22 兄妹
廊下に出ると、やはり20人以上の騎士姿の男たちがいた。
だが、こちらではすべての剣が鞘に収まったままだ。場所が狭くて抜くことができなかったのだろう。
もとからいたはずの5人はどうしたのかと思えば、偽物たちの中に紛れていた。
私からすれば明らかに彼らだけ毛色が違って見えるのだが、兄上は気づいていないのだろうか。
部屋に戻されるのかと思っていたが、私の腕を引いて兄上が向かったのは逆の方向だった。後ろを偽騎士たちがぞろぞろとついてきた。
レオンハルトと並んで執務室に向かった時と似て非なる状況だが、同じドレス姿でも朝はあまり歩きづらさを覚えなかったのは、きっとレオンハルトが私を気遣ってゆっくり歩いてくれていたからだ。
「兄上、逃げたりしませんから少し手の力を緩めていただけませんか。痛いです」
おそらく聞き流されるだろうと思いながらそう言ってみると、兄上は「ああ、悪い」と力を抜くどころか私の腕から手を離した。
となると、私たちの向かう先は地下牢でもなさそうだ。
兄上が昔の私しか知らないように、私も庭園で一緒に過ごした頃の兄上しか知らない。だが、もしかしたらあの頃の兄上と変わらぬ部分もあるのかもしれない。
そんな淡い期待が胸に湧いて、兄上と何か話したいと思うが、話題が見つからなかった。
そもそも、兄上と私は一緒にいても会話を交わすことはほとんどなかったのだ。と言って、今現在、私たちの間に横たわる問題について話し合うのに、廊下を歩きながらというのは相応しくない気がした。
それにしても、国王陛下の第一王子と第一王女に生まれながら王宮で必要とされる存在ではなく、庭園の片隅で肩を寄せ合って地面ばかり見つめていた私たちが、こうして王太子位を争うことになるなんて誰が想像しただろうか。
「兄上は今も土に触れたり、昆虫を観察したりなさるのですか?」
こんなことを尋ねてどうするのかと自嘲気味に思ったが、意外にも兄上は答えてくれた。
「そうだな。土遊びに近いことはしているかもな」
どういうことかわからなかったが、兄上に詳しく語るつもりはなさそうだった。
「おまえは不運だったな。6年もクレメンスの代わりをさせられて。やりたいこともあっただろうに」
兄上は嫌味などではなく本心から言っているように聞こえた。
だけど、私は自分が不運だったとは思わない。先ほどまでいた執務室の光景を思い出すだけでも、クレメンスとして生きたことで手に入れたものはあっても失ったものはないと断言できる。
「不運だったのはクレメンスです。私ではありません」
「それほどに王太子の位は座り心地の良いものなのか?」
そういう意味ではないと言おうとして、だが考え直した。
「とにかく滑り落ちぬようしがみつくのに必死で、座り心地を気にする余裕などありませんでしたが、それでも座り続けることができたのは周囲で支えてくれる者たちがいたからです。側近やメイドたち、それから、オリビアも。彼らの存在こそが私の幸運でした」
敢えてオリビアの名を口にして横を伺うと、兄上は微かに目を細めていた。
「無理にしがみついたりせずに、さっさと逃げれば良かったのだ。そうしていれば、そのように綺麗なドレスを着て暮らし、レオンハルトにも添えていただろうに」
兄上がレオンハルトの名を出したのは意趣返しだろうか。だが、執務室でレオンハルトが最後に見せた顔を思い出したおかげで、私の表情も大きく動くことはなかった。
束の間、互いに相手の心の裡を読もうとするように見つめ合い、再び視線を廊下の先へと戻した。
そこに、私たちを迎えるように大きく開かれている、王宮内でも一際重厚な扉が見えていた。どうやら兄上の目的地は謁見の間らしい。
兄上と並んで扉を潜ると、広く豪奢な室内の向こう側、一段高い位置に据えられた玉座が目に入った。
兄上に従ってまっすぐに進み、玉座に上る階の手前で私は立ち止まった。が、兄上は止まることなく国王にしか踏むことのできないはずの階に足をかけた。
「兄上っ」
私が思わずあげた非難の声を無視し、兄上はあろうことか玉座に腰を下ろしてしまった。
「座り心地はあまり良くないな。おまえも試してみたらどうだ?」
そう言うと兄上は立ち上がり、あっさり階を下りてきた。目を見開いて固まっている私を嘲るように笑っている。
「身を偽って王太子の座にいたおまえが、それほど驚くことはないだろう。玉座などただの椅子に過ぎない。俺でもおまえでも、何ならそこにいる者たちだって座ることくらいできるさ」
兄上が顎で示したのは偽物の騎士たちだ。本来なら謁見の間に入ることさえできないはずの者たちが、私たちを半円状に取り囲んでいた。
彼らの後ろには本物の騎士たちの姿もあった。いつの間にかその数がずいぶん増えていた。
「いいえ。玉座はただの椅子ではありません。そこに座るためにはこの国と民を背負う覚悟が必要です。生半可な気持ちで座ることは許されません」
私の言葉を兄上は鼻で笑った。
「覚悟、か。そんなものを持ったところで、罪を犯したおまえが玉座につくことが認められるのか、見ものだな」
兄上の目が扉のほうを見た。
つられて私もそちらへ視線を向ければ、開いたままのそこから大臣のひとりが姿を現した。戸惑う様子ながら、彼は部屋の中へと入ってきた。
さらにその後から別の大臣や主だった文官たちが続々とやって来た。
「コルネリア、約束は覚えているな? 皆に罪を詫びて、王太子の位を俺に譲れ。そうすれば後は悪いようにはしない。おまえは肩の荷を降ろして楽になればいいんだ」
兄上の声からは悪意よりも優しさが感じられて、心が傾きそうになった。
兄上から目を逸らすために部屋を見渡すと、ちょうど入室してきたマティアスと目が合った。
私を見つめる弟の迷いのない表情に、私の心も決まった。




