷たくなって戻って来るのも嫌だ。
どちらもあって欲しくない。その気持ちがアカネを落ち着かせない。
「あー、ホンマに大丈夫やろか?」
アカネは呟いた。
ハナの寝息が彼女の部屋から聞こえてくる。彼女は日中動いたせいか、疲れて寝てしまった。
エリが誘拐されたというのは、たぶん彼女も知っている。しかし、それでも彼女は寝る方を選択した。
アカネは彼女がマイペースな人物なのは知っている。それでも、今回については呆れてしまった。
もしかすると、無事に戻って来ると固く信じているからなのだろうか。もしそうだとしても、アカネには彼女が薄情なように思えてしまった。
もちろん、彼女を無理やり起こして向かわせる事も考えた。
しかし彼女がいくら強くても、眠気を堪えながら戦わせるというのは危険なように思えた。タクミが言っていたように、彼女は寝かせておくのが正解なのかもしれない。そうアカネは考えた。
と、アカネが考え事をしている時であった。寮の出入口の扉が開いた音が聞こえた。
アカネが扉の方を向くと、そこにはミアが立っていた。
「んあ?ミアちゃんどないした?忘れ物か?」
アカネは訊ねた。
するとミアはゆっくりと首を左右に振った。
「アタシさ……足手まといだってさ……行ったら返り討ちにされるって……」
ミアは悲しそうな様子で答えた。
「んあ!誰やねん!そないな事言う奴は!」
アカネは怒った。
ミアが毎日訓練に精を出しているのを、アカネは知っていた。
だから彼女は強いのだと信じていた。
それなのに……
彼女の事を悪く言う奴の事をアカネは許せなかった。その気になれば、そんな事を言う奴の元へ行き、殴り倒す事もできたくらいであった。
「……アタシより強ぇ奴さ。アタシ、手も足も出なかった」
「ミアちゃん……でも、そしたらエリちゃんは……」
「ソイツが代わりに行ったよ……」
「……そう……か……」
アカネは何と言えばいいのか分からなくなった。
ミアより強い奴がエリを助けに行く。それはいい。彼女が助かる可能性が高くなるからだ。
しかし……ミアはどうだろう。助けに行こうとしたら、途中で誰かにズタボロにされた。良いわけが無い。彼女の心は傷ついたに決まっている。
なんとかして彼女の心を慰めなくては。アカネは思った。
とはいえ、どう言えばいいのか分からない。下手に言うと、逆効果の恐れもある。
どうすればいいのか困った。
「なあ、アカネ」
「んあ?」
ミアに話しかけられて、アカネは意識を引き戻された。
「ちょっと……アタシと戦ってくれないか?」
「んあ!」
全く予想しなかった事を言われて、アカネは驚いた。
「アタシはまだ弱い……もっと経験を積まなくちゃいけない」
「せやけど……」
「それにアカネ!アンタだって悔しいだろ?戦力外扱いされて留守番だなんて……」
「それは……」
ミアに言われた事はアカネの心に刺さった。
確かにそうだ。友達として、エリを助けに行きたい。しかし筋肉はあっても、戦い方を知らないなら意味がない。助けに行けない。それは事実だ。そう考えると、アカネは無力感を感じた。
「……せや。ウチも戦う力を身に着けなアカン」
「だから戦ってくれ。弱い者同士、戦って鍛えなきゃいけない」
「ええで。相手になったる!」
アカネは拳を鳴らした。
「じゃあ、奥に行くぞ」
アカネとミアは奥の訓練用のスペースへと移動した。
そして移動が終わると、アカネとミアは距離を取って身構えた。
「アカネ、戦いの基本は格闘だ。魔法を飛ばさずにかかって来い!」
ミアは手招きしながらそう言った。
「んあ?大丈夫かいな?ウチ、力だけなら強いから、ミアちゃんを傷つけそうで……」
「大丈夫だ。安心してかかってこい」
「そこまで言うなら……本当に行くで?」
アカネは拳を作りながら言った。
「行くで!」
「来い!」
「せいっ!やぁ!」
アカネはミアに殴りかかった。
ミアは片腕で拳を防ぐ。
防がれると逆に痛かった。まるで鉄を殴ったような痛み。金属音すらする。
「痛った!」
アカネはあまりの痛さに、ミアから離れた。
思い切り殴ったせいか、拳には鈍い痛みを感じ、熱を持ったような感覚もある。
「アカネ、拳を魔力の鎧で覆うんだ」
「魔力の鎧?何やそれ」
拳に息を吹きかけて冷却しながら、アカネは訊ねた。
「部活で電気の球でドッジボールをしてただろ?それを思い出すんだ」
ミアに言われて、アカネは言う通りにした。
ドッジボール……
素手で触っては感電する。手袋を着けるように、魔力で手を覆う。魔力が十分あれば、触っても痺れない。
