月下に舞うは黄金の鎌 He who hesitates is lost.#3
「はぁ、………………………首いてえ」
スマホなど見なかったことにして、少し体を動かした瞬間こうだった。変な体勢で寝たせいで、首に引っ掛かるような鈍い痛みを感じる。完全に寝違えたようだ。
首をコキッ、コキッっと鳴らし、スマホを学生ズボンのポケットに仕舞ってから、立ち上がる。
初夏の陽気などと無縁の、少し肌寒い風が俺を包み込む。日中と違い深夜は気温が下がり、過ごしやすいものだ。ま、もう少しすれば、夜であっても生暖かい風が頬を撫で、不快な気分にしてくれるんだけど。
「よしっ! さて、か…………………?」
俺は立ち上がった勢いのまま「さて、帰るかな」と言おうとしたが、その言葉は口に出ることなく、思考の海の中へと霧散する。
何故? その理由は単純なものだった。俺の眼前に強く興味が引かれるものがあったからだった。
それは俺の胸から腰ほどの高度を浮き沈みしていた。
「黒い…水晶、玉?」
俺は近付き、それを熟視する。ぱっと見れば、黒々とした水晶のようなもので、その外面はよく占い師が用いるようなものに似た造詣をしていた。だがしかし、その内面は一般的に水晶と言われれば、誰しも連想する青空のように透き通ったものではなく、まるで絵具の全色をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのような色をしていた。漆黒とは違う、濁った黒さ。秩序立っていない、混沌とした黒さ。
大きさはちょうどサッカーボールくらいであり、その点から言っても水晶玉にしては不自然に感じた。
それは常にゆっくりと回転しており、天井に掛けられたミラーボールを連想させる。
「片手・片足・片目だけで樫の枝の環を作れぬ者、この先通るべからず…?」
水晶玉には、そう日本語で刻んであった。不可思議な文だ、一種のオカルトグッズみたいなもの何だろうか? その下には直線のみ、縦、横、斜めで構成された紋様のようなものもあり、それはうっすらとした蛍光色に彩られていた。
この寂れた公園に出現した球体。それは新しく設置された遊具と言うには、あまりに気味が悪く、あまりに幻想的だった。まるでこの世のものとは思えない。世界と世界が違う、それらを接合させる一つの部品のようだと、俺は何故だか漠然的にそう感じた。
だからこそ、その行動は必然的だったのだろうか?まるで太陽が東から昇り、西に向かって沈んでいくような、そんな必然。偶然ではなく、俺自身が動かなければ実現しない必然。
俺は、好奇心に負けた。そして俺は考えなしに、その黒い水晶玉を手に取り、まじまじと観察しようとした。
その瞬間――
ボウッと水晶玉に昏い炎が灯った。それは一瞬の内に俺を包み込むほどの大きさの炎へと変化した。手元を伝わり、肩口を、腹部を伝わり、足元を、それぞれ、世界を漆黒に染め上げた。
「! ぐ、がああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!!!?」
瞬間、視界が明滅し、頭がまるでジェットコースターに乗っているかの如く揺さぶられた。強い吐き気と目眩に襲われ、平衡感覚すら失い、血液が沸騰するような感覚と神経が引き抜かれるような感覚を覚える。四肢を投げ出し、地面に這いつくばっているのか、それとも膝をつき、立ち上がろうと必死に足掻いているのか、俺はそんなことすら分からなかった。辺りが一層暗くなり、徐々に意識が深層へと叩き落とされていくのを感じた。所謂、臨死体験をしているようだった。世界との隔絶とはこう言うものだと教えられたような気がする。そして、朦朧とする意識の中、俺は――
だが、一際強い光に俺の意識は完全に書き消された――
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