↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/14

#14 出立





――十年の月日は、長かった。

まだ幼かったあの頃、村の大人たちから決して近づいてはいけないと教えられていた深淵の森の縁で、リュネは一匹の死にかけの化け物と遭遇した。 それは大型犬ほどの大きさをした、黄金色の芋虫だった。全身の節から青黒い体液を流し、深い傷の痛みに耐えながら、泥の中で身悶えていた。

普通の子供であれば、恐怖のあまり悲鳴を上げて逃げ出していただろう。だが、幼いリュネの胸を満たしたのは恐怖ではなく、なぜか奇妙なまでの共感と庇護欲だった。 「けが、してるの……?」震える手で、自分が持っていた乾燥した保存食とわずかな水を差し出した彼女に、その芋虫は警戒に満ちた鋭い複眼を向けた。それがすべての始まりだった。

それから10年間、リュネはこっそり森の境界に通い詰めた。 はじめのうちは近づくことすら許されず、威嚇の音を鳴らされ続けたが、彼女が持ってくる野営の残りカスや木の実、そして何より害意を持たないその純粋な優しさは、少しずつ異形の神経に刻まれていった。 傷が癒え、そして圧倒的な体躯を持つ異形の成虫へと変貌していく過程で、リュネはある日、ふと立ち止まってその頭部にそっと手を伸ばした。

「いつまでも虫さんじゃ呼べないもんね……。私があなたに名前をつけてもいい? 今日からあなたの名前は、ヘルクスだよ!」

名前を与えられたヘルクスは、びくりと身体を震わせたのち、低く穏やかな気門の音を返した。それ以来、ヘルクスはリュネの危機を察して陰から守るようになり、時には森で狩った魔物素材を村の近くにそっと置いて、恩返しをするようになったのだ。

言葉はなくとも、お互いに意思を通わせる。それは魔物と人間という枠組みを超越した、唯一無二の絆の形だった。

そして今日。十八歳の誕生日を迎えたリュネは、村の人々からの盛大な祝福と、これからの旅路を案じる温かい涙に包まれながら、生まれ育った村の門をくった。 背中には旅立ちの荷物を詰めたリュックサック、腰には小さな杖。その足取りは、外の世界への期待と希望で満ちあふれていた。

村の境界を越え、鬱蒼とした木々が広がるエルドリア大森林の入口に差し掛かると、そこに待っていたかのように、巨大で禍々しい影が音もなく姿を現した。

体高二メートル半。全身を強靭な黄金色の甲殻で覆い、二対の腕を持つ虫人となったヘルクスだった。 十年前のあの泥まみれの芋虫の面影はもはや微塵もなく、そこに立っていたのは、百戦錬磨の騎士さながらの威容を誇る守護者そのものだった。しかし、その眼がリュネを捉えた瞬間、厳めしい佇はわずかに緩み、懐かしい安らぎの色を帯びた。

「ヘルクス……!」

リュネは嬉しさと、胸が張り裂けそうなほどのワクワクとした高鳴りを抑えきれず、満面の笑みを浮かべて駆け寄ると、迷うことなくその硬質な腕に飛びつくようにしがみついた。

「ついに村を出られたよ! 私、ずっとこの日を夢見てたの! 世界の本当の姿を見て、いろんなところを旅して、たくさんの新しいものに出会うんだって……! 今、すごく、すごく嬉しいよ、ヘルクス!」

リュネの瞳には、眩いほどの希望の光が満ちていた。 十年かけて培った絆。言葉のいらない会話を交わしたあと、リュネはふと、ヘルクスの見上げるような巨体に顔を寄せ、さらに弾んだ声でこう切り出した。

「ねえ、ヘルクス。ずっと考えてたんだけどさ……村を出る前に、旅の商人から面白い話を聞いたの。ここから少し離れたところにある『エルドリア王国』って大きな国があるでしょ? そこの王都で、一ヶ月後に『星霜祭(せいそうさい)』っていう、空いっぱいに光の星屑が舞うすごいお祭りがあるらしいんだ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。