衝撃の事実
クリフは砦の中を歩き、行き過ぎがないかを確認すると、軍議の間へと向かう。軍議の間では一人の少年が玉座に座り、緊張した様子でいた。
その少年の名はシーザリウス・オズワルド。オズワルド帝国の第四皇子であり、現皇太子だ。
「兄上……」
シーザリウスが不安な表情でクリフを見るがクリフは穏やかな声でその眼差しを叱る。
「私は兄ではありませんよ。殿下」
クリフにとってシーザリウスは、おしめを変えたこともあり、幼少の頃から皇帝や第一皇子を通じてずっと面倒を見てきた相手である。関係性で言えば兄弟と言っても過言ではないのかもしれないが、主と臣下、身分の差は公的な場ではしっかりとしなければならない。
「ははは、遅れてしまったようだ。あいすまぬ」
「申し訳ありません。シーザリウス殿下、コンフォード卿」
獅子の毛皮をマントにした偉丈夫は第三軍の将軍、フィデロ・レオンハルト。
冷たいまなざしをした、細身の男は第四軍の将軍、ロミオ・サーベリウス。
どちらもクリフにとっては友人と言える相手で、ともに冒険の旅をした仲だ。
レオンハルトとの冒険は『レオンハルトの大獅子退治』、サーベリウスとの冒険は『サーベリウスとサイクロプス』として、吟遊詩人に謳われている。その物語にはクリフもわき役として登場している。
「儂が最後か、待たせたかの」
最後に入ってきたのは第六軍の将軍、ドレイク・ランバースだ。禿頭に筋骨隆々かなりの高齢だが、いまだ帝国きっての猛将と称えられる人物だ。
「いや、構わん。みな、疲れもあるだろうに良く集まってくれた」
皇太子としてシーザリウスが振舞うと将軍たちは一斉に敬礼をし、シーザリウスを称える。決まりきったながれだが、会議の最初はこういったものだ。
全員が着席すると、クリフが司会役となり会議を進めることとなる。
「では、各自、担当部署の報告をお願いします」
「負傷した兵は見積もっていたより少ない。軽症の兵は砦で療養し、回復後に部隊へ合流させる。重症の兵は全て後送し、安全な場所で療養させる。現時点で全て手筈は整っている」
「物資は現時点で十分に確保できています。また、後方からも絶えず輸送が送られてくるので、兵の食事に一品増やすことも可能でしょう」
「敵軍は完全に撤退。追撃はむずかしいじゃろうな。隠し通路も調べ終わり、安全確保も完了しておる」
「承知しました。これにてカーヴァ城砦は完全掌握したことになります。お疲れさまでした」
将軍たちはふぅと息を吐き、軍議の間には弛緩した空気が流れる。
「ここからは茶でも飲みながら話すとしましょう──オリヴィエ」
クリフは自分の従者に声をかけ人数分の茶と菓子を用意させる。
「いやはや、此度の戦もコンフォード卿には助けられたわい。まさか、誰よりも先に攻城はしごを登り切り、砦の城壁にいた敵兵どもをバッタバッタと切り伏せて、砦の門をあけてしまうのだからな」
「あれには肝が冷えました」
「いや、まさしく勇者と呼ぶにふさわし──」
急に部屋の温度が数度か下がったようだった。
レオンハルトの『勇者』という言葉は帝国の上層部においてはタブーである。
「いや、すまん」
『勇者事件』──第一皇子が軍を退き、第四皇子が皇太子となり、帝国の国境の砦が亜人・魔族同盟軍に占領された、それらすべての原因である。それ以降、帝国の上層部は勇者という言葉に敏感であった。
「殿下は何かありますか?」
クリフが水を向けるとシーザリウスはぼんやりとした様子で、
「いや、すごかった。としか言えない。戦とはあれほどのものなのだな」
シーザリウスは本陣で将軍や兵たちの活躍を眺めているだけだったが、あの雰囲気は恐ろしいとしか思えなかった。
「じきに慣れます」
というか慣れてもらわなければならない。
シーザリウスにはこれからも戦に出て、力ある皇族であるという所を周囲に見せなければならないのだから。
帝国は正室の子が皇帝の座を継ぐのが決まっている。第一皇子と第二皇子は妾腹の出なので王位継承権がない。正室には第三皇子もいるが──これも『勇者事件』の影響で継承権がない、というか既にこの世にいない。
だから、とにかく第四皇子に頑張ってもらうしかないのだ。
「此度の戦も皇子の指揮のもと大勝利となった皇都には報告しておきましょう」
これが一番よい結果となる。実際の行動よりも一枚の報告書が大事なのだ。今のシーザリウスにとっては。
「さて、砦のことはだいたい目途が立っているようなので、私からよろしいですか」
クリフが口を開くと何事かと思い、その場の全員が口を閉じる。
「申し訳ないのですか、実家の父が倒れたようで、故郷へ帰ることを許していただきたいのです」
ん? と部屋の中が疑問の空気で満ちた。
確か、コンフォード卿は捨て子だったはず──と皇子と将軍たちが考える。
「領土の相続問題もありますので、なるべく早く戻りたいのですが──」
え? と部屋の中が更に疑問の空気に満ちる。
なぜ、領土? 領土相続? つまり、貴族?
「コンフォード卿、もしや貴公は貴族だったのか?」
「はい。そうですが?」
何を言っているんだという雰囲気になる軍議の間。
いやだって、捨て子で平民から将軍になって、それで、それで……
「す、すまない。兄上にこんなことを聞くのも馬鹿らしいと思うんだが、その、兄上は自分が貴族だと父上や他のものには言ったのか?」
シーザリウスがおっかなびっくり尋ねると、とうのクリフはシレッとした表情で──
「そういえば、言っていませんね。誰にも聞かれなかったので」
皇帝も素性は聞かなかったし、皇帝がスルーした以上、わざわざ追求しなくてもいいだろうという流れでここまできてしまった結果である。平民の子供をたわむれに拾ってみたら思いのほか才能があったというのが、ここまでクリフに関わってきた者たちの認識である。
「やばいよ、やばいって兄上。絶対やばいよ」
「殿下、人前でそういう言葉遣いはよくありませんよ」
「よくないのはアンタの素性だよ。どうすんだよ、コレ!」
発狂するシーザリウス。
ことは平民上がりの将軍が実は貴族の子息であるというだけでは終わらない。
これから先、帝国は大きな混乱に包まれることになるのだった。
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