[ハンバーガー]繰り返す日常
喧騒の中を潜り抜けるように歩いて行く。
周りで飛び交うのは、それぞれの世界。
或る者は携帯電話を片手に頬を緩ませ、或る者はノートパソコンを凝視し、或る者は腕を組んで目を瞑る。閉鎖された空間で、彼らは自分たちの世界を作り上げている。
この独特の空気が、好きだった。
聞こえるか聞こえないかの大きさで流れるラジオ。パーソナリティは、元気よくリクエストのハガキを読んでいるようだったが、耳に残らない。
「っと、すいません」
足元のバッグを蹴飛ばしそうになって、慌てて身を引く。トレイの上に乗せたコーラのカップが、危なかしく揺れて、止まる。
足を進めると、煙草の匂いが微かに流れてくる。それも、今は懐かしく、当たり前。この店はパーテーションが雑なので、喫煙ブースから煙が流れてくるのだ。
だから、その周囲は比較的席が空きやすかった。
パーテーションのすぐ手前。そこに座っている人物を、見据える。そして、迷うことなくそこへと向かう。
――だから、僕達はずっとその場所を使っていた。
「……よ」
「……や」
使い慣れた四人掛けの席に座る人物に、短く言葉を交わして、向かいに座る。
「なにやってんの?」
「んー。暇つぶし用のアプリ」
スマートフォンから目を外さないまま、そいつが答える。トレイの上には丸まった包み紙と、明らかに空っぽを訴える紙カップがあった。
僕は「そっか」と相槌を打って、コーラを一口啜った。甘い。
「……」
「……」
コーラのカップをトレイに戻す。代わりに隣の包みを手に取った。がさり、と紙の擦れる音が妙に響いた。
「……それ」
「ん?」
「新発売のやつ?」
「や、いつもの」
「ふぅん」
「うん」
包みを開くと、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に届いた。バンズにハンバーグだけが挟まれたシンプルで一番安いハンバーガー。ずっと、食べてきたもの。
そのまま何も言わずに、ハンバーガーを齧る。いつも通りの味が、口の中に広がった。
「それ、面白い?」
「ん?」
「アプリ」
「んー。そうでもない」
「そっか」
「同じ繰り返しばっかりだし、飽きる」
そう言いながらも、そいつはスマートフォンから目を離そうとはしない。僕は、それを眺めながら、ハンバーガーを齧っていく。
あっという間に、ハンバーガーはなくなった。形をまだ保っている包み紙を一瞥して、そのままくしゃりと握って丸める。コーラを一口飲んだ。甘かった。コーヒーにすればよかった、なんて思う。
ラジオは耳を澄まさなければ、聞こえない程の大きさでまだ流れていた。音を拾えないか、と何気なく天井を見上げる。『Wi-Fi使えます』の吊るし看板がエアコンの風にゆらゆらと揺れていた。スピーカーの場所は確認できたが、音は別段大きくなるわけでもなかった。
そのまま、周囲をぐるりと見渡す。変わらない光景だと分かっているのに。
持ち上げたコーラのカップから、汗がトレイにぽたりと落ちるぐらいの時間が過ぎて、僕はようやく視線を元に戻した。目が合うことはなかった。
「――あのさ、」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「ふぅん」
言葉の代わりに、コーラを飲む。ずず、とストローは空を訴えた。氷でも齧ろうかと一瞬だけ考えて、カップをそのままトレイに置いた。
「あのさ」
「……え?」
「アプリ。やんない?」
「……なんて名前?」
ぽつり、と零れるように吐き出されたタイトルを、僕はスマートフォンで検索する。
「ま、同じことの繰り返しばっかりだし、すぐ飽きると思うけど」
僕は画面を見たまま、喉の奥で声を出す。
「別に強制はしないけど」
「いいよ」
すぐにそのアプリはヒットした。評価の高いアプリだった。
ラジオの音が少しずつ耳に入ってくる。流れているのは、リクエストのナンバー。何度も聞いた、大好きだった曲。
「いいの?」
「慣れっこだよ」
タップして、インストール。
空っぽのコーラに手を伸ばして、手に取ってようやくそれに気付く。
「そういうのが、好きなんだからさ」
がたり、とトレイの横にスマートフォンを置く。そして、トレイを取って、立ち上がる。
「何か頼んでくるけど、いる?」
「んー、同じやつで」
「了解」
今度は新商品でも注文してみようかな。
喧騒の中を潜り抜けながら、そんな事をふと思った。
1時間SS お題『ハンバーガー』
執筆:2013年




