廃墟都市から外へ
ぷくぷくと音を立て、小さな空気の泡が青い世界を昇って行く。
青い青い海の中、銀の髪の少女は発光しているかの様に青く輝くその瞳で、水中から水面を静かに見つめていた。
水面に向かう小さな気泡を、熱の籠らないその視線が追いかける。
いつもの長い三つ編みの髪型、いつもの黒い服装で、少女はもうずっと長い事水の中にいた。
背後にある巨大な建造物、それは彼女が造られた都市の基底部分。
それに注意を払うことなく、彼女はずっとたゆたっている。
ただじっと前方だけを見つめて。
夕刻、その街の名ににふさわしい逢魔ヶ時。
海から上がってきた銀花の目の前には、呆れた顔のイチが立っていた。
「お前なあ、いい加減3時間も4時間も潜りっぱなしっての止めろよ」
「???いつものことじゃない」
もしかして待たれていたのだろうか?それも短くは無い時間。
しかし、イチはその事には触れず会話を続ける。
その内容も、割とどうでもいい事の様だった。
「飽きねえ?海ん中何もねえだろ?」
「こればっかりは飽きないわねー」
「……風邪引くぞ」
「このくらい大したことない。イチだって知ってるでしょう」
彼女の体は、髪の先が少し湿っているくらいで、もうほとんど乾いていた。
服の長い裾も海風になびいていて、たった今まで水の中にいたとは思えない様子だった。
「……見てるこっちの方が風邪引きそうだぜ」
イチがやれやれと肩をすくめる。
何かあったからここで待ちぼうけしていたのだろうに、イチは一向にその内容に触れようとしない。
結局銀花の方から話を振る事にした。
「何か用?」
「まあな」
そっけない銀花に、それだけ言ってイチは踵を返した。
後は街に戻ってからと言う事か。
慌てる様子がないことから、銀花はこの件自体には、緊急性は無い物と判断した。
「イチ、銀花捕まった!?もー、何で見逃すのよー!」
「やっぱりこいつら、他所の都市の奴等みたいだぜ?」
「なあ、イチ、どうすんだー?」
「殺っちゃう?殺っちゃう?」
憤りと楽しげな声。
街外れの廃墟には、数人の男女が集まっていた。
彼らに囲まれたその中心には、数人の男達。
体格の良い男達も、研究者風の白衣の男達も、それぞれ目立つ怪我は無い様であったが、皆後ろ手に縛られ、地べたに直に座らされていた。
「どこから来た?本土か?」
「……」
男達は答えない。
護衛なのだろう、体格の良い男達は隙をうかがう冷静さはまだあるようだが、白衣の男達は顔面蒼白になっていた。
少しつつけばあれこれしゃべって自滅するだろう。
何か余計な事を吹き込まれないとも限らない。護衛役と引き離す必要もありそうだ。
「なあ、どうすんだよ?」
沙汰を下さないリーダーに、監視役の少年の一人がじれた。
「殺しは駄目だ」
もう此処はかつての殺伐とした無法地帯ではない。
その頃の感覚をいつまでも引きずっていて貰っては困る。
だが、それはそれ。
この街に不法侵入したとあれば、何もせず黙って返すわけにはいかなかった。
さしあたっては、こいつらが入手したであろう、貴重なデータを回収せねばなるまい。
「とりあえず…身ぐるみ剥いどけ(はあと)」
「おう!」
「よーし、覚悟しろよー!」
「うおー!」
いい笑顔の少年たちが、男達に群がった。
その様子を見るともなしに見ていた銀花は、いかにもとりあえず、といった様子でイチに話しかけた。
「……それ、極楽鳥の真似?似合わないよ」
「うっせ」
「にしても最近多いわね」
「冗談じゃねえ、これ以上よくあってたまるかってんだ。お前や龍虎の負担だって馬鹿になんねえし」
「私は別に平気だけど」
「今のところだろ?ずっと潜りっぱなしか海岸の見回りで、ろくに家にも帰れねえくせに」
「知ってたの」
「お前の義弟から聞いた」
「まったく、心配性なんだから」
珍しく銀花が苦笑する。
「…現行犯で捕まえるからってわざわざ見逃したけど、本当にこれで良かったの?」
「これで何か出てくりゃ御の字だろ?ジジイ共は相変わらずのダンマリだしな」
むしり取り、剥ぎ取る仲間たちを止めもせず、銀花とイチの雑談とも相談ともつかない話し合いは続く。
と、そこでイチが何かに気づいたようにぴくりとした。
実際には、何か思い出したらしい。
銀花の方に顔を向けて話し出す。
「そうそう、そのジジイ共から連絡だ。次の森林都市との交易、俺とお前と涼の3人で行くことになったから」
「は!?」
寝耳に水の話に、銀花が驚いた。
街のリーダーイチと、この街の防御を一手に引き受ける銀花、それにブレーンにして最大の攻撃力を持つ涼が同時にこの街を離れることなど、前代未聞、あってはならないことだった。
「え、ちょっと、それって良いの?というか、なぜ今?」
「知るか。ジジイ共に聞いてくれ」
この人選ということは、虎も龍も足代わりに出るのだろう。
