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エピローグ

 その後、陛下がオリビアとテニエス侯爵を罰することはなかった。

 あの翌日にテニエス侯爵自ら、嫡男に爵位を譲って隠居すること、オリビアをテニエス家の籍から抜くことを願い出て、それが認められたためだ。


 側近たちが仕入れてきた噂では、オリビアは修道院に入ったとか、領地に引っ込んだ両親が匿っているなど様々な憶測があるようだが、真相はわからなかった。




 私は、クレメンスとしてオリビアと結婚する予定だった日に、コルネリアとしてレオンハルトと結婚した。


 すでにこの国の貴族ばかりでなく、我が国に駐在する各国大使にも結婚式の招待状が送られ、国の内外に王太子の結婚を報せてしまっていたための措置だった。

 結婚式の準備を進めていた者たちは、3か月前での急な変更に大いに慌てただろうと思うと申し訳なかった。


 もともと私が着るはずだったクレメンスの花婿衣装はまだデザインと布地が決まっただけだったので、レオンハルトに合うものを選び直した。

 一方、私の花嫁衣装は、途中まで出来上がっていたオリビアのためのドレスを私用に直してもらった。

 レオンハルトは不満そうだったが、時間がないし、無駄な出費はすべきでないということはもちろん理解してくれた。


 物理的な準備は周囲によって整えられていったが、私は3か月間政務に追われ、心の準備をする暇もなかった。

 レオンハルトは相変わらず仏頂面が基本だった。側近としては常に側にいるものの、しばらく私の護衛が強化されたこともあって、ふたりきりになる時間はほぼ取れなかった。


 そんなこんなで不安ばかりが膨らんだが、いざ衣装を身に纏い、大勢が見守る前で笑みを浮かべたレオンハルトの手を取ってしまえば、心は揺らがなかった。

 これからもレオンハルトを信頼してともに歩くだけだ。


 同じ日に、私の立太子の儀も行なわれた。

 すでに3か月前からコルネリアの名で王太子の執務にあたっていたが、これで名実共に私が王太子の位に就いた。


 当然、母上はどちらにも出席したが、それはあくまで正妃としての役割を果たしているに過ぎなかった。

 今も母上の世界にコルネリアは存在していない。


 レオンハルトは私の好きにして良いと言ってくれたが、私はあれから毎日ドレスを纏い、髪も伸ばすことにした。

 レオンハルトよりも母上を意識してのことなのは自覚している。


 言葉使いだけはクレメンスの頃のままだ。




 結婚式の後、私はレオンハルトと新婚旅行を兼ねた国内の視察に出掛けた。

 視察先には、王家直轄領の新橋の工事現場を入れてもらった。


 現場では、川の流れを一時的に変えて基礎を築く作業中だった。

 あの日以来で姿を目にした兄上は、穴掘りをする工夫たちの側で壮年の男性と何か話していた。あれがメルケル氏だろうか。


 しばらく工事の様子を眺めていると休憩時間になったらしく、工夫たちが岸のほうへ引き上げてきた。

 どこからか現れた女性たちが、彼らに飲み物や軽食を配っている。


「コルネリア」


 呼ばれて振り向けば、やはり飲み物を手にした兄上がこちらに歩いてくるところだった。


「兄上、お久しぶりです。お元気そうですね」


 王宮で暮らしていた頃よりも、兄上は活き活きして見えた。


「おまえもな」


 簡単に近況を報告しあったり工事の進捗状況を聞いたりしてから、私は兄上に尋ねた。


「彼女たちは工夫の家族ですか?」


「いや、食事なんかの世話を頼んでいる、近くの村に住む女たちだ。このあたりには食堂なんかないからな」


「ああ、なるほど」


 確か、すべての工夫を収容できるだけの宿もなかったので、大量のテントを張って宿舎にしているのだ。


 笑顔で工夫たちの相手をしている女たちは、皆、働き者といった感じだ。

 王太子の視察は知らされていなかったらしく、こちらを見て首を傾げている者もいた。


