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一期一会  作者: 雪奈
第5章 青嵐吹く夏
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6、亀裂


秀人が事件に巻き込まれ入院となってから数日が過ぎた。

事件の犯人はあの後無事に逮捕されたとニュースで見掛けた。動機についてはまだ調査中とのこと。



香緒里は午前中の部活を終え部員達と学食で昼食を摂った後、一度部屋に戻り、私服に着替えて校門に向かった。

校門に着くと既に真が待っており、こちらに向かって手を上げた。


「なんか、二人で出掛けるのって変な感じだな。」

「大体いつもみんないるもんね。」


雪音達は皆午後も部活があり、奈津や亮も午後から用事があるとのこと。

そんなわけで、真と二人で秀人のお見舞いに行くことになったのだ。


部活があり行けない日もあるが、香緒里達は行ける日は足繁く病院に通っていた。

学校最寄りのバス停からバスに乗り、そこから駅に向かい電車に乗って隣の隣の駅。

そこに秀人は入院していた。

事件が起きた日は動転していてよく見ていなかったが、割りと規模の大きい病院のようで外科内科以外にも様々な科がある。


真と二人でそう話しながら、こうして二人だけで歩くのはいつぶりだろうかと香緒里は思う。

中学の時は時たま帰りが一緒になって歩くことはあったが、香緒里が秀人と付き合いだしてからはその頻度も減った。

真が気を使ったのだろうけれど。

少し懐かしさを覚えながら、部活の話や友人達の話など他愛ない話をしていると、あっという間に目的地に辿り着いた。



受付を済ませ、もう何度か行っている秀人の病室へと行く。


「よーっす。」

「来たよー。」


扉を開けると秀人は読んでいた漫画雑誌から目を上げこちらを見た。


「今日は二人か。翔太たちは部活か?」

「おう、うちは監督が午後から用事があるとかで午前中で終わり。」

「空手部もそんな感じ。奈津たちは何か用があるみたい。」

「あ、悠から漫画預かってきたぞ。」

「おーサンキュー!入院生活暇で暇で………これでしばらく凌げるわ、なるべくゆっくり読も。」

「それ、今週のジャ〇プか?今週のワ〇ピ熱いよな。」

「わかるわかる!」


早速漫画トークを始めた二人を見て少し笑いながら香緒里は折り畳みの椅子に腰を掛ける。

秀人は割りと多趣味で漫画も読む。速読で。

めちゃくちゃ早いのだ、10巻分なら30分かからないくらい。

小説とかでも通常より多分早い。頭がいいとやはり読む時も処理速度が違うのだろうか。

香緒里自身は、沙世に勧められて少女漫画を読むことはあるが、他は専ら小説ばかりだ。

なので二人の話にはなかなか入っていけない。


楽しそうに話す二人を横目に香緒里は買ってきたジュースを置いてある紙コップに注ぐ。

再び椅子に座り一息つくと、携帯のバイブが鳴る。

開くと、父からのメールの通知。


口下手なところがある父は電話よりもこうしてメールで要件を伝えたり近況を伺ったりすることの方が多い。

もしかしたら寮暮らしをしている香緒里を気遣って、いつでも返せるメールにしているのかもしれないが。


夏休みに入ったし、帰省についてだろうか。

そう思いメールを開いて読んでいく。

割りと長めのそのメールを読んでいるうちに、顔がどんどん強ばっていき、心臓の鼓動も変に激しくなる。

嘘だ、そんなことって。



そんな香緒里の様子に二人も気付き、話を止めた。


「香緒里?どうした?」

「あ、いや………お父さんからのメール、なんだけど………ううん、なんでもない。」

「いや、なんでもないって顔じゃねぇだろ。」


訝しげに訊ねる秀人に対し、咄嗟にそうはぐらかそうとする。

だがそんなに簡単に誤魔化されたり、ひくような秀人ではない。

身を乗り出し、香緒里の手からスマホを取ると真と一緒に画面を覗き込む。


「あっ、ちょっと……!!」

「お前がそんな顔するってことは、またなんか家の事で何かあったんだろ。」

「それは………」


目をしっかり合わされそう言われてしまうと、もう否定が出来ない。

奪い返すのを諦め、黙って二人がメールの文面を追うのを見ることにした。




『最近暑いが体調は大丈夫か??

秀人くんが怪我をして入院してからしばらく経ったけれど、状態は少しは良くなったのかな?事件にまた巻き込まれたと聞いた時は肝が冷えたけれど、とりあえず命に別状がなくて安心しているよ。

よろしく伝えておいてくれ。雪音ちゃんたちにもね。


ところで、今年の夏休みはどうする?多分部活で忙しいだろうからなかなか帰ってくるのは難しいかもしれないが………お盆も部活なのかな?