アカネはその時の感覚を思い出しながらやってみた。すると、アカネの両手は魔力で覆われた。
「そうだアカネ!それが魔力の鎧だ!」
ミアは嬉しそうに言った。
「はー。コレ、そんな名前やったんだ」
「それを全身に覆うんだ。それか、思った場所から出せるようになるんだ」
「思った場所……ならこうやな」
アカネはそう言って、思い浮かべた事を強く念じてみた。
すると考えた通りに、剣道の防具と同じ配置に魔力の鎧が展開した。
「これでどうや?」
「これは……凄いな。ここまで制御できるだなんて……」
「ホンマ?ウチ、簡単やと思ったんやけど……」
「才能の差なのかな……」
アカネの言葉にショックを受けたのか、ミアはポツンと呟いた。
「ミアちゃん!気にしたらアカンて!」
魔力の鎧を解除しながらアカネは言った。
「でもさ、アタシがそこまでできるのに、だいぶ時間がかかったのに……」
「そんなふうに落ち込まんと、戦いに集中しよって!」
アカネはミアのマイナス思考を何とかしようとして言った。
「そ、そうだな。こんな事考えないで戦って強くならないと!」
ミアは少しだけ立ち直った様子で言った。アカネはその様子を見てホッとした。
こうして無事に練習を再開する事ができた。
「おらっ!」
「甘いで!」
アカネはミアの右拳を左の脇で挟んで止めた。
「しまった!」
ミアはこの行動に驚いた。
「鼻……ピーン!」
アカネはその隙を逃さない。ミアの鼻を指で強く弾いた。
「キャン!」
かなり効いたのか、ミアは叫んだ。
「アカンでぇ、ミアちゃん。今のはちゃんとガードせんと」
アカネはちょっと意地悪っぽく言った。
「くっ……離せ!」
ミアは左拳で殴ってきた。
「ほい、バーリア」
アカネは顔に魔力の鎧を展開した。
ミアの拳が顔を直撃する。たっぷりと魔力を使って展開したので、全く痛くない。
「乙女の顔、殴っちゃイヤ~ン」
アカネはそう言うと、ミアの右拳を自由にしてやりながら足払いをかけた。
彼女は足元を気にしていなかったのか、あっさりと転んだ。
そしてアカネは、転んだ彼女の両足首を掴むと、無理矢理両足を広げた。
「乙女にとって顔は命!殴る奴はお仕置きの『電気按摩』や」
アカネはそう言って、右足をミアの股間に押しつけた。
そしてグリグリと右足を動かす。
「あ、あぁぁ!止め……ろ!あ……ん……」
ミアは悶える。
「ニヒヒ。えぇか?ここがえぇのんか?」
アカネは右足を動かし続ける。
「止め……んんっ!」
「お仕置きやのにアカンでぇ。ほんなら、もっとごっついのを――」
アカネが言いかけた時であった。
寮の扉が開く音が聞こえてきた。
アカネとミアは首を扉の方へ向けた。
「ただいまー!」
「喜べ。無事に戻ってきたぞ」
エリとタクミが戻ってきた。
本来であれば、喜ぶべき時であった。
しかし、状況が悪かった。
「……おい、天王寺」
「ん、んあ?」
「何している?」
今の状況を聞き出そうとしているタクミの言葉には、明らかに怒りが含まれていた。
「何って、ナニだよ!これナニしてるんだよ!キタコレ!」
何故かエリは、鼻血をだしながら興奮した様子で叫んだ。
アカネは我に返った。
自分はいったい何をしているんだろう。そう思い、ミアを解放した。
ミアは大股のまま痙攣していた。
顔を見ると、どうやら失神しているようであった。
「天王寺ぃぃぃぃぃぃ!俺が命を張ってた時に何してやがったぁぁ!」
タクミは叫びながら、両手に杖を持った。
そしてその杖の先から、赤く光る棒状のものを出した。
アカネはそれが『魔剣』と呼ばれるものであると知っていた。
タクミとミアは時々、訓練用のスペースでそれを使った練習をしていたのを見てもいたし、聞いてもいたからだ。
そしてアカネは、『魔剣』には刃物みたいに斬る力がある事も、その時知った。
マズい。
このままでは殺される。
そう思ったアカネは、戦いの練習をしていただけだと、ちゃんと言おうと考えた。
「えっと……戦いの練習を――」
「嘘をつけぇぇぇぇぇぇぇ!」
アカネは答えかけたが信じてくれなかった。
タクミはアカネの言葉を遮って襲いかかってきた。
「切り刻んでやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
タクミの顔は本気だった。
「か、堪忍してや!」
アカネは逃げた。タクミは追う。
こうして死の鬼ごっこが始まった。
そしてそれは、両者共に動けなくなるまで、明け方まで続いたのであった。
ストックが少なくなってきたんで、しばらく更新を休止します。




