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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第11話(2)

「Blowin’のプロフィールなんて何をどうしたって調べるのは簡単なの。それこそ誕生日だの血液型だのってのは、いくらでも情報が公開されてるの。……って、どうして目の前で会話出来るのに、誕生日ごとき調べなきゃなんないのよー」

 調べるなよじゃあ。

「そんでホントは誕生日プレゼントとか用意したんだけどな、あたし」

「え? 本当に?」

 驚いた。再びチューニングの手が止まる。

 目が合うと、上原は少し照れたように顰め面をした。

「ホワイトデーにお返しをくれもしない人にね、誕生日を覚えてもくれてない人にね、あたしはプレゼントをちゃあんと用意してたわけですよ」

「嘘。……ありがとう」

「まだあげてないよ」

「そりゃそうだけど。嬉しいじゃん」

 言いながらチューニング作業に戻る。本来こんなに時間がかかるわけはないのだが、いちいち手を止めてしまうので進みやしない。

 そうか……ホワイトデーか。ホワイトデーね……確かにそんなイベントが存在していたような気はするが、気が回らなかった。申し訳ない。

「え……大したものじゃないよ」

 急に、上原の声の元気がなくなる。その落差がおかしくなりつつ、今度はチューニングを続けたまま目だけちらりと上げた。

「別に。お前からロレックスのヨットマスターだのオメガのスピードマスターだのがもらえるとは俺だって思っちゃいない」

「……何でそんな具体的なの」

「欲しいなあと思ってるから」

「ちなみにいくら……?」

「ヨットマスターは70万だったかな。スピードマスターも俺が欲しいのは60万弱くらい」

「……」

「……だからお前にそんなの望んでないって」

 しょげたような顔になったのが可愛らしく思えて、俺はチューナーからシールドを抜きながら笑った。

「意外とブランドこだわる人?」

「全然。物が良ければそれで良いって人。けど時計とかそういうのは、高い物の方が物が良いことが多い。……まあ、高いだけで壊れやすいようなのも中にはあるけど」

 うー、と唸りながら上原は立ち上がると、隅の方に置いてあったリュックの中を漁った。小さな包みを手に戻ってくる。

「お誕生日おめでとう……」

「ありがとう。……開けて良いの?」

「あの……本当に大した物じゃないんだけど」

「良いってば。開けるぞ」

 なぜか堂々と宣言して、俺は封を開けた。直系15センチくらいの小さな袋に、柔らかな手触り。

「あ……」

 出て来たのはリストバンドだった。ギターを弾く時に、汗で指が滑らないようリストバンドを使う。Blowin’仕様のリストバンドを俺はいくつも持っているのだが。

「……俺の名前入ってる」

 上原がくれたリストバンドには、黒地に赤でBlowin’という名前が縫い込まれ、その下にKeisuke Kisaragiと名前まで縫い込まれていた。今年の西暦も縫い込まれている。

 とても実用的で、手触りもセンスも良くて、俺が素直に喜んで使いそうな物を考えてくれたように思えたことが嬉しい。

 実際問題、上原からヨットマスターなんかもらったら、引くだろう。どっかで借金でもしてるんじゃないかと気が気じゃなくて、使えたもんじゃない。

「あの、いっぱい持ってるとは思ったんだけど、いっぱい使うだろうから……」

「うん、凄い嬉しい、俺」

「……本当に? あの、気を使わなくて良いんだよ」

「どうして俺がお前に気を使ってあげなきゃいけないの」

「……そんなら少しくらいは使ってよ」

 とりあえずせっかくもらったので、俺はしていたリストバンドを外してつけてみた。良いじゃん。

「これ、名前とか入れてもらったの?」

「あ、えと、その……」

 なぜかしどろもどろになる。俺が返事を待っていると、観念したように赤くなって俯いて小さな声で言った。

「……たの」

「え? ごめん、何?」

「あたしが。……縫ったの」

 ……。

「えええ? 本当に?」

 言われてまじまじと見直す。上原が慌てて俺の視界を遮るように、両手を伸ばした。悪いんだが、何のブロックにもなってない。ひょいっと避けて、性懲りもなくリストバンドの縫い込みを見つめる。

