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一期一会  作者: 雪奈
第5章 青嵐吹く夏
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第7話 嫌な噂


「香緒里、私の部屋で話さない?」



その日の夕食後、雪音はそう香緒里に声を掛けた。

誘われるがまま、雪音に付いていく。

奈津は今日は亮たちに用があるらしく、談話室に行った。


部屋に入ると雪音は香緒里を自分のベッドに座らせ、自身もその隣に座る。



「何か、あったんでしょ?」

「な、なんでわかるの?」

「他の人の目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないわよ?」



ふふっと優しく微笑んで雪音は言う。


あの後。

落ち着くまで泣いた後、まだ目が真っ赤で泣いたのが直ぐにわかるような状態だったため、真と2人で映画を見に行った。

喫茶店に入るのでもよかったが、鼻をすすり目が赤い状態だと目立つため、人目を気にして真が誘ったのだ。

香緒里の気持ちが少しでも他のことに向けばいい、気分転換になるといい、そう思ったのもあったが。


そうして幾分泣き顔が収まった後に寮まで帰ってきた。

夕食の時もいつもと変わらぬ様に振舞っていたはずだ。

事実、雪音以外の誰にも気づかれていない。


「で、どうしたの??」

「えっと………」


やっぱり親友の目は誤魔化せない。

元より雪音も秀人と同じで人をよく見ているから些細な変化にも気が付くのだが。


香緒里はゆっくり、昼間の事を雪音に話していく。

父からのメールの内容、秀人の言葉。

口にしていくとまた泣きそうになってくるが、それを堪えて話終える。


「そっか………また家のことかな、と思ってたけど……本当のお母さんが……。」

「なんか、わけわからなくなっちゃって……それで秀人に当たっちゃった。」

「まぁ、秀人の言い方も悪かったのもあるだろうけどね。」

「雪音、どうしたらいいと思う?」

「そうねぇ………まず、香緒里はどうしたいの?どう思ってるの?」

「私は……」


中学2年生の時、父から自分が拾われた子だと言う事を伝えられ、父と母が離婚し、精神的にもめちゃくちゃだったあの時。

秀人や雪音達の言葉に励まされ、前を向くことは出来た。でも、根本的なことは何もわかっていない。

ずっと心の奥でモヤモヤしていた。

自分はなぜ捨てられたのか、母親はどんな人なのか。

あの時から、何も分からないまま、疑問が残ったままなのだ。

何でもないフリをしていても時たま考えてしまう、思い出してしまう。


多分、秀人はその事に気付いていたのだ。

だからこそ、少し強引だけれど香緒里が前に進めるようにあのように言ったのだろう。

ちゃんと真実を知り、向き合い、今度こそちゃんと前に進めるように。


そう雪音に伝えると、なるほどねぇ、と感心したように呟く。


「確かに秀人なら香緒里のそういうとこ見抜いてそうね。」

「うん……言われた時はそこまで考えられなかったけど、冷静に思うとそうなのかな、って。」

「さすがと言うべきかなんというか。」


今日母親のことを知らなかったとしても、このモヤモヤを晴らすために、きっと5年後10年後、多分香緒里は母親を探しただろう。

ぼんやりだが未来の自分はそうしただろうと今なら思う。

それでも


「今すぐに、会いたいとは思わないかな………もう少し、時間が欲しい。母親に対する気持ちなんて、しっかり考えてなかったから。考えないようにしてたっていう方が正しいけど……。」

