逢魔ヶ丘夏季特別短編~ある“夏の日”の事~後編
そして、“花火大会”当日。
本土や森林都市からの客や物資を乗せた船が、逢魔ヶ丘へとやって来た。
“人間よりも人間らしく”“元気よく”ぴょんっと船のタラップから飛び降りたのは、“本土”の中でも最先端技術の粋を集めて作られたロボット、“Aナンバーズ”の最新ナンバー『A-T・trouble』である。
首筋までですっきり切り揃えられた“髪”が、彼女の印象を一層明るく爽やかなものに見せており、最後のジャンプに合わせ、両頬に沿って段を入れられた“髪”の長い部分が尻尾の様に揺れた。
「よっし、早速始めよう!」
「だな、もたもたしてても仕方が無い。おい、『ダーク』やる気を出せ」
“気合十分”と言った彼女に続いて降りて来たのは、蒼い“髪”に蒼い“瞳”、蒼色の服の偉丈夫。
外見に違わず低い美声で、後ろからやる気無さそうにやって来た黒い“肌”に黒い“髪”の少々目つきの悪い少年の首根っこを掴む。
「俺は別に興味ねー……s」
言いかけて止めたのは、目の前にいた“長姉”で“恩ロボット”の『A-T』が笑顔を浮かべていたからだ。
「ぐー?ちょき?ぱー?」(にっこり)
「ちょっ!?首の連結吹っ飛ぶ!分かった、わーかったって!」
「わたくしの分まで頑張ってちょうだいね、ダーク」
その光景をジト目で見やったのは、最後に降りて来た“ブロンド”に“金目”、黄色のワンピースの美少女。
手にした黄色い扇子をひらりと動かすその様子は、その外見の印象の通り、お嬢様然とした佇まいである。
「言っとくけど『フローレン』も肉体労働担当だからね。ほら、ちゃっちゃか仕事にかかる。『冥王』はもう仕事始めてるよ」
「……服が汚れますわ……」
個々で意見はある様だったが、本土から来たロボットたちはさっそく花火の仕掛けや設営に入った様である。
一方その頃海中では、銀花と『水の双子』が海上都市の基幹部分のチェックに入っていた。
だが、真面目にやっていた筈のそれは、次第に変化して行き……。
「っしゃあ!」
「っらあ!!」
双子の方割れの少年と銀花は目まぐるしくその立ち位置を変え、お互いの能力をぶつけあっていた。
海中の中での水の能力のぶつかり合いという傍目には分かりにくいバトルだが、当事者とその目撃者には、それが一瞬の油断もならないものだと分かっていた。
海中の中で、銀花の水の鎌から放たれる刃が相手を襲う。
一方その銀花の足元からは、巨大な質量の海水が彼女を呑みこもうと、うごめき襲いかかる。
「ギンカ!『海燕』!だから何で2人とも会うたんびに毎度毎度喧嘩になんの!」
「私の能力とあんたの力、どっちが上か」
「今度こそ、決着を付ける!!」
「ああもう、2人ともいい加減にしなさーいっ!!」
「「ぶっ」」
顔面に水の壁を作られ、避ける間もなく激突した2人は、その後しばらく水の双子の片割れ、少女『海猫』から、きつく叱られたと言う。
「『大地』と『地咲』は留守番か」
「あの2人は、海渡れないからねー」
「地咲人見知りだし」
設営に加わったイチと風の双子は、この場にいない最後の“双子”について語り合う。
そこへ声をかけたのは『A-T』だった。
「問題無いよー。モニタ繋いであるから。一緒に見る事くらいは出来る筈さー」
重い機材を軽々抱え、いかにもついでの様に話しかけ去って行く様は、やはり彼等が人でない事の証明の様だった。
当初“嫌がるそぶり”を見せたあの華奢な『フローレン』でさえ、今は陸戦隊の男連中に交じって作業中である。
その動作は、華奢な外見からは想像も出来ない程に頼もしい。
「ロボットってのはやっぱすげえな」
「そだねー」
「“そういうもの”だっていうのは知ってたけどね」
「外見アテにしてるとびっくりするね」
「女の子でも男の人と変わらないんでしょ?」
「“そういう風に創られたから”な」
「おっ」
うっかり手を止め話しこんでいたら、蒼色の偉丈夫―――『冥王』に話しかけられた。
「手を動かさんと進まんぞ。日没まであまり間が無い。急いだ方が良いと思うが」
「わりぃ、だな」
「よーし、頑張っちゃおう!」
「よーし、張り切ってやっちゃおう!」
改めてやる気を出した所で、向こうから赤い髪の少年2人が風の双子を呼び、3人は声のした方へ向かって行った。