「やだ、そんな見ないで」

「つったって……今ここで止めても、これもう俺のだもん。家帰ったら見ちゃうよ悪いけど」

「じゃあ返してッ」

「……くれたんじゃなかったの?」

「……そ、そうだけど」

 もごもごと呟いて俯く上原を放っておいて、俺は再びしみじみとその縫込みを見詰めた。

 凄い綺麗だけどな……。Blowin’なんて当然プロとして活動しているわけで、ちゃんとしたフォントデザインがある。それに則った縫込みだし、俺の名前や西暦もそのフォントタイプに合わせてあって違和感がない。

「凄いな。上原って器用なんだ」

「そんなことないけど……」

「だってこれプロみたいだよ。何でこんな綺麗に出来るのにチョコはあんなだったんだろうなぁ……」

「……喧嘩売ってるの?」

「素朴な疑問」

 答えてから改めて言う。

「でも、尊敬した、俺」

 本当に素直に本心から言うと、上原はようやく嬉しそうに、けれど少し照れ臭そうに笑顔を見せた。

「喜んでくれて良かった」

「うん。本当に凄い喜んでる」

 言って俺は立ったままの上原を見上げた。

「ありがとう」

「どういたしまして」


 それから俺は、1時間ほど、上原の練習に付き合った。

 元々アコギとキーボードで歌ってた上原は、完全な初心者ではない。コードも複雑なものでなければ抑えられるし、譜面も大体読める。加えてOpheriaが初心者バンドだからか、きっちりとスコアが書き下ろされていた。

 スコア自体さして難しくはない。と言うか……相変わらずアレンジがちゃちいと言うか……。

 最初に譜面を見た俺は、思わず唸ってしまった。

「……うーん……」

「如月さんが唸るような凄い譜面なの? これ」

「……ある意味」

「え、やだあ。凄い簡単かと思ってた。どの辺が?」

「アレンジのちゃちさが。思わずリアレンジしてあげたくなる」

「……」

 上原のわからないところを教えたり、直した方が良いあるいは変じゃないか?と思うところをアドバイスしたりしているうちに、時間はほぼ10時近かった。下のスタジオでは多分まだ、遠野のヴォーカル録りだろう。相変わらずその場で歌詞なんか変えてなきゃ良いが。

「今の時間だけでさあ」

 終了することにして、上原がギターをケースにしまいながら言った。ちなみに俺は来た時同様このまま下に持って降りるので、床に置いたままのチューナーだけ取り上げる。

「うん」

「如月さんは弾けちゃうわけ?」

 ……。

「弾けるけど……?」

「えー。弾いてー。聴きたいー」

「いーよ。んじゃお前、歌えよ」

「……やっぱりそう来る?」

「当然」

 まんまじゃダサくて俺のギタリストとしてのプライドが許さないので、適当にアレンジをしながらイントロを奏で始めると、パイプ椅子に座ったままの俺のまん前にしゃがんで覗き込んでいた上原が、妙ににこにこしながらギターに合わせて小さく歌い始めた。

 ……うん。やっぱり上原の声は好きだな。ナマで聴くのは随分と久しぶりのような気もするけど、前よりもまた、上手くなったかもしれない。

 何にせよ、上原の最大の武器は、声だよな……。歌唱力そのものは成長過程であるにしても、その歌声だけで、十分……。

 上原の声に半ば聞き惚れながら、歌をメインにするような感じで適当にギターのアレンジを完全にオリジナルのものにしてしまい、『元のアレンジはどこに行ったんだろう』というほどにギターのパートが変貌を遂げてしまったような気がしていると、歌い終えた上原が「うぅぅぅ」と抱えた自分の膝に顔を埋めた。

「お疲れ。何だよそれ」

「……曲が全然違うよ〜」

「アレンジし過ぎ? 俺」

「全然良かったよー。あたし、もう元ので歌える自信がない」

 それは俺の責任じゃない。

「……上原のさ」

「うん」

 ギターアンプの電源をオフにしてシールドを抜き取りながら、ふと思いついて尋ねてみた。

「好きな、『ホワイトロード』」

「……うん」

「あれ、歌ってよ」

「……えッッッ!?」

 しゃがみこんでギターケースのチャックを閉めていた上原は、俺の言葉に大声をあげ、挙句手を離したりしたので、ギターケースはギターを内蔵したまま倒れていった。……ああ、何てことを。

