1、塀の向こう側
「え?スキー?」
「そうそう。やった事ある??」
三学期の期末テストを1週間前に控えた、テスト前最後の部活。
その休憩時間に、吉崎香緒里は上原奈津から「スキー旅行に行かない?」と誘われた。
「スキーはやったことないなぁ。」
「ほんと?じゃあやってみない??もちろん、いつものメンバーで。」
「それは、楽しそうだけど……でもなんで急に?」
「毎年春にね、鮎川家とうちの家族でスキー旅行してるんだけど、今年はうちの両親も亮の両親も、どっちも忙しくて行けなさそうなんだよねーだから、香緒里たちと行ったら楽しそうかなぁって。」
それじゃあ夕飯の後にみんなにも言ってみよう、という話になった。
「超行きたい!!!!!」
奈津から話を聞いて、一番に声を上げたのは谷中沙世だった。
「しかも鮎川グループ所有の別荘なんでしょ???すごくない???」
「そうそう。スキー場と別荘の傍のホテルを運営してるのがうちのグループなんだよ。」
「そんなわけで、宿泊費ももちろん道具とかのレンタル代もぜーんぶ、タダだぜ!」
鮎川圭と鮎川悠が言葉を添える。
鮎川グループの規模の大きさは知っていたが、改めて手広いな、と香緒里は感心する。
「でも……そんなにお世話になっちゃっていいの……???」
そう須賀由美が遠慮がちに聞くと、奈津はにっこり笑って「大丈夫」と言った。
「むしろ、別荘使わないとさ、もったいないから。みんなに来て欲しい!」
そう言われると断る理由もない。
「スキーか、しばらくやってなかったな。」
「そうは言っても、秀人なら余裕だろ?」
「まぁな。」
小学生以来行ってないと話す新谷秀人に石川翔太が言う。
運動神経抜群の秀人に死角はないだろう。
「俺も小学生の時に行ったきりだな。」
「あーそういえばそうだねぇ。」
沢田真と沙世の幼馴染二人組は昔家族ぐるみで行ったという。
みんなが楽しそうにする中で、一人浮かない顔をしている渡辺直樹を見て、安西雪音が声を掛ける。
「なおちゃん、スキーは苦手?」
「ん〜運動はだいたい苦手だけど…………雪は、ちょっと嫌なこと思い出すから気が進まない……」
ちょっと眉を下げながら言う直樹に、従兄弟の渡辺美愛が珍しく気遣わし気な視線を向けた。
「嫌なこと……?」
「うん。オレのママ、教育ママでね。勉強しかオレにやらせてくれなかった。それがイヤになって家を飛び出したのが、大雪の日だったんだ。」
思ったより重たい話が出てきて、香緒里達はつい固まってしまった。
「それで、えーと……低体温症?になって、病院に運ばれたんだー。」
「直樹、あんた言うタイミング悪ない?……まぁ、そういう理由があって、離婚して帰国してきたんやって。」
「そー、だから雪はちょっと苦手。」
なんとも言えない沈黙が漂う。
直樹自身は気にしていないように見えるが、事情をよく知っていたであろう美愛はとても微妙な表情をしている。
「嫌な思い出なら、尚更行っていい思い出に変えたらどうだ。」
そう、淡々と言ったのは意外にも鮎川亮。
香緒里たちは驚いて亮を見る。
「なるほど…………たしかに、リョウ、いいこと言う!」
一転、パァッと明るくした直樹がそう言い、「オレも行く!」と続けた。
それじゃあ、と奈津は恐らく両親にだろう、スマホで連絡をしだした。
「亮があんなこと言うのって意外〜。」
「亮はあれで直樹のこと気に掛けてるんだよ。パソコンが趣味な者同士だからか、悠みたいな弟のように思っているのかはわからないけど。」
沙世の言葉を聞き、圭がそう説明する。
兄弟だから分かること、なのかもしれないが。
あれでも高校入ってから変わってるんだよーとも圭は言った。
「みんなと出会ってからかな、ちょーっとずつ柔らかくなってる。特に翔太のおかげかなぁ。」
「俺?」
「そう。俺と悠以外の男子が奈津と仲良くなること、許さなかったんだから。」
今でも確かに警戒ばりばりではあるが、秀人と真と翔太が奈津と話していても特に何か言われたり見られたりすることはない。
何なら翔太と奈津が一対一でいても何も言わない。
「中学の時の亮はもっとトゲトゲしてたもんなぁ。」
悠もそう思い返す。
そんな亮は、美愛に「ありがとな。」と言われ、「別に……思ったことを言っただけだ。」と返している。
それを奈津はニコニコと見守っている。
スキー旅行、楽しくなるといいなぁ、と香緒里はみんなを見回して思った。
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期末試験も修了式も終わり、年度内の部活動も終わり、春休みの帰省の時期になった。
香緒里たちは自宅にはまだ戻らず、そのまま鮎川家に行くことになった。