街では、神父が裁縫教室の教え子達と共に浴衣を配り始めていた。
人と同じ者はそのまま着ればいいだけなのだが、中には人とは違う外見を持つ者もおり、彼ら用に専用の浴衣を作る必要があった。
そんな特殊な浴衣を中心に、集まった人々はああでもないこうでもないと賑やかに選んでゆく。
神父はそんな人々を穏やかに見つめていた。
「あれ?もう配り始めたんだ?」
「おや、銀花。海の方はもう良いんですか?」
「例によって仕事にならなくなったから帰って来たのよ」
珍しくむくれた様子に、神父が思わず破顔する。
水の双子は、と問えば、浜で別れたと簡素な返答が返ってきた。
「あっ、銀花だ!」
聞きなれた声に反応して振り向けば、普段と違う仲間の姿がそこにはあった。
「見て見て銀花、どうかな?似合う?」
緑の浴衣の両袖からエメラルドグリーンの綺麗な羽根を覗かせた少年―――カナリアは、銀花の前まで駆け寄り、くるりっとターンして見せた。
「いいね、似合うんじゃない?」
「へへへっ」
「アンタはもう受け取ったの?」
「うっわ、いつにも増して派手だね極楽鳥。あいにく今来たばっかだよ」
「あら、アタシが派手に着飾らなくてどうするのよ」
「まあ、地味な極楽鳥なんて想像もつかないんだけどさ」
軽口を叩いているが、銀花の視線は目の前の人物――――の着ている衣装から離れない。
紫を基調にした派手な柄の生地に黒のレースの縁取り、その右肩はワザと袖を通さず落とし、背に生えた自慢の極彩色の翼を広げる様に見せている。
足元は前面が斜めに大きくカットされており、男性であることを疑いたくなる様な見事な美脚を惜しげもなく晒している。
もっとも右足のみ、どういう訳かガーターで止められたメッシュのストッキングだったりする訳だが。
そのまま視線を下ろせば、足の爪にまで派手な色がついていた。
徹底されている、と妙な関心をした所で、傍らにいた神父から「銀花のはこちらですよ」と声がかかった。
「あ、ども」
「さ、着替えるならこっちよ、いらっしゃい」
「え?ちょっ……、今着替えるの?」
「そーよ!ほら、今からじゃないと万が一修正が必要だってなった時に時間が足りなくなるでしょ?」
裁縫関係、というか、そもそも家事には明るく無い銀花は、『そういうものか』と思いつつそのまま極楽鳥に引きずられて行った。
「とりあえず、大まかな所の設置は完了したぜ」
「こっちもひと通り確認したけど、特に問題は無いみたい」
浜の方の作業がひと段落したと報告にやって来たイチと涼に、神父は1つ頷きを返し、
「そうですか、それじゃ貴方も着替えて下さいね」
と、イチに向かって黄色い派手な柄の浴衣を差し出した。
「えっ?俺もか?」
「当然ですよ、逢魔ヶ丘の顔とも言うべき人物が、ここで着ない訳にはいかないでしょう?」
何やら、からかわれている雰囲気が無きにしも非ずな気はしたが、イチはちらりと涼を見た後、「ま、そういう事ならしゃーねーか」とだけ言ってしばし姿を消した。
一方、残された涼の方はと言えば……。
「ほら、あんたはこっち」
「夜子?えっ?えっ!?」
いつの間にかそばにいた夜子に腕を引かれ、涼もまた何処かの建物へと消えて行った。
それからしばらくして神父の元に再び集まって来た彼等は、普段とはまるで違う各々の格好に興味深々と言った感じで見合っていた。
「ほーん?結構似合ってるじゃねーか」
「そりゃどうも。なんかこう、動き易い服ってわけじゃないから変な感じ」
「暴れんなよ?」
「暴れないよっ!」
イチと賑やかに話し始めた銀花の浴衣は裾の辺りが鮮やかなオレンジで、そこから首元に上がって行くにつれて濃紺になって行き、その鮮やかなグラデーションはまるで南の島の夕景を思い起こさせる。
型としてはごく一般的な浴衣の形で、特に凝った仕掛けも飾りもないごくシンプルなものだ。
「んで、イチのそれ、他の“ユカタ”と形が違うけど」
「ああ、“ジンベイ”っていうらしい」
手順を聞いて1人でさくさく着替えて来たというイチの浴衣―――甚平は、黄色や赤の大きな花柄が特徴の―――いわゆるアロハ柄というヤツだった。
「着るの簡単だったぞ」
「あんまり締めてなさそうだし、見るからに楽そうね」
「どうだ羨ましいだろう」
「……」
自慢げなイチを銀花が睨みつける。
と、隣から「まあまあ」と取り成す声が割って入った。