「楽器は大切にしましょう……」

「ご、ごめん……ってあたしのせいじゃないじゃん。如月さんが唐突に変なことを言うからじゃん」

「シンガーに歌を歌って欲しいと要求するのはそんなに変なことなのか?」

「如月さんがあたしに言う場合にのみ限り」

 何でそんなに困るんだろう。

 俺は頬をぽりぽりと掻きながら、あたふたとギターを助け起こしている上原を見た。

「何で『ホワイトロード』なの?」

「別に……。あの歌好きみたいだから。アルバムとかシングルとか聴く限り、何だか凄い根性入れて歌ってる感じするし」

「……そう?」

「うん」

 歌を聴いているだけで、あの歌に思い入れが凄くあるのがわかる。

 何度か聴いたので、一応歌詞の概要は今では俺も掴めていて……上原、そんな気持ちを伝えたい人がいるって言ってたよな。どうなったんだろうか。今も、その誰かを思っているんだろうか。

 そう思えば寂しい気もするが、それでもあの歌を歌っている上原の声は多分一番気持ちが良い。

「いいよ」

 言って、上原が立ち上がる。先ほどとは違って、真面目に歌うつもりがあるらしい。

 何かを訴えるような眼差しを一瞬俺に向けて、それから目を伏せた。リズムを取るように、思いを込めるように、そのまま瞳を閉じる。

 機材なんか通さなくても綺麗にスタジオに響き始めた上原の声に、俺は抜いたシールドを再びアンプに挿し込んで電源を入れた。驚いたように、上原が歌いながら目を開いて俺を見る。俺は小さく笑い返して、上原の歌を邪魔しないようギターを滑り込ませた。

 リバーヴなんかかけなくても、上原の歌が伸びやかに広がっていく。

 伝えたい、誰かへの想い。

 上原は、この歌を通して自分のそんな気持ちを見つめていたりするんだろうか。

 うるさくならないよう、コードのカッティングと緩やかなアルペジオだけでほとんど形成されたギターを鳴らしながら、上原と2人でこの曲を奏でている今が、妙に不思議な気分だった。

 上原の声に、引き込まれていく。

「……どうしたの、突然」

 歌い終えて、溜め息のように息を吐きながら上原が俺を見る。

 歌ったことでテンションでも上がったのか、微かに顔が紅潮し、優しげな目が少し潤んで見えた。

「ありがとう。良かったよ」

「……ううん」

 答えずに、再びアンプの電源を落とした。シールドを巻き取って、今度こそ本当に片付ける。

 上原の、白い軌跡の上を一緒に歩いていきたい人って……誰なんだろうな。

「うまく、いきそうなのか」

 もう後は出て行くだけ、という状態で、俺は椅子に座ったまま尋ねた。上原は、その辺に散らかしてあるペットボトルだのハンドタオルだのを、何だかやたらと懸命にリュックに詰めている。

「え?」

「『ホワイトロード』の誰か」

「……えッ」

 驚いたように振り返り、上原は俺を凝視した。顔一面に「何で知ってるの?」と書かれても……お前が前に自分で俺に言ったろう。

「そんなこと言ってたじゃん。前に聴かせてくれた時」

「……あー……そうだっけか?」

「うん」

 それきり上原は、しばらく無言だった。

 別に強制して吐かせるようなことでもないし、言いたくないなら別に構わない。……いや、聞かなくて済むのなら、本当は聞きたくないのかもしれない。

 答える気配のない上原に、俺は巻いたシールドとギターを持って、立ち上がった。

「行くか……」

「……うまく、いかないよ、多分」

 ぽつりと、上原が突然答える。

 無言で上原を見下ろす俺に、座り込んだままでどこか泣きそうな笑顔を向けた。

「だって、あたしのこと何とも思ってないもん」

「そうなの?」

「付き合ってはないみたいだけど、良い感じのコとかいて」

「え?」

「口、ちょっと悪いけど、でも、や、優しくしてくれて……いろいろ、相談に乗ってくれたりもして。忙しいのに、あたしのワガママに時間を割いてくれたりもしたし」

「……?」

 その、どこか必死に言い募る顔に、言葉に、何かが引っ掛かったような気がして、そっと首を傾げる。上原は、構わずに続けた。……泣き出しそうなまま。

「バレンタインにチョコあげたら、『まずい』とか言いながら、だけど、全部、食べてくれた」

「……」

「クリスマスに、プレゼント、くれたりした……」

―――――え?

 一瞬、思考が止まる。






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