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21 彼も嫉妬をする

 扉が閉められると同時に溜息を零したが、モヤモヤした気持ちが胸のあたりに留まった。


「殿下、無駄な時間を費やしたのですから、さっさと机に戻って仕事をしてください」


 そう言われて振り向くと、レオンハルトはもとの仏頂面に戻っていた。


「勝手に無駄と決めつけるな。まだオリビアに聞きたいことも言いたいこともあったんだ。それなのにおまえがあんな言い方をするから、オリビアが腹を立てて出ていってしまったではないか」


「私はもっと早く追い出すべきだったと思っていますが、どちらにせよ私の責任にしないでください。先に彼女を怒らせたのはあなたでしょう」


 声に苛立ちを滲ませたレオンハルトに、私も眉を寄せた。


「私にも思うところはあったが、穏やかに話し合えるよう心がけた」


「声や態度はともかく、姉上が仰ったことは充分にテニエス嬢を刺激していましたよ」


 マティアスからの指摘に私が首を傾げると、レオンハルトが続けた。


「妃教育を受けただけのただの小娘に、いきなり政務をさせるなど無茶です。この国を潰すおつもりですか?」


「テニエス嬢は賢い方だと聞いていましたが、先ほどの様子だとあくまで知識を蓄えることに関してだけで、それを正しく使う能力には欠けるようですね。政務の何たるかさえ理解していない。あれなら、将来リーゼロッテのほうがずっと姉上のお役に立ちますよ」


 マティアスは柔らかい笑みを浮かべた。婚約者との仲は良好のようだ。

 今までリーゼロッテ嬢と接する機会はほとんどなかったが、これからは交流できるだろうか。


 しかし、とりあえず目下の問題は弟の婚約者より自分の婚約者だった。


「それはともかく、どうしておまえはそうオリビアに突っかかるんだ。普段は何があっても冷静なのに」


 私がそう言うと、口を開いたのはレオンハルトではなく他の側近たちだった。


「殿下、それはレオンハルトに酷と言うものです」


「殿下の本当の婚約者はレオンハルトなのに、長いことテニエス嬢にその立場を占有されていたのでしょう」


「レオンハルトだって人間ですから、嫉妬くらいして当然です」


 側近たちはレオンハルトの肩を持つようでいて、面白おかしくて堪らないという顔をしているので、レオンハルトはますます不機嫌になった。図星だったらしい。

 レオンハルトでも嫉妬するのかと半ば感動しながら彼を窺うと、思いきり睨まれた。


「まだくだらないお喋りを続けるおつもりで?」


「……いや、仕事をしよう」


 私は慌てて自分の席に戻った。


「ああ、コルネリア殿下。先ほどのお言葉が我々を守るためのものだったことは理解しておりますが、一応申し上げておきます。フロリアン殿下やテニエス嬢の役に立つつもりがないのはレオンハルトだけではありませんから」


 側近の声に気負った様子はまったく伺えず、私も自然と笑んでいた。


「ありがとう」


 なぜか書類の山の向こうから、レオンハルトがまた睨んできた。




 執務室の外が騒がしくなったのは、日がだいぶ傾いた頃だった。


「フロリアン殿下がお越しにございます」


 扉越しに慌ただしい声が聞こえ、こちらが応えを返すより早く扉が開いて兄上が入ってきた。

 予想はしていたので、ようやくいらっしゃったか、という感じだった。


 しかし、兄上の後から抜き身の剣を手にした10人ほどの偽騎士たちが部屋になだれ込んできて、私の側近たちの動きを封じた。

 ちょうどマティアスが自分の執務室に戻っていた時で良かった。


 廊下にも少なくない人数が集まっているようだった。兄上は偽騎士をすべて引き連れてきたのかもしれない。

 部屋の前にいた本物の騎士たちが精鋭揃いでも、多勢に無勢で抑えきれなかったのだろう。


「おまえは黙って言いつけを守る大人しい娘だとばかり思っていたが、ずいぶん大胆なこともするんだな」


 机を挟んで私を見据えた兄上の視線を、私は真正面から受け止めた。


「兄上は昔の私しかご存知ないでしょう。あの頃の私のままでは、王太子を務めるのはとても無理だったのです」


「クレメンスの身代わりというおまえの役目はとっくに終わったのだ。もう本当のコルネリアに戻っても良いのではないか?」


「これが今のコルネリアです。6年も演じているうちに、すっかり体に染みついてしまいました。もはや戻ることなどできません」


「なるほど。だが、目の前で側近が傷つけられてまで俺に逆らうことなど、おまえにはできないはずだ」


 一昨日の庭園での光景が、目の前の状況と重なって見える気がした。これもオリビアが考えたことなのだろうか。


「仰るとおりです。大人しく兄上に従いますから、彼らに剣を収めさせてください」


「先におまえがこちらに来い」


 私はゆっくりと立ち上がり、机を回り込んで兄上の傍まで寄った。兄上は私の腕を強く掴むと、すぐに部屋の外へと歩き出した。

 私も足を動かしながら、側近たちひとりひとりに視線を送り、最後にレオンハルトを見た。

 私をまっすぐに見つめ返したのは揺るがぬ仏頂面だった。私が一番見たかった表情だ。


 私は唇の動きだけでレオンハルトに「信頼している」と伝え、兄上とともに執務室を後にした。

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