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73:約束

 エリザに手を引かれながら、シノは村の道をひた走っていた。目指しているのはもちろんメリッサの待つ家だ。家が近づくまでの間、言い知れぬ胸騒ぎが彼女を襲い続ける。

 数分後、息を切らせながら家へと辿り着いたシノは、半開きになっていた玄関から中に入ると、急いで奥の部屋を目指した。部屋の中からはざわついた話し声が聞こえており、ただごとではない様子だ。


「おじさん、おばさん! シノさん連れてきたよ!!!」


 エリザがそう言うと、そこにいた全員がこちらを振り返った。部屋の中にいたのはシンシアとウィルに加えて、医者のアレク。そして、三人が囲んでいるベッドに横たわっていたのは――――――――




「――――――――メリッサちゃん!!!」




 見るからに弱々しくなっていたメリッサの姿。口元には血を吐いた形跡があり、息もか細くなっているのが医者ではないシノにも容易に分かった。つい昨日まであんなにも元気な姿を見せていたというのに、どうして……


「メリッサ、シノさんが来てくれたわよ! ほら、見える……!?」


 両親とアレクに促され、シノは横たわる彼女に寄り添うようにしゃがみ込む。エリザはその反対側から、親友の様子を泣きそうになりながら見守っていた。すると琥珀色の瞳が薄く開き、覗き込んでいるシノの銀色の瞳と真正面から合う。


「きて……くれたんだね。シノ、さん……。嬉しいなぁ……」


 僅かな笑みを顔に浮かべたメリッサは、息を途切れさせながらもシノに言葉をかけた。それを聞いた彼女はほとんど反射的にメリッサの小さな手を握りしめる。まだ暖かさこそ残ってはいるものの、どう考えても元気な人のそれではなかった。


「うん、そうだよ……! もう少しで、楽しみにしてた学校だって始まるんだよ! だから……」


 若干涙声になりながらシノが語り掛けるが言葉が上手く続かない。そう、あともう少しなのだ。つい一か月前にこのことを伝え、あんなに嬉しそうに。楽しみにしていたことが。


「そう、だね……。みんなに……追いつけるように……頑張るんだもん、ね……」


「メリッサ……二人で一番になるって言ったじゃない……っ!」


 エリザはついに涙を流しながら彼女に訴えかけた。一緒にシノの元で学んで、村で一番になるという約束をしていたのだ。だがそれは、彼女が元気でなければ果たす事はできない。その間もアレクは医者として手を尽くし続けているが、容体が良くなる様子は見られなかった。

 そうこうしているうちにメリッサは更に咳き込み、また少し血を吐いてしまう。


「……! メリッサ、しっかりするんだ……っ!」


 ウィルは娘の手を握り、シンシアは自分の手に血が付くのも構わずに小さな顔を両手で包み込む。母親の方を見たメリッサは力無く笑みを浮かべていた。


「ごめん、ね……お父さん、お母さん……。私……頑張れなかった……」


「そんなことない……そんなことはないのよ、メリッサ……!」


「今までずっと、頑張ってきたじゃないか! これからだって、きっと……!」


 小さい頃から病弱で、何度も倒れながらも周りに笑顔を振りまいていた彼女のことを誰が頑張っていなかったというだろうか。彼女の存在によって、ここにいる全員がどれだけ力を貰ってきたことだろうか。

 ウィルとシンシアが励ましの言葉をかける中、メリッサは改めてシノの方を向く。そして、今できるであろう彼女にとって精一杯の笑顔を見せると、こう言ったのであった。




「シノさん……。私の先生に……なって、くれて……ほんとに、ありがとう……っ」




 笑った際に細めた目から一筋の涙が流れ落ちる。それを見たシノは、両親が握った手の上から重ねるようにメリッサの手を包み込むと、自身も目に涙を浮かべて何度も何度も頷いてみせた。

 その場にいた全員はそのまましばらく、眠っているかのようなメリッサの顔を見ていたが、少し時間が経った頃、シンシアが何かに気付く。



「……メリッサ? メリッサ!!!」



 小さな身体を軽く揺すってみるものの、反応がない。ウィルも同様にしてみるが、結果は同じだった。するとその後ろから顔を俯かせたアレクが割って入り、首元に手をあてた。数秒ほどの後に彼は両親、シノ、エリザへ順々に顔を向けると、ゆっくりと首を振ってみせる。





 メリッサは静かに。ただ静かにその息を引き取っていたのであった。





 その事実を認識した途端、シンシアとウィルは横たわる身体を抱き寄せるともはや堪えることなく涙を流し始める。その光景を見て、アレクは額を押さえるような仕草を取った後、二人の肩に手を置いた。


