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69:遠き日への報告

 気付けば、季節はあっという間に冬の後半を迎えるかという時期になっていた。


 かなり久しぶりの王都行きをしたかと思えば、持って帰ってきた土産は英雄というとんでもない称号で、それを知られるや否やクラド村は文字通りの大騒ぎ。今までにないお祭りムードをなんとか落ち着かせるまでたっぷり一週間以上はかかっただろうか。

 


「――――――――さぁちびっ子達! 私の武勲を崇め称えるがいいわっ!」



 ―――――――――とまぁ、中にはそのムードから未だに抜けてない者もいるようだが。

 ともあれ、当事者であるシノ達には変わらない平和な日常が戻りつつあった。学校も再開したため、いつも通りの冒険者兼教師の姿がここにはある。

 だが、彼女を見る子供たちの目がいつもよりキラキラしていたのは多分気のせいではないだろう。そればかりはどうしようもないのでなるようになると思っておく他ない。

 そんなこんなでいつも通りの教師仕事を終えたシノは、いつも通り森の訪れへとやってきていた。


「戦勝のお祭りムードもやぁーっと落ち着いてきた感じかなぁー」


「ふふふ、第一報を聞いた時のローザさんの慌てっぷりは凄かったですよねー」


「あ、当たり前じゃないですか! 私じゃなくても誰だって驚きますよっ!」


 割と辺境にあるクラド村でさえ、王都からの報が入ってくるのに時間はそれほどかからなかった。ある日普通に店に来ると、その瞬間に凄い勢いでローザが駆け寄ってきたのがまるで昨日のことのようである。


「だって成り行きでああなっちゃった感じだし……。英雄になったよー! なんて柄でもないじゃない?」


「シノさんは相変わらず謙虚過ぎるというか……セリアさんに聞かせてあげたいくらいですよ」


 まさに現在進行形で武勲を威張っているであろう彼女を思い浮かべつつ、リエルはため息交じりに苦笑した。噂された当の本人は今頃盛大にくしゃみでもしているのだろうか。


「とにかく! あまり重大なことはもう隠したりしないでくださいね!」


「まぁ……もう隠したくても隠せないとこまで来ちゃってるからね」


 シノはそう言いつつ、目線を店の壁へと移す。そこには何やら張り紙がされているのが見えた。リエルはそれを見つつ、少し可笑しそうにクスッと笑う。その張り紙にはこのようなことが書かれていた。




"英雄シノ・ミナカワ 記念碑建立予定"




 第一報が飛び込んできた当初は銅像を建てたいみたいな話も出たらしいが、さすがにそれだけはやめてほしいとシノが何とか要望して押しとどめはしたようだ。それでも建つ物はちゃんと建つみたいだが。


「さすがの私でもこれだけは断り切れなかったからねー」


「こうして自分の名が刻まれるというのはとても誇らしいことですよ!」


「これからは英雄が住む村なんて呼ばれたりするのかな?」


「シノさんがこの村に来たっていう百年前からは想像もつかない飛躍っぷりですね……」


 なんだか感慨深そうにリエルが呟く。最初は普通の辺境の村だったというのに、そこにペリアエルフが住み。精霊が住み。更には英雄まで輩出してしまった。これは世界有数の凄い場所になってしまったのではないだろうか?

 とはいえ、クラド村はもともと観光地でも何でもないため来た人は拍子抜けしてしまいそうなのも密かな心配ではあるが。


「シノさんの記念碑を一目見たいという方がたくさん来るかもしれませんよ?」


「う、うわあ……それはなんだかやっぱり恥ずかしいなぁ」


「もう……そんな弱気になっていたらお母さんに笑われてしまいますよ」


 ローザの言葉を受けて、シノの頭には彼女の母親であるエリザが笑い転げる姿が容易に浮かぶ。シノはいかんいかんと首を何度か振ると雑念を取り払った。


「それにしても、英雄かぁ……未だに私自身、信じられないよ」


「まさにお話の中のような存在ですからね……私も国王様に表彰されるなんて思いませんでしたし」


「それも含めて、精霊であるリエル達にとっても異例だったかもしれないねー」


「私達が栄誉を授かるといえば、基本的に大精霊の方々からですからね」


 リエルはどうなのか分からないが、セリアに関しては自身が使えるイフリートからの称賛を誰よりも心待ちにしていそうだ。そのまましばらく話を続けていると、ふとシノはどこか遠くを見るような表情に変わる。



「……もし、あの子にこのことを伝えられたとしたら、どんな反応をしたんだろうなぁ」



 それは何かを懐かしんでいるようで。それでいて儚げにも聞こえる言い方だった。そんなシノの様子を見たリエルは首を傾げてしまう。何か言葉を継ごうとしたが、その瞬間――――――――