「そっか。」

「育ての母親のこととか、昔のこととか、なるべく考えないようにしてたことがこう、また思い出して溢れてきて……正直今はいっぱいいっぱい。」


自分の存在意義とかを考え出してしまうとキリがない。

それでも、それらを上手く消化していかないといけないのだと香緒里は思う。


「無理はしなくて、いいんじゃないかな。私は香緒里がしたいようにすればいいと思う。もちろん、そのうちに本当のお母さんと話せればいいんだろうなとは思うけどね。

でもね、まずは自分のことを大事にして欲しいかな。」


色んな気持ちが入り乱れているはずなのに、まだそんなに時間は経っていないのに、こうして落ち着いて客観的に見れるのは雪音と同い年にしては大人びていると思う。

だがそれは家庭環境のせいもあるのだろう。

一歩引いて自分を見なければ堪えられないこともたくさんあったのだろうと雪音は想像する。


秀人が背中を押して後ろから支え、見守るなら、雪音は隣に立ち支えてあげたいと思った。


「大丈夫、私はいつでも香緒里の味方だよ。」

「ありがとう、雪音………。秀人にもまた会って謝って、また話さないと。」

「うん、そうだね。」


部屋に入った時よりも少しスッキリした顔をする香緒里を見て雪音はまた微笑み、「紅茶、入れよっか。」と立ち上がった。







その翌日の夕食時。

食堂に入ると、こちらを見てくる女子の目線にトゲドゲしいものが混じっていることに香緒里は気が付いた。

秀人と付き合っているため、時折嫉妬の目を向けられることはあったが今日はそれとも少し違う。

雪音達といつものように席を探していると、沙世に声が掛かる。


「沙世ーそっちなんかじゃなくて、こっちで一緒に食べよ。」


あれは確か、別のクラスの女子テニス部の部員達だ。


「えっと、あの、ごめん、今日はあっちで食べるね…?」

「うん、わかった。全然いいよー。」


じゃあねーと手を振る雪音と奈津の横で、なんかちょっと様子が違う?と香緒里は沙世を見て思う。

先程会ってから、何となくいつもと違うような、よそよそしいような雰囲気を感じ取ってはいたのだが。


「なんなんあれ?感じ悪いわーそっちなんかってどういうことよ。」

「どうしたんだろうね?」


一緒にいた美愛が眉を顰め、由美も訝しげな表情をする。

トゲドゲしい視線は主に先程の女子達からのもののような気がした。

何かしただろうか??