今日は鮎川家に泊まり、明日朝一にスキー場へと出発する段取りだ。
電車を乗り継ぎ、東京都の郊外へと向かって行く。
夏休みの時も奈津たちは電車で帰ったらしい。
学校まで迎えの車が来ると目立つから、ということらしい。
「ほんと、行動だけ見ると庶民的やなぁ。」
「親の教育方針的には多分普通の家庭とあんまり変わらないと思うよ?」
「お小遣い制とも言ってたもんね。」
美愛と圭の話に、香緒里も相槌を打つ。
持ち物も特段ハイブランド、というわけではないし、お金遣いが荒いわけでもない。
「悠なんか、買い食いしすぎて時々金欠だもんな。」
「仕方ねーだろ、お腹空くんだよ!」
「そないにいっぱい食べてるのに、身長あんまり伸びへんのはなんでやろうな。」
「うるせーほっとけ!!」
秀人と美愛に言われ、キャン!と悠は噛み付くように言う。
伸びてないというわけではない、4月から比べればちょっとは伸びてるのだ、一応。
13人での電車移動は割りと大所帯ではあるので何の集団だろうかと思われているような視線を時々感じる。
もちろん、目立つタイプの秀人たちがいるというのもあるが。
「さて、ここからはバスでーす。」
最寄り駅に着くと奈津に案内され、駅前のロータリーに停めてある井口が運転するマイクロバスに乗り込む。
車で10分くらい移動していると、少し前の右手の方に高さ3mくらいの塀がずっと続いていることに秀人は気が付いた。
「なぁ、もしかして、あの塀の向こう側って鮎川家だったりする?」
「さすがに、何かの施設なんじゃない……??」
「お、秀人大正解!俺らの家、その塀の向こう側。」
「「「は????」」」
「え、200mくらい距離あるけど!?」
悠の言葉に、香緒里たちは目を見開く。
驚いていると、大きめの門の前に着く。
井口が車についているボタンを操作すると、門が自動で開いた。
「あかん、庶民的やなと思ったて発言、取り消したくなってきた。」
「いやそれな?」
ポカンと口を開けて美愛が言い、沙世が同意する。
門を車で通り抜けると、校庭のトラックくらいはありそうな庭の向こう側に、通常の戸建ての5棟分くらいのサイズの大きめの家が建ち、その隣には一回り小さい家がある。
右手を見れば畑や田んぼが広がり、左手を見るとビルのような建物と、小さめのマンションのような建物がある。
「1つの街みたい…………。」
「あーあれね、鮎川グループの研究施設と、従業員用の寮なの。」
「畑や田んぼは自給自足と遺伝子研究も兼ねてる。」
奈津と亮に説明されるも、いまいち現実感がなく、さすがの秀人でも若干フリーズしていた。
鮎川家だという大きめの家の前にバスは止まり、香緒里たちは降車する。
井口が扉を開けると、中にはかなり広めの玄関があり、使用人であろう方々が数人、待ち構えていた。
「おかえりなさいませ、坊っちゃま、お嬢様。」
「ただいま〜とりあえずリビングに行くから、部屋はまた後で案内してあげてね。」
「かしこまりました。」
慣れた様子で奈津は使用人たちに声を掛ける。
靴を脱いで、なるべく隅の方に並べた香緒里たちは長めのの廊下を案内される。
「見た時はでけぇなって思ったけど、中に入ると意外とこう、普通の家みたいだな。」
「わかる、家具とかは煌びやかな感じとはちょっと違う感じだよな。」
こそこそと真と翔太はそう話す。
廊下の突き当たりのドアを開け、その中に入ると50畳程の広さの部屋に、かなり大きめのテーブル、と多くの椅子、そしてその奥に巨大なテレビとこれまた長いL字のソファが二つ置いてあった。
「なっちゃんたち、よくうちの寮住んでられるね……???狭くない???」
座るように勧められたソファにの腰掛けた沙世が言う。
「うーん、狭いと感じたことはないかなぁ??」
「逆にこんだけ広いのに、客間ばっかだから夜は人少なくてめっちゃ怖いんだからな……!!」
怖がりの悠が眉根を寄せる。
確かにこの建物が真っ暗になったら、若干怖いかもしれない。
と、同じくお化け屋敷が苦手な香緒里も思う。
「お食事は何時になさいますか?」
ローテーブルに紅茶とお茶請けのお菓子を持ってきた使用人が亮に声を掛ける。
「井口、親父達は何時頃帰宅する?」
「本日は亮様のご友人方がいらっしゃるということなので、急いで19時頃には戻られると伺っております。」
「わかった。じゃあ、親父たちが戻り次第夕食で頼む。」
使用人にそう伝えた後、亮は壁にかかったお洒落な時計を見た。
現在は16時。
「先にちゃちゃっとお風呂入ってゆっくりする?」
圭が言うと、そうだなと亮は頷き、
「少し休憩したら、部屋に荷物置いて、それから風呂にするぞ。」
まだ規模感に驚いている面々は、ただただ返事するしかなかった。