 ふと、私の視線がその中のひとりの横顔に吸い寄せられた。他の女たちと似たような平民の服を着ているが、私が彼女を見間違えるはずがない。

 彼女も私の視線に気づいたのかこちらを向き、だがすぐに顔を背けて他の者たちに紛れ、見えなくなってしまった。


 私は堪らず尋ねた。


「兄上、あの中にオリビアがいるのは私の気のせいでしょうか?」


「いや、いるぞ」


 顔を顰めつつ答えた兄上に、私は目を見開いた。


「陛下の前であんなことを仰っていたのに、夫婦になったのですか?」


「違う。あいつが勝手に来ているだけだ。俺は迷惑している」


 兄上は私に背を向けて、川のほうへと歩いていってしまった。


 隣のレオンハルトをチラリと見上げると、まったく関心がなさそうな仏頂面だった。


「あのふたりのことが気になるようだな、王女様。いや、王太子様か」


 ニヤニヤしながら近づいて来たのは、見覚えのある男たちだった。


「教えてやろうか?」


 レオンハルトがやめろと言うように私の手を軽く引いたが、私は工夫たちのほうへ踏み出した。叱言は馬車に戻ってから甘んじて受けよう。


「教えてくれ」


「あのお嬢様、しばらくは親たちと領地にいたらしい。それで、猶予をやるから身の振り方を考えろと言われた。平民と結婚するか、修道院に入るか、このまま死ぬまで隠れているか」


 私が頷くと、話し手が変わった。


「で、お嬢様も渋々考えてみたんだが、考えれば考えるほど思い浮かぶのは、リアンの顔だった。それでここに来たわけだ」


「オリビアは今、どこに住んでいるんだ?」


「すぐそこに離宮があるだろ。父親がそこで働く知人に頼んでくれて、その家に居候してるそうだ」


「最初はただここに来て見てるだけだったが、リアンに働かないやつは来るなと言われ、村の女たちを手伝いはじめた。今では俺たちの宿舎で洗濯や掃除にも加わっているらしい。他の女たちの3倍は時間がかかるうえ、やり直しになることも多いそうだがな」


「それでも逃げ出さないのだから、オリビアは本気なのだな。兄上のほうはどうなんだ?」


「邪険にはしているが、追い返しはしないからな。満更でもないんだろ」


 結局のところ、本当は兄上とオリビアがどんな関係だったのかはわからないままだ。しかし、皆の前で本音を言い合っていたふたりは、実はお似合いなのではないかと私は考えたものだ。


 多くの友人を持つ兄上はともかく、オリビアにとって兄上のような存在は貴重だろう。

 私はオリビアに甘えてばかりだったが、本当はオリビアにこそ本音で叱り、時には甘えさせてくれる相手が必要だったのだ。


 それに何だかんだ言って、兄上はオリビアを心配していたのだと思う。

 あるいは、妹である私に向けたのと近いものだったのかもしれないけれど、兄上にとってオリビアがただの妹のような存在ならば、最後に人前であんなことはしなかったはずだ。

 少なくとも、私は夫婦になるまでレオンハルトにあんなことはされなかった。もちろん、これはふたりきりになってからの話だが。


「おい、休憩時間は終わりだ。さっさと働け。コルネリア、おまえはそいつらとくだらないお喋りをするために来たのか? だったら、もう帰れ」


 兄上の怒鳴り声で工夫たちが慌てて動き出した。

 私も急いで兄上のもとに向かう。


「いえ、兄上の師匠にお会いしたいのです。是非、兄上のお話を伺いたい」


「俺の話より工事の話を聞けよ」


「ですが、陛下にも頼まれておりますし」


 私が言うと、兄上が嘆息した。


「まったく。とりあえず紹介してやるから来い」


「はい」


 私はレオンハルトの手を引いて、歩き出した兄上の後を追った。

お読みいただきありがとうございました。

想定していたよりだいぶ長くなりましたが、ようやく完結できました。

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