「そういえば、涼のは夜子のお手製だってね」
「夜っち不器用なのによく頑張ったよなあ」
「愛ね」
「愛だな」
「ちょっと待ってよ!べ、別にそんな大げさなものでも……っ、……そ、そうかな、そうだったら、嬉しいけど」
反論しようとして、隠しきれない喜びに語尾が小さくすぼまる涼を見て、“兄と姉”はにやにやする。
「良いんじゃない?柄も涼の印象通りって感じで、よく分かってるわよね」
黒地に赤の丸い幾何学模様が配されたその浴衣は、涼が普段その身の奥底に隠している“力”―――混沌の魔力と血の力を表した様にも見える。
もっとも、その能力の発動時に彼の瞳が紅く変化する事から、そちらの連想かもしれないが。
「うん、夜子は僕の事すっごくよく分かってくれてるんだ」
「あー、ハイハイ、のろけは良いから」
「お、夜っち来たぞ」
「え、あ、ホントだ。ああもう夜子、せっかく綺麗にしたのにそれじゃ着崩れちゃうよ」
着替えに手間取っていたらしい夜子が、バタバタとやって来た。
ちなみに着物の柄は涼とお揃いで、やはりイチと銀花はニヤニヤしてしまう。
「ほら行って来い」
「うんっ」
イチに背中を押されるまま、涼は夜子の元へと駆けて行った。
浜では、いよいよ花火が打ち上げられようとしていた。
当然この2人、『炎の双子』が点火の先鋒を務める。
「よーし、一番いっくぜぇ、『炎龍舞』!なんつって!」
「させないよ、『鬼炎、蓮火』!……なんてね」
炎の双子―――威勢のいい方、『炎龍』が轟、と手から炎を吹き出すと、負けじとやや落ち着いた―――少々キザっぽい方の『鬼炎』がいくつもの火の玉を生み出し装置に点火して行く。
「ちょっとちょっと、勢い余って爆発させないでよね」
「いや、あれで彼らも分かっているのだろう……と思う」
「いやその言い方って全然信用してないよね!?」
「む……」
少し離れた所から、安全確保のため待機していた本土チームの(見かけは)年長組が、やや落ち着かない様子ながら見守っているが、炎の双子達は全く意に介していなさそうだ。
「お手伝い、見、参!そぉれいっけえ!」
「風吹煽りすぎ!!」
空から風の双子がやって来たかと思えば、片割れ―――風吹が風を起こして火花を舞い散らせる。
一歩間違えれば爆発する危険もあるのに、いいぞ、もっとやれ、と下からさらに煽るのは炎龍。
「こっちも負けてらんねーな!いっちょ派手に行くぜえ!」
「おーう!ほらほら風矢も!一緒に遊ぼう!」
地上から派手に炎を上げる炎龍に、空から風を送り込む風吹。
そのせいで、離れたビルの屋上からでもよく見えるほどの大きな火柱が上がる。
「こらこらまてまて、それ以上はさすがに危険だから!」
「もー!テンション上がりすぎだよ2人とも!もう少し抑えてってば!」
お互いの片割れが少々本気になって止めたのだが、熱波暴走コンビは止まらない。
「おい、誰か『水の双子』呼んで来い!」
ついに、被害が出ない内にと消火班が呼ばれる事態になったようだ。
『ほら、これ、『蛍』』
「へえ、綺麗じゃない」
『うん、綺麗。蛍、好き……』
とある雑居ビルの屋上、モニタの画面越しに会話をしているのは夜子と『大地の双子』その方割れの少女、“地咲”。
「そっちはすごく静かなんだね」
双子達の背景は、真っ暗な闇。
よく見れば暗い中にも木々が写り込み、風に揺らぐ木々のざわめきも聞こえてくる。
どうやら森林地区の奥の方にいるらしい。
時折ちらりと小さな光が過る。
それが今地咲と夜子が話していた“蛍”だろう。
『そっちこそ、祭りの前の静けさってヤツ?』
「そんなに賑やかになるのかな?」
『うるさいくらいだと思うよ』
実感の湧かない涼に、大地の双子のもう1人、少年『大地』が苦笑した。
「夜の森ってどんな感じなんだろう?」
『静かで、満たされてる感じかな。ボクが『大地』だから余計かもしれないけど』
「そうかもね。真っ暗だし、知らない人が行ったら逆にきっと怖がるかも」
ちらりと隣にいる夜子を見る。
その夜子はと言えば、地咲と蛍の事で盛り上がっている様だった。
「虫は嫌いだけど、こういうのならいいわね」
『嫌いに、ならないで。皆、生きてる』
「知ってるけど、苦手なんだもの」
夜子が苦い表情になった所で、背後からどーんという大きな音が聞こえ始めた。