「そんな……メリッサちゃん……っ!」


「いやだ……いやだよ! ねぇお願い、目を開けてよ! メリッサ!!!」


 シノは膝をつくと両手を口で覆い、目から大粒の涙を零した。そしてエリザは、たった今訪れた親友の死を受け入れることが出来ず、メリッサの身体にしがみつくながら泣き喚く。だがそれでも、もう彼女が目を開けることはなかった。


 それほどまでに、ベッドの中で横たわる彼女はただ眠っているだけかのように見えていたのだから。


「今まで……よく頑張ったね、メリッサ……」


 今までこうして何人も看取ってきたであろうアレクは、眠るような表情のメリッサを一瞥するとそう言葉をかける。それには、医者として救ってあげることが出来なかった悔しさと、病気と闘っていた彼女に対する敬意の念が込められていた。


「先生……本当に、お世話になりました……っ」


 シンシアとウィルはアレクへ顔を向けると、深々とお辞儀をする。それに対して彼は何も言わずに軽く頭を下げて応えた。救えたとしても救えなかったとしても、医者として当然のことをしてきたまでだ。



 ――――――――こうして一人の小さな女の子は、皆の前から静かに旅立っていったのであった。



 ◇



 翌日。皆が別れを惜しむ中メリッサの葬儀が行われ、改めて最後の別れを告げる。棺の中の彼女は相変わらず眠るような表情をしており、また朝が来れば目覚めるのではないかと思えてしまうほどだ。

 両親に付き添われたエリザは、葬儀の最中ずっと泣いていた。誰かが亡くなるという経験をまだしたことがないのだから当然といえば当然だろう。昼に差し掛かった頃に葬儀は終わり、村外れにある墓地を皆が後にしていく。そんな中、シノは真っすぐ家へ帰ることなく、とある場所を訪れていた。


「――――――――明日からみんな、此処に通うことになるんだよね……」


 それは改装がすっかり終わった村で初めての学校。既に子ども達へのお知らせは済んでおり、明日からついに授業が始まることになっていたのだ。だが――――――――




「……メリッサちゃん……ぐすっ……」




 その授業風景にあの子の姿が混ざることは、もうない。葬儀の間ずっと堪えていた涙が溢れ、シノの頬を伝って落ちた。教壇に立って教室を見回すと、とても広く静かに感じられる。まるで昨日今日の出来事すらなかったかのように。するとその時、


「……!?」


 何かを感じ取ったシノは、殆ど反射的に子ども達が使う机の方を見た。そこに小さな女の子が座っていた――――――――ように見えたからだ。それは一瞬で消えてしまったが、果たして幻だったのだろうか?

 どうやら自分でも思った以上にシノは精神的に参っているのかもしれない。明日から大事な仕事が始まるというのに、しっかりしなければ。


(いるわけ……ないか)


 今これ以上此処に居ても変な感傷に浸ってしまいそうだと考えたシノは長く息をついた後、教室を出ていこうと出口へ身体を向ける。だが、誰かがそこから入ってくるのが見えて足を止めた。


「シンシアさんに、ウィルさん……!?」


 メリッサの葬儀を終えた後別れたはずだったのだが、まだ用事が残っていたのだろうか? シノがいたことに驚きつつも喜んだ二人はお辞儀をした後歩み寄ってくる。


「やっぱり此処にいらしてたんですね、シノさん」


「本日はご参列して頂き、ありがとう御座いました」


「いえ、そんな……改めてお礼を言われるほどでは……」


 どうやら二人は、シノが此処にいるであろうと思って学校へ足を運んだようだ。何の用事だろうと思ったシノが訊ねてみると、


「あの子の部屋を片付けようとしていたら、こんなものを見つけまして……」


 そう言いながら、シンシアは何かを取り出してシノに手渡してみせた。それは――――――――




「これは……手紙……?」




 口の閉じられていない封筒に入れられた、一枚の手紙と思われるもの。綺麗に折りたたまれていたそれは、まだ新しいものであることが伺えた。一体誰に宛てたものなのだろうかと考えていると、ウィルが言葉を継ぐ。


「シノさんの名前が書いてあるのが見えたのでもしかして……と思ったんです」


 もちろん二人は手紙など書いてはいない。それがメリッサの部屋にあったということは、つまりこれは……


「読んでみても……いいですか?」


 既に若干手が震えているシノが訊くと、シンシアとウィルは同時に大きく頷いた。封筒から手紙を取り出し、おそるおそる開いてみる。




『大好きなシノさんへ』




 手紙の一番上にそう書かれていたのを見た途端、シノはこれが自分に宛てたものであることを理解した。まだ覚えたばかりの拙い字ではあるものの、間違いなくメリッサが書いたものだ。