「多分、あの噂のせいだと思うよ。」

「あ、璃子ちゃん。」


いつの間にか後ろにいた根室璃子にそう声を掛けられる。

クラスは香緒里と違うB組だが、彼女も沙世と同じ女子テニス部員で沙世繋がりでたまに話す事がある。


「噂って、どういうこと??」

「立ったままでもなんだから、一緒にご飯でもどう??」


そう誘われ、それぞれ夕食を注文し受け取ると食堂の隅の方にあるテーブルにつく。

香緒里の向かいに座った璃子は少し食べ進めた後、視線をこちらに向ける。


「香緒里、昨日沢田と一緒だった?」

「え、うん。雪音達は部活だったから、2人で秀人のお見舞いに行ってたけど………。」

「そっか……」


5人が頭に疑問符を浮かべている中、璃子は少し息を吐き、続ける。


「香緒里と沢田が浮気してるって噂が女子の中で流れてる。」

「え?」

「えぇ………?確かに仲は良いけど2人には新谷と沙世がいるし別にそれぞれ仲も順調じゃない?」

「大体香緒里に浮気なんか出来へんやろ、そこまで器用じゃなさそうだし。」

「まぁ、そう思うよね。私もそう思ってるんだけど………

これが、部活のグループメッセで回ってきて。」


そう言って璃子はスマホの画面を見せる。

それには遠くで、抱き合っているように近い距離の男女の写真。香緒里と真を知る者ならば2人であることが遠目にも分かる。


「香緒里……これは本当なの?コラ画像とかではなく……??」

「ええと………確かにこれは私と真ではあるけど、抱き合ってたわけでは、全くない……」


駅の近くの路地で香緒里が泣いていた時の写真であることは本人の香緒里には明確に分かった。


「ちょっと………私の家の事で秀人と喧嘩、というかトラブル?があって、それで泣いていた私を真が慰めてくれただけなの。浮気とかそういうのでは全然ない。」

「なるほどね。とにかく悪意ある盗撮であることには間違いないわ。」


昨日話を聞いていた雪音は納得したように頷いた。

家の事は詳しくは話せないから多少誤魔化して言ったが奈津達に突っ込まれることはなかった。


「香緒里ならそう言うと思った。

でもこれを信じて非難してる女子は多いみたい。この写真の出処はうちの部員じゃない。

多分他の女子達にも回ってる可能性は高い、下手したら男子にも。」

「はーほんとめんどくさいわー女子って。」


璃子が面倒くさそうに言い、美愛もそれに続いて言う。

香緒里の友人である事はもちろん、そもそもこういった噂話が好きでは無い二人にとっては鬱陶しいのだろう。


「しかし香緒里と沢田が浮気ねぇ。なかなか考えられないけどねー新谷も沙世も二人にぞっこんだしなー。」

「あはは………。」


奈津の言葉に香緒里と雪音は乾いた笑いをする。

過去に真は香緒里の事が好きで、それで香緒里と沙世が揉めたなんてことは絶対に中学メンバー以外では言えないなこれ……。


「私達は、絶対にそんなことないって信じて思ってるから、安心してね、味方だからね。」


由美は口元を引き締め、小さい声ながらも言い切る。

ありがとう、と香緒里は少し笑う。


雪音から沙世には事情を説明するという。

香緒里の母親のことも合わせて伝えてくれるはずだ。

沙世も何かしらの理由があってのことだということは恐らく理解している。

けれど、彼女にも彼女の立場というものがある。

だからこそのあの気まずそうな表情なのだろう。


味方が誰かいてくれるのは嬉しいし心強い。

自分もちゃんと秀人に昨日のことを謝らなければ、と香緒里は心の中で思う。








翌日の午後、香緒里は1人で病院へと向かった。

一緒に行こうか?と雪音は言ってくれたが、自分1人で秀人の話さなければいけないから、とそれを断った。

先日の事を謝って、今の自分の気持ちをしっかり知ってもらうために話したい。


真との噂に関しては、昨日と変わらず女子からの厳しい目線を感じている。

部活には一年生は奈津、亮、それと篠原しかいないため特段変わったことはない。女子の先輩もいるが、そこまではまだ噂は広まっていないようで何も言われないしいつもと変わった様子はない。



病室に着くと、中から話し声がする。

雪音達は今日は行かないと言っていたから、バスケ部の人達だろうか。そう思って中に入ると、山瀬舞がいた。

対面するのは事件以来だろうか。


「あ、吉崎さーん。今ね、新谷君とあなたの話をしてたのよ。」


背を向けて座っていた舞は振り返り、香緒里を見ると薄く笑った。

嫌な予感がした香緒里は表情を強ばらせる。


「私の、話?」

「そう、あなたと沢田君が浮気しているって話。新谷君っていうこんなに素敵な彼氏がいるのに、信じられないわ。」

「待って、それは噂よ、そんなことは--」

「心当たりはないって?本当に?」


何もなかった、と言いたいがあの写真を見せられると、そう言うには説得力が足りない。

香緒里と真の関係、あの時の状況や事情、それらを知らなければ二人がそういった関係に見えてしまっては仕方ない。

それでも、秀人はそれらを全部知っているはずだ。

誤解であることはわかっているはずだ。


「……ほら、何も言えないってことは、図星なんでしょ?新谷君、可愛そう。」

「違うの、秀人、あの時の事知ってるでしょ……?今日はそれを話に来たの……」

「香緒里、今日は帰ってくれ。」


わかってくれるはず、そう思って秀人に言うが。

返ってきたのは今までにない冷たい声。

キュッと心が縮まる音がした気がした。


「秀人、お願い話を---」

「いいから、帰ってくれ。今日は話したくない。」


突き放された言い方。

向けられた視線はやっぱり冷たい物。

初めての秀人からの拒絶。

秀人ならわかってくれるだろうと思っていたのは甘えだったのだろうか。

心がどんどん冷えていくのが分かる。



「わか…った。」


それだけ言うのが精一杯だった。

震え、泣き出したいのを堪えて病室を出る。

去り際に舞の方を見ると、秀人に表情が見えない様に背を向けこちらを見、勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。

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