『あ、始まったみたいだね』
『赤、青、黄……キラキラ光ってる。……キレイ』
「あれが、花火」
「へえ、悪くないじゃない。音はうるさいけど」
『慣れれば、音、聞こえないと物足りなくなる』
『こういうのも、風情っていうんだよ』
「“フゼイ?”」
「やっぱり、都市が違うとずいぶん違うんだね。環境だけじゃなくてさ」
『…そう』
『かもね』
環境が違えば、それによって育まれて来た文化も全く違う。
でもだからこそ、もっともっとその“違うもの”を知って行きたい。
そうすればきっと、この逢魔ヶ丘はもっと良くなる。森林都市の様に言葉では表せない様な深いモノが出来て来る。
だから今はこの“花火”を目いっぱい楽しもう。
空に次々と打ち上がって行く光と音で出来た大きな花々を見ながら、そう涼は思っていた。
「じゃ、行くわよ『虎』」
「応」
「『龍』も、頼んだわよ」
「了解した」
銀花が『虎』の背に乗り『龍』に合図をし、“それ”は始まった。
“花火”とは違うビームの直線的な光と鋭い音のデモンストレーション。
時折、獣の咆哮がそれに加わった。
花火の打ち上げ会場から一番遠い場所、逢魔ヶ丘の丘の上、小さな教会のそばでは、神父とイチが空を彩る光の洪水を見ながら酒を酌み交わしていた。
「うわっはー、派手にやるなあ」
「街中の歓声がここまで聞こえてきていますよ。皆楽しんでいる様ですね」
「だな。上手く行って良かったよ。森林都市や本土の連中には、後で何か考えなくちゃだな」
「そうですね。始めから終りまで、色々お世話になりましたし」
「つっても、この街で出せるものってあんま無いんだが」
「追々考えておきましょう。森林都市の人達や本土の方々もそうすぐ帰る訳ではないでしょうし」
「あー、後片付けなー」
めんどくせぇ、と至極単純な考えが頭に浮かび、思わず顔がこわばる。
酒の味が一気に不味くなりそうだ。
「にしても派手だな。何かだんだん大技になって行ってる気がするんだが……」
「『龍』も『虎』も普段は大人しくせざるを得ませんからね。案外演ってる内に楽しくなって来てるんじゃないですか?」
くすくす笑う神父に、イチが「うげ」と思わず呻いた。
さっきドでかい火柱も上がっていたし、今頃浜辺はどうなっている事やら。
「でもまあ、俺等だけならこんな“火”の使い方は思いつかなかっただろうな」
感慨深げにイチはぽつりと零し、ぐい、と一口発泡酒を口にする。
ちなみにこの酒も森林都市からの差し入れだ。
双子達に話を聞いた“誰か”が、気を利かせて持ち来ませたらしい。
色とりどりに染まる空を見上げ、イチにしては珍しく静かな声で、
「例え元が兵器でもよ、こういう使い方なら悪くねェかも」
という。
その後、「……って涼なら言いそうだ」と続け、それには神父も同意するように微笑んだ。
2人の横顔を、鮮やかな光が照らす。
廃墟都市の夜空にまた一輪、大きな花が咲いた。
解説その2
『冥王』:某地平線は関係無くて、極地で発見された前時代末期の遺物。A-Tの所属するラボに回収され、傷みの激しい外装を破棄し、現代仕様のボディに中身を移し替えられた。
『水の双子』『大地の双子』『炎の双子』:森林都市チーム。
極楽鳥の浴衣:いわゆる“アゲハ”系。
“兄と姉”:血縁関係があるのは銀花だけ。一緒にいる内にそんな“みたいな”関係になった。
花火の仕掛け:森林都市チームが持ちこんで来た花火は、どうやら随分旧式の仕掛けを使っているらしい。
一方、最新の仕掛け花火は“本土チーム”が担当している。
熱波暴走コンビ:「「ねっぱ!ねっぱ!ねっぱ!」」
状況に流されやすくあまり深く考えないタイプの風炎組の中でも、特にノリで行動する方の2人の事を指す。
『大地』(人名):度々登場する“勇者”の名前。この場合はあやかった、というのが正しいか。
『大地の双子』は『救世主具現化計画』の中枢を担う存在……と設定されている。
ビーム:この世界では実用化されているらしい。
ビールを差し入れてくれた誰か:さりげに重要人物。実は風の双子の祖母にあたる(ぼそっ)
作者より通達:とりあえず今回出てきた連中はリストラなしの方向で。
「「よっしゃあ!!!」」「『やったー!!』」
宮内さんもね。
「「「あ、それはいいです」」」
宮内:しくしく
問題はシナリオかー。(溜息)