 そしてその下には、短い言葉でこう綴られていたのであった。






『立派な先生になってください。いつまでも応援しています』






 その短い文を読む僅かの間で、あの子と過ごした思い出の日々が、走馬灯のように脳裏を過っていく。

 たとえ病に臥せていた時でも。一日中寝たきりになっていた時でも。決して笑顔だけは忘れなかった一人の女の子との思い出が。


「……っ」


 手紙を読み終えたシノはそれを両手で抱きしめると、銀色の瞳から大粒の涙を止め処なく溢れさせ、ただ静かに泣いた。最後に残してくれたメリッサの想いを、心に刻みつけるように。そうして泣きながらも、シノの表情は次第に柔らかい笑顔へと変わってゆき、




「そうだね……。約束、したからね……!」




 小さく頷いた後、決意を込めた言葉を口にする。教師として活躍する自分の姿を願ってくれているあの子のために。


「お二人共、ありがとう御座いました……っ」


 シノは涙を拭くと顔を上げ、精一杯のお礼を込めて深々とお辞儀をした。それに対してシンシアとウィルは少し瞳を潤ませながらゆっくりと首を振ると、言葉を返す。



「いいえ……! お礼を言うのは、私達の方ですわ。シノさんが傍にいて勇気を与えて下さったから、あの子はこの歳まで生きることが出来たんです」


「最後に、あなたのような素敵な先生に巡り合うことが出来て……メリッサは、幸せだったと思います」



 メリッサは産まれた時、五歳まで生きられれば良い方かもしれないと告げられていた。その診断を下さなければならなかった担当医のアレクを含め、当時は誰もがショックを受けていたのをよく覚えている。

 しかし、娘の命を諦めなかったシンシアとウィルの尽力も手伝ってか、メリッサはその倍もの年数生きていてくれたのだ。自分がその手助けを出来ていたのなら、これ以上嬉しいことはないだろう。



「……はい!」



 笑顔でそう答えたシノの顔には、ついさっきまでの悲しみに暮れた様子は残っていなかった。これ以上泣いてばかりいては、あの子に笑われてしまうかもしれない。それはさすがに恥ずかしいし、何より立派とは言えない。

 シノの言葉に応えるかのように、三人の間を一筋の優しい風が吹き抜けて窓の外へと消えてゆく。シノは窓辺から晴れ渡った空を見上げると、想いを馳せるかのようにそっと目を閉じたのであった。



 ――――――――そして、その翌日。



 朝の日課をいつもより早めに終わらせたシノは学校の前に立っており、次々とやってくる村の子ども達を出迎える。メリッサと仲の良かった子にはまだ悲しさが見え隠れしているものの、お互いに励まし合っているのだろうか。みんな強い子達だなと、シノは心の中で改めて思う。


「おはよう! シノさん!」


「おはよー!」


「うん、おはよう! ちゃんと遅れずに来れたね。偉いぞみんな!」


 皆と挨拶を交わす中、シノは周囲を見回してとある人物を探していた。まだエリザの姿が見えないのである。特に悲しんでいた彼女は、昨日の夕方から両親と協力して必死に宥めたのでなんとか大丈夫だとは思いたいのだが……


 などと考えていると、少し遠くに見えていた森の訪れの扉が勢いよく開き、これまた勢いよく一人の女の子が全力で走ってくるのが見えた。かなり慌て気味ではあるものの、シノの姿を見つけると元気よく手を振る。


「――――――――おはよう、シノさん!」


「おっ、ギリギリセーフってところかな? 一番になるはずの子が最後とはねー」


「こ、これから一番になればいいのっ!」


「ふふふ、そうだね」


「……メリッサと約束したんだもん。私……あの子の分まで、頑張るから!!!」


「……うん! その意気だよ、エリザ!」


 どうやらシノの心配は無用だったらしい。確かに、親友の死はとても辛く悲しいものだ。しかしそれを乗り越えるだけの心を、まだ幼いながらに彼女は持っているのだと。これはますますシノも、悲しんでばかりはいられないだろう。

 エリザに続いてシノも教室の中へと入ると、三十人近い生徒を教壇から見渡した。皆、これからの日々が楽しみという表情一色に染まっているのが見ただけでわかる。


「さぁ、みんな揃ったかな? それじゃあ――――――――」


 村で初めての学校。そして此処にいるのは、初めての教師と生徒達。朝陽が差し込む教室内に、その第一声が響き渡ったのであった。




「――――――――今から、授業を始めます!」

約二年ぶりに投稿を再開した本作。

その第三部における最初のエピソード、いかがでしたでしょうか。


また急な話ではありますが、再びここで一時停止とさせていただきます。

次回更新をお待ち頂けたら幸いです。


ここより以前の話をまだ読んでいない! という方は是非ご覧になって感想などを書いて頂けるととても励みになります。


それでは、一旦失礼致します。

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