無理はしなくて全然大丈夫だ。まだ部屋も全然片付いていない状態だから、ゆっくりは落ち着けないだろうしな。

まぁもし帰るようなら事前に言っておいて貰えると嬉しい。いずれにせよ、体調には気を付けるんだよ。



それと、言おうかどうか迷っていたんだが………口で話すと上手くまとまらなさそうだから、申し訳ないがメールにさせてもらった。


異動した先に、香緒里によく似た女性がいたんだ。

部署が違ったからなかなか話す機会がなかったんだが、先日たまたま顔を合わせる機会があって名乗ったら、すごく驚いた顔をしたんだ。


「もしかして○○市に以前住んでいらっしゃいましたか?」と聞かれて、そうだと答えたら突然泣き出してね。

よくよく話を聞いたら、わかったんだ。

その人は今田恵と言って、香緒里の実の母親だったんだ。


16年前、事情があって香緒里をあの公園で産んで置いた後、身勝手な事をしたのは分かっているけれどどうしても気になって、しばらく隠れて近くにいたらしい。それでたまたま来て、香緒里を連れて行った私の後をつけたと言っていた。



すまない。混乱してしまうだろう、悩ませてしまうだろう……そう思ったが、どうしても伝えないといけないと思って、こういう形で伝えさせてもらった。

ごめん。


落ち着いた後、もし会ってみたいとか詳しく知りたいとかいう気持ちが出たら、言って欲しい。

彼女は直接香緒里と話がしたいと言っていた。


まとまらない文章で申し訳ない。


返信はしなくても大丈夫だ。

それでは、また。』



「勝手な話でしょ。」



メールを読み終わり、こちらを見た秀人と真の視線を受け、香緒里はいつになく冷めた声で言った。


「お父さんもお父さんよ。こんなタイミングで、形で、言わなくたって--」

「会うのか?」


続ける香緒里の言葉を遮って、秀人は聞く。

すると、無表情だった顔を歪めて更に冷たい声を出す。


「会うわけ無いでしょ。勝手に産んで捨てたのに………それなのに、今更話したい??身勝手にも程がある。」

「向き合わなくていいのかよ。」

「向き合う!?あの人のせいで私があの家にいて、どれだけ辛いめにあっていたか知っていてそれを言うの!?」

「それでも、香緒里は真実を知った方がいいと思う。」

「おい、秀人………」


口調を荒らげ声を大きくする香緒里に秀人は落ち着いてそう諭した。

真が遮ろうとするも、秀人は止まらない。

そして、感情的になっている香緒里にそれを冷静に受け止める余裕なんて、ない。


「逃げるなよ。」

「秀人には、関係ないじゃない!!」



少し追い詰めるような物言いに、反射的に大きな声が出る。そして自分が言った言葉に気付いて動揺した。

香緒里は小さく、ごめん、と言った後に踵を返し足早に病室を出てしまう。


「香緒里!?……あー、秀人。追うわ。また来るな。」

「あぁ、悪いな、頼む。」


真自身もやや混乱した中、そう短く秀人に伝えると香緒里の後を追い掛ける。


病室に残された秀人は、もっと優しい言葉を掛けるべきだったんだろうな、でも……と思いながらベッドに仰向けに倒れ込む。

それにしても……


「秀人には関係ない、か………」


声を洩らし、手を額に当てる。

ある意味一番きつい言葉だったな、と呟きながら。





----------------






「香緒里!待てって!」


病院を出た香緒里は走っていた。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。

父からのメールの内容、昔のこと、秀人に当たってしまったこと。

全部全部頭の中でごった返している。


自分が何を考えているのか何をしたいのかがまるでわからない。

ただ何かから逃げるように走っていた。


それを真は追いかけていたが、人通りもそれなりに多いためなかなか追い付けない。

ようやく香緒里を捕まえたのは駅近くの路地に入ったところだった。


「やっっと追い付いた。………大丈夫、じゃないよな。」


掴んだ腕を離し、顔を覗き込む。

もう走り出すことはなく、香緒里は大人しく下を向いていた。


「ごめん………」

「謝る相手は俺じゃないだろ。」

「でも……」

「それに、混乱するのも仕方ない。無理するな。」


頭を優しく叩かれると涙が溢れてきた。

それと同時に、少し頭の中のごちゃごちゃしたものが一緒に流れていくような気がした。


「ごめん、ごめん………なんか、もうわけわからなくて……。わかんないよ、急にそんなこと言われたって……」


産まれた時のことなんてもちろん覚えてない。

一番古い記憶ではもう既にあの家にいた時。いい思い出は殆どない。


「……生まれてこなければ、よかったのかな、なんて………私なんていらなかったのかな……なんて、何度も考えたのに、捨て子だって知ってからも、何度も……」


ようやく自分を肯定出来るようになってきたのに、そんな時なのに。

自分でも何を言っているのかよくわからなくなり、ただ泣きじゃくるしか出来ない香緒里の頭を真はそっと自分の肩に引き寄せた。

そうしてその頭をゆっくりゆっくり、あやす様に撫でる。


香緒里にはそれが心地よくて、気持ちが落ち着くまでそのまま泣いた。





本当の意味での心の平穏はまだまだ来ない。

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