288
俺たちは、かすかにホコリを巻き上げながら進む馬車の映像を追った。黒笛の連中が乗っている馬車である。
俺の両腕にぶら下がったラウルとジークも、恐怖の震えは幾分おさまり、ようやく状況に集中しはじめていた。
風に乗り、俺たちは再生映像の馬車と同じ進行方向へ、およそ百メートル上空を静かに飛行する。
数十分が過ぎた頃だ。
「……止まったのか?」
ラウルが小声でつぶやく。
馬車が、森の奥にある荒れた石造りの遺跡の前で速度を落として停止した。
岩壁に半ば飲み込まれた古代の建造物。入口は洞穴のように真っ暗で、周囲には黒い旗が無造作に掲げられている。
「ここがアジトか……? かなり古い遺跡だな」
ラウルがごくりと喉を鳴らす。
映像の中で、黒笛の構成員たちが馬車から降り、魔石灯を手に遺跡の奥へ消えていった。
「ここがアジトで間違いない」
俺は再生映像を切り、現実の遺跡から少し離れた安全な木陰へ着地する。
「やれやれ、ほっとしたよ……空を飛んでる間は落ちるんじゃないかと気が気じゃなかった」
ラウルが地面を確認するように足踏みした。
「……さて、どう動く? 聖騎士団を呼びに戻るか? それとも、中の様子を確認するか?」
俺は周囲を警戒しながら、ラウルに相談する。黒笛の幹部たちがここに戻ったのは昨日の夜のことだ。奴らが今も中にいるかは定かでない。中に黒笛のメンバーが何人いるかで、俺たちは対応を変える必要があるだろう。敵の数がわからない状態で突っ込めば危険だが、誰もいない遺跡の調査に聖騎士団総出を呼ぶのも大げさすぎる。
「そうだな。……確認できればその方が良いが、確認しに行って捕まったら元も子もないしな」
ラウルは顎に手を当てて唸った。
「俺が中に入ってみようか?」
「いや。さすがにそこまでは頼めない。これは俺たち聖騎士の仕事だ。だがつかまって人質を取られるより、無駄になっても騎士団を連れてきた方が良いだろう」
「よし。それじゃあ、教会本部に戻って聖騎士団を連れてこよう」
「頼む。俺とジークはここで奴らの動きを見張る」
「任せたぜ。リーナとカイもここで待っててくれ」
二人も緊張した面持ちで頷く。
「……気をつけてね」
「ああ。すぐ戻る」
俺は深く息を吸い、詠唱した。
「ポータルシフト」
次の瞬間、ポータルシフトで教会本部に飛んでいた。
俺はすぐに、そばにいた神官に声をかける。
「本部長に伝えてください。聖騎士団の出動準備をお願いします。アジトを見つけました」
神官は息を呑み、すぐに頷いた。
「……! ただいまお呼びします!」
神官が駆け出していって数分も経たないうちに、シエル=アグナス本部長が早足で室へ入ってきた。後ろには聖騎士団長クラスと思われる重装鎧の騎士二人が従っている。
「卓郎殿。アジトの場所は?」
「王都北西の森の奥、古代遺跡です。黒笛十人以上が内部に入りました。魔法映像は昨夜のものですが、今も中に残っている可能性が高いと思います。今はラウルとジークが監視中です」
「……わかりました。すでに討伐隊の編成はできています」
本部長は隣の重装備の聖騎士に目配せをした。
「ゼノ団長、案内を」
第一聖騎士団長──ゼノは一歩前に進み、
手招きで俺を隣室へ導いた。
「第一聖騎士団長ゼノです。卓郎殿、こちらへどうぞ」
隣の部屋には三十名の聖騎士が緊張した面持ちでずらりと整列していた。
「転移魔法で瞬間移動をする手筈ですね」
ゼノ団長が俺に確認する。
「はい。全員、手をつないでつながってください。その状態なら、まとめて転移することができます」
言うや否やゼノ団長の号令が低く響く。
「全員つながれ!」
「は!」
すぐに鎧の音が一斉に跳ねた。聖騎士たちは素早い動きで互いの腕をつかみ、円形になるように少しずつ隊列を整えていく。
「つながったかー?」
ゼノが最後尾をぐるりと見回す。
「はい。つながっております!」
返ってくる声は力強く、迷いがない。
その様子に、さすがは第一聖騎士団、と俺も感心した。
「それでは転移しますよー! 1,2,3,……ポータルシフト!」
転移魔法の光が部屋いっぱいに広がり、
三十名の騎士とともに、俺の体は光に包まれた。
視界が白く弾け、次の瞬間、俺たちは森の奥――古代遺跡近くの木陰に出現した。
「……っ! びっくりした……」
「全員、無事か!」
ざわつく騎士たちを、ゼノ団長の一喝が静めた。
すぐ近くの茂みが揺れ、ラウルとジークが姿を見せる。
「お、おお……来たか!」
ラウルは大人数に目を丸くしつつ、俺に駆け寄る。
「戻ったぞ。何か動きは?」
「卓郎! 無事か。――動きはほとんどないな。さっき扉の前に見張りが一人出てきたが、また中に入った」
「てことは、中にいるってことだな」
「たぶんな。少なくともゼロじゃない」
「ふむ……奇襲にとっては悪くない状況ですな」
ゼノ団長が周囲を確認し、手を挙げる。
「第一聖騎士団、展開!」
「はっ!」
三十名近い騎士が、音を立てずに散開し、遺跡を包囲するように布陣していく。重装備なのに信じられないほど静かだ。
ゼノ団長が俺に向き直る。
「卓郎殿。内部の構造はわかりますか?」
「外からの映像だけなので、内部は分りません」
「そうですか。では、こちらで押し込み、奥で包囲殲滅を行いましょう」
「俺も入ります」
「助かります。――でも先頭は我々が務めます。卓郎殿には後方支援をお願いしたい」
「了解です」
「ジーク、お前も来い。ラウルは外で敵増援の警戒につけ!」
「は、はい!」
ゼノ団長と三十名の聖騎士に、俺とジークが加わり、遺跡の石扉の前に集結した。
「行くぞ!」
ゼノ団長を先頭に、ジークと三十名の聖騎士が突っ込んでいった。俺も最後尾からついて行く。彼らに任せておけば、ここは簡単に制圧するだろうと思っていた。




