8、ずるい
美愛がトイレから戻ると、教室には悠しかいなかった。
「あれ?みんなは?」
「後夜祭のために校庭に行った。俺はお前のこと待ってただけ。」
窓際にいた悠は視線を校庭に少し向けた。
もうすぐ始まる後夜祭のために、続々と皆校庭に設置されたステージの周りに集まって行く。
確かに周りの教室にももう人がいなかったな、と美愛はトイレから帰ってくる間のことを考えた。
「そっか。」
美愛はそう言って笑い、悠が立つ傍まで行く。
「文化祭、楽しかったなぁ。いや、去年も楽しかったんやけど。今年は……なんやろ、気分すっきりしてるからやろか?思いっきり楽しめた気ぃするわ。」
「そっか、それならよかった。」
夏に大阪に行き、心の整理を少しつけられた美愛。
二学期に入ってからは以前よりも明るく楽しそうに見えた。
「そういえば、ほんとに怪我してないか?」
「あぁ劇の時の?足捻りそうにはなったけど、その前に支えてくれたから、大丈夫やったで。ありがとう。」
「大丈夫なら、いい。」
笑う美愛にちょっと照れて悠は視線を逸らした。
「劇も無事に成功してよかったなぁ。悠も演技上手なってたし。」
「そりゃどーも。てか直樹、練習よりアドリブ多くなかったか??」
「多かったな………捌くの大変やったわ。」
台詞は大体覚えている。
だがアドリブをついつい入れてしまうのが直樹だった。
それが面白いからまぁありだろうとクラスではそう意見が纏まったが、対応する悠や美愛側としては大変なことも多かった。
「挙句、お姫様にキスされたもんなぁ?」
「演技だ演技!」
ちょっと揶揄うように言った美愛に悠は少し怒ったように言う。
「思い出させんなよ…………。」
「めっちゃ盛り上がってたけどな、あそこ。」
「だとしてもだ。直樹め………。」
悠的には結構ショックだったらしい。
思い出して溜息をつくその姿を見て、美愛はちょっと考える。
そして、悠の近くに寄った。
「悠?」
呼ばれてこちらを見たその頬……直樹がしたのと反対側の頬に、美愛はキスをした。
「……!!ちょっ……!!!!」
直樹にされた時より数倍顔が赤くなるのがわかる。
これは、別だ。
全然別だ。
「これで、ちょっとは上書きして忘れられるやろ?」
美愛はいたずらっぽく笑った。
その笑顔がかわいいのと。
文化祭中どうにもからかわれてばかりでちょっと悔しいのが重なり。
悠は美愛の腕を引いて抱き寄せ、その口にキスをした。
今度は美愛の顔が真っ赤に染まる。
その顔を見て、悠はちょっと固まった後、もう一度キスをする。
先程よりちょっと長く。
唇が離れると美愛は悠の頭を軽く叩く。
「……なんで2回したん。」
「え?いや、可愛いかったから、つい。」
素直にそう言うと、美愛は更に顔を赤くする。
「アホ……。」
その美愛を見て、悠は愛しそうに笑う。
その顔もあかんやろ、と美愛は心の中で思う。
「かわいいなんて散々言われてるだろ?」
「……あんたに言われるんは、別やねん。」
あ、やばいもう1回キスしたい。
そう悠は思ってしまうが、さすがにまたすると怒られそうである。
ので、もう一度抱き寄せて抱き締めた。
「俺はずーっとかわいいと思ってたけど。」
「……それ、今言うのずるない?」
腕の中で大人しくしている美愛はかわいい。
「なんか、腹立つわー。」
「なんでだよ。」
「こう、遊ばれてる感じが。」
「お前の方が散々俺で遊んでただろ?」
「……それは否定出来へんけど。」
教室の壁に掛かる時計を見た悠は、美愛を離す。
そろそろ後夜祭が始まる時間だ。
「行くか?」
手を差し出してそう聞くと、美愛はその手を取った。
二人は校舎を出るまで、夕日が差し込む中をそのまま手を繋いで歩いた。
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後夜祭では去年同様手持ち花火が配布された。
秀人たちは今年も花火をしつつ、ステージが始まるのを待っていた。
直樹は模擬店で買ったたこ焼きを食べているが。
香緒里はもちろん生徒会の仕事中である。
「あ、悠と美愛ちゃん来た〜花火やろーよー。」
校舎の方から歩いてきた二人を見つけ、奈津は手を振る。
その手には既に2本、火のついていない手持ち花火がある。
「今年も花火あるんか。」
「まぁトッキーなら絶対やるって言うだろ、あいつ。」
そう言いつつ美愛と悠は奈津から花火を受け取る。
「美愛ちゃん、悠くん、お腹空いてない??焼きそばとか、ポテトとか買ってあるんだけど……。」
「2人とも劇の前あんま食べてなかったんでしょ?由美ちゃんがそう言ってたから買ってきたんだよ。」
「わ、ほんま??めっちゃお腹空いてたんやわ、そういえば。」
「なんだかんだ片付けとかで食えてなかったもんな、俺も腹減った〜。」
「ユウくんたこ焼きも食べる?」
「直樹、お前その喋り方と声色やめろ、思い出すから絶対すんな。」
由美、圭が悠と美愛に差し出すと直樹も近寄ってくる。
「ナオくん、いじってるね〜。」
「あれは、楽しんでいるんだろうな。」
奈津と亮は並んで花火をしながら5人を眺める。
平和である。
秀人も翔太と雪音と共に花火に火をつける。
「A組の行列はずっと続いてたの?」
「整理券配布し始めてから少しずつ落ち着いた。劇見終わって戻った頃には他のクラスと変わらないくらいだったな。」
「………それは秀人がいなかったからじゃないか?」
「さぁな。」
翔太に言われて肩を竦める。
自身の人気がどうであろうとさっぱり気にしていない。
やたら話しかけられて面倒ではあったようだが。
沙世と真は、3人の後ろでしゃがんで線香花火をしていた。
「なんか夏の終わりって感じだねぇ。もう秋だけど。」
「……沙世、疲れてるだろ?なんか食べ物買ってこようか?」
真は沙世の顔を見て言う。
「え、なんで分かったの?」
昨日はクラスの撮影会用にキャストやコンテストに出る友人たちのメイクをし、今日もキャストのメイクをしたり、劇の前にメイク治しをしたり。
衣装も担当していたのでそちらの仕事もあったり。
香緒里よりマシとはいえ、結構忙しくはあった。
疲れてはいた、けれど隠して元気に振舞っていたつもりだった。
「そりゃ、沙世のことなら見ればわかる。」
なんてことのないように真は言う。
それが沙世にはとても嬉しかった。
胸の奥がキュッと熱くなり、好きな気持ちが溢れる。
文化祭のテンションもある。
周囲を見回し、前の3人を見た後、沙世は真にキスをした。
「ちょ、沙世……!外……!」
真は顔を赤くした。
線香花火の玉は当然2人とも落ちている。
「だって……好きなんだもん。」
上目遣いでそう言うと、真は息を吐き、沙世の耳元に口を寄せ、
「……後でな。」
とワントーン下げた声で言う。
沙世は顔を赤くして頷いた。
そういうのずるい、と呟いているが真にしてみれば沙世の方がずるいと思っている。
ススッと寄って来て、ぴっとりこちらにくっついてくる、そんなところも。




