4、私の父
「父が亡くなって、一人暮らしを始めた頃からファミレスのバイトをしていたのだけど、彼はそこの先輩。4つ上の、大学3年生だった。時折シフトが被って、色々教えてもらって、時たま一緒に帰って…………。」
少し、懐かしむように恵は目を細めた。
「丁寧な仕事をする、優しく気さくな彼のことを次第に好きになって、告白したの。そして、付き合った。
今思えば、繋がりが欲しかったんでしょうね。家族以外との、繋がり。私は友達も多くなかったから……」
香緒里は、少し似ている、と思ってしまった。
同じように、人間関係を構築するのが下手だった中学校の頃の香緒里。
秀人たちに出会わなければ、今も変わっていなかったかもしれない。
「付き合いだして1年、くらい経った頃かしらね。彼は突然バイトを辞めたわ。大学の卒業時期だから辞めるだろうとは思っていたけれど、そのまま音信不通になってしまった。風の噂でアメリカに留学に行ったって聞いたわ。」
残されたのは、お腹の中にいたあなただけ。
と、再び香緒里のことを見た。
「親戚にも頼れず、付き合いの浅い友達にもバイト仲間にも相談出来ず、病院にも行けなくて……。そんな中、生まれたあなた。本当は、私が母親としてあなたを守らなくちゃいけなかった。なのに、自分を守ることで精一杯だった。」
高校生となれば当然と言えば当然だ。
本来、父親になって責任を取るべき人間もいない。
そもそも避妊をしていれば、という話ではあるが、それを危惧して声を掛ける人間も、存在していなかったのだろうと、秀人は聞きながら思う。
人に優しく、甘く、お人良しの香緒里も自分のことを差し置いてそう思っているのだろうということは、その複雑な表情を見れば分かった。
「あなたを……許せるかどうかはまだ分かりません。」
黙って聞いていた香緒里は口を開く。
「けど、事情があったのは、わかりました。
産んでくれなければよかったのに、と思ったことは何度もありました。けれど、生まれて来なければ出会えなかった大事な人達もたくさんいるので…………これで、よかったのかも、しれません。」
最後に少し、優しい表情をする。
秀人や雪音がいたから、今が幸せだから、そう思えるのだ。
「…………ありがとう。」
少しだけ、緊張が和らいだように恵は笑みを浮かべた。
そのちょっと困ったように眉を下げる笑い方は、香緒里によく似ていた。
「最後に一つ、いいですか?」
「何?」
「私の父親、だったはずの人は……どんな人でしたか?」
「そうね……私の家族の話も真面目に聞いてくれる、優しい人だったわ。それと、とてもモテる人でね…………お客さんからもよく声を掛けられていたっけ。」
写真持ってきているのよ、と恵は鞄の中から手帳を取りだし、挟んでいた写真を机の上に置いた。
恵と一人の男性のツーショットの写真だった。
確かに、目付きがやや鋭いものの、イケメンでモテるというのもわかるような見た目の男性だった。
香緒里には然程似ていない。
でも、どこかで見たような気がする顔。
「えっ……?」
写真を見た沙世が、声を洩らす。
真の顔が強ばったのが見えた。
それに気付いていない恵は、
「沢田隆弘、という人よ。今はどこで何をしているのかは分からないけれど…………。」
「こいつは、俺の……義理の父親だ……。」
青ざめた表情の真が絞り出すように言った。
その場にいた沙世以外全員、真の顔を驚いて見た。
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しばらくして、恵は帰って行った。
帰り際に、
『また……会うことって、出来るかしら……。』
『好きか嫌いかで言ったら、あなたのことは多分まだ、嫌いです。でも、もっと知った方がいいのかな……とも思います。』
『それは、会ってくれる……ということでいいの??』
『はい。』
香緒里がそう言うと、恵は少し嬉しそうにして、自宅の住所とスマホの電話番号を教えてくれた。
「俺、ちょっと外行ってくるわ。」
真は立ち上がり、上着を片手に外に出ていく。
沙世は無言でその後を追い掛けた。
「真…………大丈夫かな……。」
その後ろ姿を見て、香緒里は呟く。
自分もいっぱいいっぱいだっただろうに、そんな時まで人の心配をする香緒里に、秀人は心の中で苦笑しつつ、答える。
「憎んでいたやつが、友達の実の父親だったわけだからな…………混乱しても仕方ねぇよ。」
「俺たちですら、かなり戸惑ってるもんな。情報多すぎて。」
「香緒里は?大丈夫……??」
隣に座る雪音は香緒里の顔を覗き込む。
「うん、思ったよりは。もちろん、びっくりもしたし、それ以前の話も、まぁちょっと……。結局、望まれて生まれたわけではなかった、ってことだったから。」
そう言いつつも、表情は恵が来た時よりかは穏やかになっている。
秀人は雪音と反対側の隣に腰を掛けた。
「無理はしてないか?」
「さっき、恵さんにも言ったけど。例え生まれたその時は、誰にも必要とされてなかったとしても、それでも生まれて来なかったら秀人たちには会えてないし、それに……今はみんなが私を必要だって思ってくれてる……と思うから。そう思えたから、大丈夫。」
「そっか。……頑張ったな。」
微笑んだ秀人は香緒里を抱き寄せた。
「え、ちょっ、秀人!?雪音も翔太も見てるのに……!」
