舐めるな小娘
ウィルメット子爵はこの状況をピンチと考えていた。
吸血鬼が自分の娘を襲ってくることが? いや、そんなことなど大した問題ではない。名高い聖騎士ジェラルドと聖女クリスティアナがいれば吸血鬼など楽勝であると確信を抱いている。
それよりも問題はクリフ・コンフォードがこの場にいることだ。すでに地方領主たちの間ではクリフ・コンフォードが領地を継ぐかもしれないという情報が出回り、各地に伝わっている。
クリフ・コンフォード──飛ぶ鳥を落とす勢いの帝国の英雄で皇族との関係も深く、高位貴族にも伝手があるという。そのままであれば、かかわりなどもてない相手であるが、クリフがコンフォード家を継ぎコンフォード男爵となれば、また話が変わってくる。男爵であれば、爵位の近い貴族から嫁を取るだろうし、そうなればウィルメット家にも、もしかしたらがある。
自分の娘をコンフォード卿の嫁にできれば、ウィルメット家が今より反映するのは間違いない。だから、コンフォード卿には絶対に領地を継いで貰いたい。そのためにはさっさと、ここを出て行ってほしいのだが──
「吸血鬼討伐にはコンフォード卿の手も借りたいと思っております」
聖女がそんなことを言ってきて、ウィルメット子爵はぶちギレそうになった。
この女、私欲で動いていやがるな。貴族としてそれなりに人を見てきた経験のあるウィルメット卿は聖女クリスティアナがクリフに執心していることを見抜いた。
その思いが確信を抱くことはできないが、おそらく色恋だろう。いや、それ以外にもクリフに領地を相続させたくない理由があるのかもしれないが、それはともかく──
舐めるな小娘!
ウィルメット子爵は心の中でキレた。
吸血鬼退治などジェラルド殿と聖女殿だけで十分だろう。コンフォード卿をここに留めておく理由はなんだ! と叫んで問いたかったが、相手の方が立場が上なのでそれはできなかった。
そもそも冷静に考えれば聖女クリスティアナは今年で26歳。小娘と言える年齢でもないなと思うと思考は冷え切り、なんとかクリフをこの場から脱出させる算段をウィルメット子爵は考えるのだった。
「……ジェラルド殿、聖女殿、それに聖騎士団。そこにコンフォード卿も加えるのは過剰戦力ではないでしょうか」
おずおずと切り出してみるウィルメット子爵。
「いえ、吸血鬼に油断してはいけません。万全を期すためにもコンフォード卿の協力は必須です」
『勇者事件』で聖女が誑かされたせいで威信が地に落ちた聖神教会は評判を回復するために各地の魔族退治に力を入れている。手を抜かないのは当然だという調子で迫られたらマズイのはウィルメット卿だった。
「ウィルメット卿……狙われているのは貴方の御息女なのですよ。そのことを思えば、コンフォード卿の協力は願っても無いことのはず」
それを言われると弱いのはウィルメット子爵だった。
お前らだけで余裕だろうと言いたかったが、娘を思う父の立場としてはコンフォード卿がいた方がありがたいのは確か。
実際、クリフはアレクサンダー、ジェラルドと協力して真祖の吸血鬼を倒している。そこら辺のはぐれ吸血鬼など相手にならないだろう。
「ぐぬぬ」
「では、よろしいですね。コンフォード卿にも吸血鬼討伐に参加してもらうということで」
聖女はきっぱりと言い切ると軽やかにスキップして部屋を出て行った。
次の満月まで二週間。なぜ、吸血鬼はそんな先に襲ってくるなど予定を立てたのか。
ウィルメット子爵は吸血鬼が襲ってくることより、吸血鬼が立てた予定の方に腹を立てるのだった。
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