「――――――あの子。っていうのはもしかして、メリッサのことかい?」



 いつの間にか店のカウンターに立っていたローザの母親――――――――エリザの声が割り込んでくる。それに気づいたシノは反射的にそちらを向くと目を丸くして驚いた。


「うわっ、びっくりした! よく分かったねエリザさん?」


「あっはっは、シノさんとは長い付き合いじゃあないか! それぐらいわかって当然ってもんさ」


 さすがは村の最年長者であるシノと対等どころかむしろ一歩上を行くだけはある。いつも通りの快活な笑い声と共に人の良い明るい笑顔を向けてきた。

 急に飛び出したメリッサという名前に覚えがないリエルは、シノにその事を訊ねてみる。


「メリッサちゃんは、私の教え子だった女の子だよ。もうずっと昔のことだけどね」


「ずっと昔、というと……」


「もうかれこれ五十年ぐらいは前だろうねぇ。今となっては懐かしいもんさ」


 天を仰ぐような仕草をしつつ、エリザは昔を懐かしむ。ここに居るローザはおろか、リエルでさえもまだ生まれていない頃の話だ。当のエリザの年齢は五十代後半なため、


「ということは、エリザさんと同年代の……?」


「ま、そういうことになるねぇ。幼馴染ってやつさ」


 続けて訊いたリエルに対して彼女は頷く。昔の教え子だったということは今は別の場所にいるのだろうか? 少なくともクラド村にメリッサという人物はいなかった筈なのだから。

 そんなリエルの更なる問いかけに対して、シノはちょっとだけ言いよどんでしまう。というのも、



「メリッサちゃんは……昔、病気で亡くなっちゃったんだよ。まだ小さい頃にね」



 こういった理由があるからだった。それを聞いたリエルはまさかの答えに慌ててしまう。この村に居ないどころか、既に亡くなっていただなんて思わなかったからだ。


「……! ご、ごめんなさい! 辛いことを思い出させてしまいましたか……?」


「ううん、そんなことはないよ。むしろあの子との間には楽しい思い出ばかりだったもの」


 殆ど反射的に頭を下げてしまっていたリエルだが、シノはそんな彼女の様子を見て苦笑する。故人を語るのは辛いことだと思っていたが、今回のシノの場合はそういうわけではないようだ。それを聞いて少しは安心したのか、リエルはほっと胸を撫で下ろす。


「私に焼きもち焼かれてたこともあったねぇー……。どっちがシノさんに遊んでもらうとかで取り合ったりもしたもんさ」


 幼き日のエリザがシノを取り合っている様子が浮かんだのか、ローザとリエルは顔を見合わせて苦笑した。なるほど、この人なら普通にそういうことがありそうだと。


「じゃあ、今日はこれからあの子のお墓参りかい?」


「そうだね。村に帰ってきてしばらくはバタバタしてて、その暇もなかったから……」


「うんうん、久しぶりにシノさんが来てくれたらきっと喜んでくれるはずさ。なんたって、英雄様だからね!」


「だーかーらー、その呼び方はやめてってこの前も言ったでしょ」


 これはもうしばらくの間はエリザを含む顔なじみ達にイジられてしまいそうだ。言っても多分止まらないと思うので、そこは仲良しのよしみでよしということにしておこう。

 今日は昼から完全に時間も空いていることだし、村外れにある墓地へ向かうためシノは席を立ち店を後にしようとした。その時――――――――


「あ、あの! シノさん!」


「? どうしたのリエル?」


「もしよかったらその子の……メリッサちゃんのお話を、聞かせて頂けませんか?」


 リエルに呼び止められ、店を出ていこうとする足を止めたシノ。てっきりまた謝られるのかと思いきやそうではなく、件の彼女――――――――メリッサについて話して欲しいというのだ。

 おそらくお墓参りにはリエルもついてくるだろうし、その前に話しておいたほうがいいかもしれない。その方が思いも馳せやすいというものだ。


「うん、わかったよ。じゃあ……少しだけ昔話といこうか」


 くるりと振り返ったシノは改めて席へ戻ると大きく息をつく。当時を知るエリザも交えた三人が見守る中、シノはゆっくりと語り始める。


 ――――――――それは今から約五十年前。

 彼女がクラド村で、教師としての仕事を始める少し前のお話であった。

大変お久しぶりです。作者です。

およそ2年ぶりほどの最新話投稿となります!


書けているストックが殆どないので、第三部冒頭の数話だけとなりますが、

更新をしてく予定なので、お待ち頂けると幸いです。

引き続きよろしくお願い致します。

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