顔赤くし、アワアワする香緒里の手を雪音は握り、翔太は後ろに周り、香緒里の頭を撫でる。
「もう……」と言い顔を更に赤くしつつも、その表情は嬉しそうだった。
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香緒里の自宅を出た真は、来た時よりも薄暗く寒くなった道を少し早足で歩く。
後ろから追い付いた沙世はその手を取り繋いだ。
すると、真は少し歩くペースを落とした。
無言で隣を歩いてくれる沙世に、真はポツリと吐き出す。
「おれは……親父が許せねぇ。母さんを追い込んで、ボロボロにしてた、あいつを、許せるわけがない。」
「うん……。」
「それが、香緒里の実の父親とか……。信じたくない、そんなのあって欲しくなかった。だけど、実際あいつは香緒里の母親を捨てた。くそっ、ダメだ、頭ん中ぐっちゃぐちゃだ…………。」
立ち止まり唇を噛み締める。
憎い、許せない、怒り、悲しみ、色んな感情が駆け巡って叫び出しそうなのを堪える。
母が亡くなってから、義父を憎まなかったことはない。
それこそ、復讐をしたいと思ってしまうこともあるくらい。
沙世はそんなボロボロの真を後ろから抱き締めた。
こんなに取り乱している真を見るのは、久しぶりだ。
母が亡くなり、義父が再婚する時も荒れていたが、その時以来だ。
「何もしてあげられなくて、掛けてあげる言葉も見つからなくて、ごめんね……。」
首を振る真に、沙世は続ける。
「私には、本当の意味で真の気持ちは分かってあげられない。から、ちょっと想像してみたんだ。
例えば、秀人のお父さんが真のことを怪我させたり、殺したりしたら、私は秀人のこと、どう思うのかなって-----」
「いや待て待てまて!?」
突拍子もないことを大真面目に言い出す沙世に、真は思わず振り向いて突っ込んでしまう。
「どういう状況だよそれ!?」
「ほら、気持ち的には多分そのくらいらしんどいじゃん???」
「いやまぁ、そうだとしても……」
沙世の表情は真剣だ。
ふざけているわけではない、真剣に考えて言っているのだ。
その沙世を見ていたら、少し肩の力が抜けてきて、笑えてきた。
「なんで笑うのよう、真剣なのに〜。」
「ごめんごめん、いや、でもありがとな。沙世は面白いな。」
「それ、褒めてるの???」
「褒めてるよ。沙世のそういうとこ、好きだよ。」
優しく笑いかけてそう言う真に、沙世は暗がりで分かりづらいが顔を赤くする。
こういう状況下なのにずるい、ただでさえ今日のビジュめちゃくちゃいいのに……!!とブツブツ言う沙世を見て、真はまた笑う。
「帰るか。」
沙世の手を取り、歩き出す。
その顔は幾分明るさを取り戻していた。
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沙世と共に戻ってきた真の顔は、先程出て行った時とは一転、少しスッキリした顔をしていた。
沙世のおかげだろうか、と香緒里は思う。
その2人の後ろから、義之も顔を出す。
「あれ?一緒だったんだ。」
「エレベーターのところで会ったんだよ。恵さんは、もう帰ったんだって?」
義之の問いに香緒里は頷いた。
そうか、と呟き、香緒里の方に向き直る。
「聞きたいたことは、全部聞けたか……?」
「うん、恵さんの生い立ちも、私が生まれた時のことも、聞いた。」
「…………ごめんな。」
義之はそう、謝った。
なんの謝罪だろうか、と香緒里が首を傾げていると、続けた。
「私が、家に連れてきてしまったことで、香緒里には随分辛い思いをさせてしまったと思う。母さんも、真穂も、香緒里には冷たく当たっていたのに、仕事が忙しくてなかなか家に帰れず、上手く止めてあげられなかった。
もう少し、私がフォローしてあげられていたら…………」
義之はそう言って項垂れる。
父も父で、悩んでいたのだろう。
「確かに…………しんどくて、辛いことはたくさんあった。あの頃幸せだったかっていうと、全然そんなことはない。でも、お父さんに大事にしてもらってたんだなってことは感じてる。」
「香緒里……」
「それに、うちに来たからこそ、こうやって今、みんなと一緒にいられて、楽しく過ごしている。別の家に行っていたらこうじゃなかったかもしれない。だから、もう、いいの。」
前を向いて進んで行ける。そう思っている。
香緒里のその姿勢に、義之はホッとしたような嬉しいような、寂しいような、複雑な目を、表情をした。
そして、
「秀人くんたちも、香緒里と一緒にいてくれて、本当にありがとう。」
と頭を下げた。
香緒里にとって彼等がどれだけ大切で、支えになっているのか、分かっているから。
ぐぅ〜、と、そこで誰かのお腹の音が聞こえた。
「沙世…………」
「だって、ほら、いい匂いがしたから……ね??お腹空く時間だし……」
犯人の沙世を見て、真は呆れた顔をした。
現在19時。
沙世の言う通り、お腹の空く時間ではある。
義之も笑いながら、買ってきたものを袋から出し始める。
チキン、ポテト、ピザにサラダ、寿司まである。
その他にも様々なオードブルに、ケーキ。
「みんながどれくらい食べるのか分からなかったから、たくさん買ってきてしまったよ。たくさん食べてね。」
たくさんのクリスマスのご馳走を前に、わーい、と沙世だけでなく、みんなで素直に喜んだ。
クリスマスパーティーはこれからだ。




