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【短編集】白紙の地図  作者: 吾妻巧
1時間SS
19/19

[ハンバーガー]繰り返す日常

 喧騒の中を潜り抜けるように歩いて行く。

 周りで飛び交うのは、それぞれの世界。

 或る者は携帯電話を片手に頬を緩ませ、或る者はノートパソコンを凝視し、或る者は腕を組んで目を瞑る。閉鎖された空間で、彼らは自分たちの世界を作り上げている。

 この独特の空気が、好きだった。

 聞こえるか聞こえないかの大きさで流れるラジオ。パーソナリティは、元気よくリクエストのハガキを読んでいるようだったが、耳に残らない。

「っと、すいません」

 足元のバッグを蹴飛ばしそうになって、慌てて身を引く。トレイの上に乗せたコーラのカップが、危なかしく揺れて、止まる。

 足を進めると、煙草の匂いが微かに流れてくる。それも、今は懐かしく、当たり前。この店はパーテーションが雑なので、喫煙ブースから煙が流れてくるのだ。

 だから、その周囲は比較的席が空きやすかった。

 パーテーションのすぐ手前。そこに座っている人物を、見据える。そして、迷うことなくそこへと向かう。

 ――だから、僕達はずっとその場所を使っていた。

「……よ」

「……や」

 使い慣れた四人掛けの席に座る人物に、短く言葉を交わして、向かいに座る。

「なにやってんの?」

「んー。暇つぶし用のアプリ」

 スマートフォンから目を外さないまま、そいつが答える。トレイの上には丸まった包み紙と、明らかに空っぽを訴える紙カップがあった。

 僕は「そっか」と相槌を打って、コーラを一口啜った。甘い。

「……」

「……」

 コーラのカップをトレイに戻す。代わりに隣の包みを手に取った。がさり、と紙の擦れる音が妙に響いた。

「……それ」

「ん?」

「新発売のやつ?」

「や、いつもの」

「ふぅん」

「うん」

 包みを開くと、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に届いた。バンズにハンバーグだけが挟まれたシンプルで一番安いハンバーガー。ずっと、食べてきたもの。

 そのまま何も言わずに、ハンバーガーを齧る。いつも通りの味が、口の中に広がった。

「それ、面白い?」

「ん?」

「アプリ」

「んー。そうでもない」

「そっか」

「同じ繰り返しばっかりだし、飽きる」

 そう言いながらも、そいつはスマートフォンから目を離そうとはしない。僕は、それを眺めながら、ハンバーガーを齧っていく。

 あっという間に、ハンバーガーはなくなった。形をまだ保っている包み紙を一瞥して、そのままくしゃりと握って丸める。コーラを一口飲んだ。甘かった。コーヒーにすればよかった、なんて思う。

 ラジオは耳を澄まさなければ、聞こえない程の大きさでまだ流れていた。音を拾えないか、と何気なく天井を見上げる。『Wi-Fi使えます』の吊るし看板がエアコンの風にゆらゆらと揺れていた。スピーカーの場所は確認できたが、音は別段大きくなるわけでもなかった。

 そのまま、周囲をぐるりと見渡す。変わらない光景だと分かっているのに。

 持ち上げたコーラのカップから、汗がトレイにぽたりと落ちるぐらいの時間が過ぎて、僕はようやく視線を元に戻した。目が合うことはなかった。

「――あのさ、」

「ん?」

「……いや、なんでもない」

「ふぅん」

 言葉の代わりに、コーラを飲む。ずず、とストローは空を訴えた。氷でも齧ろうかと一瞬だけ考えて、カップをそのままトレイに置いた。

「あのさ」

「……え?」

「アプリ。やんない?」

「……なんて名前?」

 ぽつり、と零れるように吐き出されたタイトルを、僕はスマートフォンで検索する。

「ま、同じことの繰り返しばっかりだし、すぐ飽きると思うけど」

 僕は画面を見たまま、喉の奥で声を出す。

「別に強制はしないけど」

「いいよ」

 すぐにそのアプリはヒットした。評価の高いアプリだった。

 ラジオの音が少しずつ耳に入ってくる。流れているのは、リクエストのナンバー。何度も聞いた、大好きだった曲。

「いいの?」

「慣れっこだよ」

 タップして、インストール。

 空っぽのコーラに手を伸ばして、手に取ってようやくそれに気付く。

「そういうのが、好きなんだからさ」

 がたり、とトレイの横にスマートフォンを置く。そして、トレイを取って、立ち上がる。

「何か頼んでくるけど、いる?」

「んー、同じやつで」

「了解」

 今度は新商品でも注文してみようかな。

 喧騒の中を潜り抜けながら、そんな事をふと思った。

1時間SS お題『ハンバーガー』

執筆:2013年

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