あの3人の保護者達と他の遊撃隊メンバーだけで、この街を守りきれると考えているのだろうか。
ここ最近は特に、余所からの侵入者が多くなって来ているというのに。
「まあ、決まったことなら仕方ないけど…」
「そうそう。黒幕指示なら仕方ない、仕方ないから諦めろ」
考え込んだ銀花の隣で、イチがその顔立ちに良く似合う、とても軽い返事をした。
「そうね、割といつもの事だったわ。ここ最近無かったから忘れてた」
それに返す銀花の返事も相応に軽いものだったが。
「涼にはもう伝えてある。出立は4日後。準備しとけよ」
「わかったわよ」
銀花が了承すると同時に、輪の中心から「みっけー!」という元気な声が聞こえた。
「お、見つかったか」
研究者たちは何か喚きながらもがいているが、良い笑顔で放った銀花の次の一言で凍りついた。
「よし、じゃあ次は尋問の時間ね」
まだまだ、侵入者達の受難は終わらない。
4日後、涼は龍の背に乗り、虎の背には銀花とイチが跨った。その巨体からは乗った、と言ったほうが正しいが。
夜子は涼について行くと最後までごねていたが、実際に行く3人と、仲の良い遊撃隊メンバーに説得され、渋々街に留まることを了承した。
しかしこの調子では、銀花達の交渉が長引いて、長期間帰れなくなれば、意地でも森林都市まで追いかけて来てしまいそうだ。
銀花の瞳が強い青の光を宿すと、一定の範囲だけの水面が凪ぐ。
その凪いだ面は、まるで進む先を示す一本の道のように、虎の顔前を真っ直ぐに延びている。
「では行くぞ」
「了解、虎。後は任せた」
振り返り確認した虎に、輝き続ける瞳を向け、銀花とイチが力強くうなづいた。
大きな駆動音とともに、その巨体が水面に躍り出る。
しかし、その体は沈むことなく水面に降り立ち、しっかりと踏みしめた。
虎はそのまま、まるで地面を駆けるかの様に、銀花の能力によって固められた水面を疾走して行く。
「主よ」
「うん、僕らも行こう、龍」
龍の言葉に頷き返し、涼が指示を出す。
文字通り海上を先行する虎を追いかけ、龍もまた駆動音を響かせ、空を舞った。
走り続けた先に見えるは、深い森と山に覆われた様な広大な都市。
そこは学園森林都市と呼ばれる場所。
―――あるいは、精霊達の住まう都市。
学園森林都市、その中心である学園都市部から離れた奥深い渓谷に、突き出るように生えている、一本の巨大な老木。
その老木の上、節くれだった枝の上、時折強く吹く風に煽られている筈のその場所に、危なげなく二人仲良く並んで座っている少女達がいた。
「今日も気持ちのいい風だね、風吹」
「そうね、でも、毎日こうだといい加減飽きちゃうわ。お父さん、また嵐にしてくれないかな?」
「駄目だよ風吹、私達が楽しいからって、勝手に天気を変えたら」
「……って事は、風矢も楽しいって思ってたんじゃない」
「そ、そんな事無いってば!」
楽しそうに会話を弾ませる少女達。
同じくらいの身長に、同じ様な、背中の中ほどまで延ばされた真っ直ぐな髪、パッと見ただけでは、見分けがつかないほどそっくりな顔立ち。
唯一違うのは、わずかに瞳の色だけ。
片方は晴れ渡る空の色、もう片方は空の色に春の風が運ぶ緑を溶かしたような色だった。
彼女達は双子の姉妹。
それも、この都市に住まう精霊の娘達。
“風の双子”
ふと、片割れが何かに気づく。
「ねえ、風吹、誰か来るよ?」
「え?あ、本当だ。……こんな風、今まで感じたことないよ?」
「不思議な感じ…。体の中の奥のほうが、何だかむずむずするみたい」
「ねえ、見に行ってみようか」
「うん、行こう!」
気まぐれな風たちは、深く考えることなくすぐに実行してしまう。
その先に、どんな出会いがあって、何が待ち受けているのかも知らずに。
「どんな人なのかな?風吹」
「楽しみだね、風矢」
「一体、何が起こるんだろう」
「何だっていいわ、きっととても楽しいことよ!」
椅子から降りて駆け出すように、彼女達は枝を降りて空を蹴った。
そのまま、都市の中心部へと向かう。
中心部に隣接する海の玄関口、森林都市唯一の港地区では、まさに今、巨大な機械の龍と虎が、3人の若者を乗せて森林都市の地に降り立ったばかりだった。
→NEXT 森林都市
思い切り続いてますが、この話は此処でお終いです。
またその内別の形でお届けできればと思っております。
風の双子「森林都市の話!?続編期待してもいいのよね!?」「私達どうなっちゃうの!?」
森林都市編については全てがほぼ未定です。
あと、続編書くとしたら大幅なリストラだからね?
森林都市チーム「「ギクギクッ」」
本土チーム「おれらは!?」「あたしらは!?」
本土チームはそもそも設定がほとんどできてないから直し様が無いです。
本土チーム「喜ぶべきか悲しむべきか…」「せつねえ」「どうなることやら、だな」
それではまたいつか。