[雑木林]君に通じる場所
「ねぇ、知ってる?」
何を、とわたしが聞き返す前に、きみは説明を続ける。
「このあたりはさ、昔、すっごい広い森だったんだって」
へぇ、とわたしは相槌を打つ。きみは満足そうに口角を上げた。
「それで?」
「この町とね、隣町にはね、その名残があるんだよ。知ってるでしょ?」
わたしは頭の中で町の地図を開く。決して広くない町だ。隅々まで思い浮かべることはできる。
「もしかして、あの雑木林?」
正解、ときみが指を立てた。まるでクイズの最終問題を答えた、みたいなテンションだけど、別にそれほど嬉しくはない。
「あの雑木林はね、ずっと昔から残ってるんだ。ううん、昔から残され続けた結果が、あの雑木林になった、とでも言った方が正確なのかな」
「ふぅん」
「でも、それだけじゃないんだよ」
爛々と目を輝かせるきみ。わたしは何がそんなにおもしろいのか、と冷めている。
「隣町にもね、同じように残っているんだ」
雑木林? と聞くと、きみは嬉しそうに、うん、と頷いた。
「それがどうかしたの? 別に、地学やら、民俗学やらを勉強してたわけじゃないでしょ?」
「そんな難しい話じゃないよ。ちょっとした噂話、とか、言い伝えにもならない程度の、都市伝説があるって話だよ」
ふぅん、とわたしは相槌を打つ。その程度しか、興味が無かったから。
少なくとも、その時は。
◆
足を踏み入れた瞬間、涼しげな空気が肌を撫ぜていった。
視界はさほど良くなかった。十メートル先までは見通せそうだったが、それ以上は鬱蒼と茂る草木で、モザイクを掛けられたようになっていてよく分からなかった。
「こんな所の何が面白いのさ」
ざく、ざくと地面を踏みしめる音が耳に届く。
確かに、雑木林の中には何もなかった。在るのは、雑に生えそろった木が連なっている光景。正にそのまんまだ。
面白げのない獣道(と呼べるのかすらよく分からない道)をひたすら歩いて、ようやくわたしは違うものを見つけた。
真っ白で、小さな神社だった。
決して綺麗とは言えそうにないほど、その節々は朽ちかけていた。でも、よく見ればそれ以外の、鳥居であったり、賽銭箱であったり、鈴であったりはそこまで古びてはいない様にも見えた。
「……やっとあった」
わたしは鳥居の前に立って、小さくそう呟いた。
小さな鳥居の股を潜り抜ける。礼をするとかしないとか、そう云った作法はこの際無視することにした。何も参拝に来たわけではない。
自宅の庭程の境内をぐるりと回った。取り立てて目に付くものはなかった。だから、もう一度ぐるりと回ることにしたが、それでも何も目につくものはなかった。
「……」
渋い顔になっているのが自分でも分かった。きっときみがいたら笑い転げるだろう、ってほどだった。
それからしばらくの間、色んなところ――軒の下や、鳥居の上や、賽銭箱の中なんかもひっくり返す勢いで探し回ったが、何も見つからなかった。
「……嘘吐き」
「おや?」
突然の自分以外の声に、わたしは思わずそちらを振り向いた。
「こんなところで、人だなんて珍しいね。何か調べ物かい?」
「あ、いえ……」
しどろもどろに答えた。一瞬だけ、その人がきみの姿に見えたけれど、すぐに違うと分かってわたしは首を振った。
「そう? さっきから何かいろいろ見ていたみたいだけど」
「あ……見られてたんですね」
「あはは、ごめん。見ちゃったよ」
からからと笑うその人に、わたしは苦笑い。
「でも、本当に珍しいね。滅多にここには人が来ないんだよ。何しにきたの?」
「えーと、あの、大した用事じゃないんです」
「ふぅん」
小さく短い言葉とは裏腹に、その人は面白そうに顔を緩めた。その仕草が、どこかきみに似ていてどきりとする。
「……知り合いが変なことを言ってたんです」
「変なこと?」
「隣町にも、雑木林がありますよね。ぽつん、って。町の真ん中に」
ああそうだね、と少し視線をその人は浮かべて頷いた。
「それが、昔は同じ森だったって。それで、その二つが今も残っているのは、神社がそれぞれ建っているからだ、って」
その先を言おうとして、一瞬躊躇する。でも、目の前の、名前も知らない人は静かにわたしを見ていてつい口を開いてしまう。
「その二つは、どこかで繋がっているんだ、って。だから、そこに行けば、もう片方にもつながることが出来るって。……それを言ったひとが、そっちの町に行ってしまうから、離れていても会えるよ、って」
言いながら、なんて間抜けな、馬鹿みたいな話なんだろう、って考える。それでも、話を聞く、わたしの前の人は真剣そうな顔でうなずいていた。
「いい話だね」
「子供みたいな話です。実際、その時は子供でしたし」
「……でも、良い話だよ。ロマンチックじゃないか。離れていた場所にいる二人が、どこかで逢おうって約束するって」
その言葉に、わたしは胸がきゅうっと痛くなった。それは、いつの日か話した言葉そのままだったから。だから、わたしも、
「全然、ロマンチックじゃないです。雑木林だなんて。あんまりいいイメージじゃないです。死体とか」
「サスペンスの見過ぎじゃないかな」
「そうかもしれませんね」
自嘲めいて笑うわたしに、目の前の人は神妙な顔をしていた。
「……わたしはね、ずっとここを綺麗にしているんだよ」
「なんでですか?」
「きみみたいな人が、気軽に来れるようにってね」
そう、少し楽しげに言った。わたしは、そうですか、と短く答えた。
「それぐらいしか、楽しみが無いんだ」
「だから、神社はすごい綺麗なんですね」
「すごいだろ」
ええ、と少しだけ笑って、わたしは傍らに置いていた荷物を抱える。
「もう帰るの?」
「ええ、何もないって分かったから」
「そっか」
「それじゃあ」
わたしは手を軽く振って、鳥居をくぐった。目の前には、何もない雑木林が広がっていた。
◆
「はぁ」
きみが去ってから、わたしは溜息を吐く。
「変わってないね。きみは」
小さく呟いて、ビニール袋を掴む。
「さて、また掃除を再開しようとするかな。来年の為にもね」
1時間SS お題『雑木林』
執筆:2013年




